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76. パパぁ……
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パッパーー!
いつの間にか信号は赤となり、車たちが突っ込んできて怒っている。
「ご、ごめんなさーーい!」
オディールは慌てて歩道まで走ったが、そこで思わず息を呑む。そこには幼女がニヤッと笑っていたのだ。
「見ぃつけた!」
幼女はかくれんぼの鬼役のように楽しそうに笑うと、その肉球手袋を黄金色に輝かせた。
「待って待って! 危ないって、こんな街中でダメだって!」
オディールは両手をブンブンと振りながら必死に制止する。
しかし幼女は聞く耳を持たない。
獲物を前に嬉しそうに両手をクロスし、肉球手袋をこれまでにないほど煌めかせた。
「今度こそ、死んで!」
目の前で両手を、バッと大きく広げる幼女。
ザシュ! という軽快な音と共に、前回を遥かに凌ぐ煌めく光の刃が鮮やかに放たれ、軽やかに宙を舞う。
ひぃ!
オディールは慌ててピョンと跳び上がり、光の刃をギリギリでかわす。
「ダメぇ! どうちて避けるの!?」
幼女はプンスカと意味不明なことを口走るが、こんなところで命を落とすわけにはいかない。
光り輝く刃はそのまま宙を舞い踊り、電車の鉄橋を斜めにぶった切り、さらに上空へと舞い上がって超高層ビルを斜めに一刀両断に切り裂いた。
はあっ!?
オディールはそのテロリストのような大規模破壊行為に言葉を失う。
鉄橋は轟音を立てながら崩れ落ち、美しい装飾のついた47階の超高層ビルは「パンパン!」という音と共に電気配線が爆発し、炎を噴き出しながらゆっくりと斜めに滑り落ちていく。
「いやぁ、ダメなの!」
幼女は悲痛な叫びをあげるものの、ビルの崩落は止められない。
キャーー! うわぁぁぁ!
いきなりの大惨事に渋谷の街の人たちは叫び、駆け出し、大混乱に陥る。大都会東京を代表する超高層ビル。それが今、一刀両断にされて崩落していくのだ。みんなパニックとなり逃げ惑った。
ずり落ちていた上層部は、やがて大きく傾きながら隣のビルの上へと堕ちていく。
あわわわ……。
オディールは口元を両手で押さえ、青ざめた顔でその恐ろしい悲劇を眺めていた。自分がやった訳ではないが、渋谷にとんでもない存在を連れてきてしまった責任を感じてしまう。
「あぁっ女神様っ!」
ビルが墜落する刹那、オディールは耐えられなくなってギュッと目をつぶった――――。
しかし……、いつまで経っても崩落の爆発音は聞こえてこず、逆にシーンと静まり返ってしまった。
へ……?
渋谷に響いていた悲鳴、怒号、あらゆる音がピタッと止まってしまったのだ。
オディールは恐る恐る目を開く。すると、落ちていくビルも街を行く人も車も全てが静止している。
なんと、時が止まっているのだ。
「な、なんだこれ……?」
逃げ惑う群衆がピタッと全員止まった中でオディールだけが動いている。まるでプロモーションビデオの中に閉じ込められたかのような不思議な情景に、オディールは戦慄を覚え、冷や汗をタラリと流した。
「タニア! 何やってるんだ!」
振り返ると男性が幼女を叱っている。
「だって、だって! 悪い人見つけたんだもん!」
幼女は口をとがらせて、泣きそうな顔で腕をブンブンと振りまわす。
ジーンズにカッターシャツ姿の男性はチラッとオディールを見ると、ふわりと指を空中でなぞり、青いウィンドウを開いた。
どうやら、彼が幼女の父親らしい。ようやく話のできる人が出てきてくれて、オディールはホッと胸をなでおろす。
しばらくその画面を見入ってうなずいた男性は、申し訳なさそうに苦笑いをして深々と頭を下げた。
「娘がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「あ、いいんですが、ビルが……」
オディールは崩落している高層ビルの方を指さした。
しかし、いつの間にかビルも鉄橋も何事もなかったように修復されている。
えっ!?
オディールは何が起こったのか理解できず、驚きと困惑に満ちた表情で口を開けたまま立ち尽くした。
「娘の壊したものは直しておきましたからご心配なく」
男性は優しく微笑む。
「あ、そ、そうですか……。あっ! それでですね、女神様にお願いしたいことがあってですね……」
オディールはここぞとばかりに切り出す。時を止めることができるこの男性は相当上位の存在に違いない。であれば、女神様につないでくれるかもしれない。
「女神様に? うーん……」
男性は渋い顔で、首をかしげる。
「大切な人が死にそうなんです! もう僕らではどうにもならなくて、女神様にすがるしかないんです!」
オディールは涙にむせびながら、男性の手を深く握り締めた。
「女神様は医者ではないので、そういったお願いは一切お断りしているんですよ」
男性は申し訳なさそうに首を振り、慎重に言葉を選んだ。
「でも僕、彼女がいないともう生きていけないんです! お願いです! ミラーナが死んじゃったらもう僕……うううぅぅ……」
オディールは抑えきれない涙に押し潰され、動けなくなる。
男性は大きくため息をつくと、空中にキーボードを出現させた。
「ちょっと待ってくださいね……」
タカカカカッと軽快に何かを打ち込み、画面を指でスワイプし、男性は眉間にしわを寄せながらじっと画面を見つめる。
「お願いします、何でもするんで何とか女神様に……」
オディールは涙をポロポロとこぼしながら手を組み、じっと男性を見つめた。
うーん……。
男性は小首をかしげ、オディールをチラッと見る。
「最短で来年の春……ですね。それまではとても時間を取ってくれそうにはないです。我々神殿の者ではこれが限界……」
「来年!?」
オディールは思わず声が裏返ってしまった。一刻も早く助けないとミラーナは死んでしまうというのにそんなの待っていられるわけがない。
「そんな先じゃミラーナ死んじゃうんですぅ! 何とか今すぐに連絡は取れませんか?」
オディールは男性の手を取り必死に訴える。ミラーナの命がかかっているのだ。引き下がるわけにはいかない。
「私の権限ではそれはちょっと……ごめんなさい」
男性は申し訳なさそうに首を振った。
「そんなぁぁぁ」
オディールは絶叫し、その場にくずれ落ちてしまう。
命懸けの旅を経て神殿に到着したのに女神に会うことができない。そのバカバカしいまでの間抜けな状況に、オディールは心底から打ちのめされた。
これでミラーナは死んでしまうのだ。優しくて温かいかけがえのない大切な人、ミラーナは自分が至らなかったばかりにこの世から消えてしまう。
いやぁぁぁぁ!
オディールの悲痛な絶叫が、凍りついた渋谷の街に響き渡る。
男性は沈痛な面持ちでため息をつき、小さく首を振った。
そんなオディールを見つめていた幼女は、トコトコと歩み寄ると優しくオディールの金髪を撫でる。
「パパ、かわいそうだよ……」
「パパだって何とかしてあげたいよ? でも、パパの権限じゃなぁ……」
うわぁぁぁ……。
オディールの絶望が渋谷を覆っていく。
「パパぁ……」
幼女は上目づかいで男性に訴える。
「いや、でも……」
渋い顔で口をとがらせる男性。
「パパぁ……」
その時、澄み通る若い女性の声が響いた。
えっ!?
その聞き覚えのある声にオディールは驚いて、涙でベチャベチャになった顔を拭きもせず、慌てて見上げる。
そこには美しい女性がゆったりと宙に浮かんでいた。優雅な微笑みを浮かべながら優しくオディールを見つめる琥珀色の瞳……。彼女の柔らかにカールするチェストナットブラウンの髪からは、煌めく光の粒子が放たれ、周囲に高貴な香りが広がっていく。
「め、女神様!?」
命懸けの壮絶な冒険を経て、ついに運命の創造神、女神との邂逅を成し遂げたオディールは、そのその神々しい美貌と神秘的な姿に息をのんだ。
もうミラーナを救えるのは彼女だけ。何が何でも、自らの身を犠牲にしてでも、願いをかなえてもらうしかない。いよいよ正念場、オディールの心臓は、未曾有の激しい鼓動を刻んでいた。
いつの間にか信号は赤となり、車たちが突っ込んできて怒っている。
「ご、ごめんなさーーい!」
オディールは慌てて歩道まで走ったが、そこで思わず息を呑む。そこには幼女がニヤッと笑っていたのだ。
「見ぃつけた!」
幼女はかくれんぼの鬼役のように楽しそうに笑うと、その肉球手袋を黄金色に輝かせた。
「待って待って! 危ないって、こんな街中でダメだって!」
オディールは両手をブンブンと振りながら必死に制止する。
しかし幼女は聞く耳を持たない。
獲物を前に嬉しそうに両手をクロスし、肉球手袋をこれまでにないほど煌めかせた。
「今度こそ、死んで!」
目の前で両手を、バッと大きく広げる幼女。
ザシュ! という軽快な音と共に、前回を遥かに凌ぐ煌めく光の刃が鮮やかに放たれ、軽やかに宙を舞う。
ひぃ!
オディールは慌ててピョンと跳び上がり、光の刃をギリギリでかわす。
「ダメぇ! どうちて避けるの!?」
幼女はプンスカと意味不明なことを口走るが、こんなところで命を落とすわけにはいかない。
光り輝く刃はそのまま宙を舞い踊り、電車の鉄橋を斜めにぶった切り、さらに上空へと舞い上がって超高層ビルを斜めに一刀両断に切り裂いた。
はあっ!?
オディールはそのテロリストのような大規模破壊行為に言葉を失う。
鉄橋は轟音を立てながら崩れ落ち、美しい装飾のついた47階の超高層ビルは「パンパン!」という音と共に電気配線が爆発し、炎を噴き出しながらゆっくりと斜めに滑り落ちていく。
「いやぁ、ダメなの!」
幼女は悲痛な叫びをあげるものの、ビルの崩落は止められない。
キャーー! うわぁぁぁ!
いきなりの大惨事に渋谷の街の人たちは叫び、駆け出し、大混乱に陥る。大都会東京を代表する超高層ビル。それが今、一刀両断にされて崩落していくのだ。みんなパニックとなり逃げ惑った。
ずり落ちていた上層部は、やがて大きく傾きながら隣のビルの上へと堕ちていく。
あわわわ……。
オディールは口元を両手で押さえ、青ざめた顔でその恐ろしい悲劇を眺めていた。自分がやった訳ではないが、渋谷にとんでもない存在を連れてきてしまった責任を感じてしまう。
「あぁっ女神様っ!」
ビルが墜落する刹那、オディールは耐えられなくなってギュッと目をつぶった――――。
しかし……、いつまで経っても崩落の爆発音は聞こえてこず、逆にシーンと静まり返ってしまった。
へ……?
渋谷に響いていた悲鳴、怒号、あらゆる音がピタッと止まってしまったのだ。
オディールは恐る恐る目を開く。すると、落ちていくビルも街を行く人も車も全てが静止している。
なんと、時が止まっているのだ。
「な、なんだこれ……?」
逃げ惑う群衆がピタッと全員止まった中でオディールだけが動いている。まるでプロモーションビデオの中に閉じ込められたかのような不思議な情景に、オディールは戦慄を覚え、冷や汗をタラリと流した。
「タニア! 何やってるんだ!」
振り返ると男性が幼女を叱っている。
「だって、だって! 悪い人見つけたんだもん!」
幼女は口をとがらせて、泣きそうな顔で腕をブンブンと振りまわす。
ジーンズにカッターシャツ姿の男性はチラッとオディールを見ると、ふわりと指を空中でなぞり、青いウィンドウを開いた。
どうやら、彼が幼女の父親らしい。ようやく話のできる人が出てきてくれて、オディールはホッと胸をなでおろす。
しばらくその画面を見入ってうなずいた男性は、申し訳なさそうに苦笑いをして深々と頭を下げた。
「娘がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「あ、いいんですが、ビルが……」
オディールは崩落している高層ビルの方を指さした。
しかし、いつの間にかビルも鉄橋も何事もなかったように修復されている。
えっ!?
オディールは何が起こったのか理解できず、驚きと困惑に満ちた表情で口を開けたまま立ち尽くした。
「娘の壊したものは直しておきましたからご心配なく」
男性は優しく微笑む。
「あ、そ、そうですか……。あっ! それでですね、女神様にお願いしたいことがあってですね……」
オディールはここぞとばかりに切り出す。時を止めることができるこの男性は相当上位の存在に違いない。であれば、女神様につないでくれるかもしれない。
「女神様に? うーん……」
男性は渋い顔で、首をかしげる。
「大切な人が死にそうなんです! もう僕らではどうにもならなくて、女神様にすがるしかないんです!」
オディールは涙にむせびながら、男性の手を深く握り締めた。
「女神様は医者ではないので、そういったお願いは一切お断りしているんですよ」
男性は申し訳なさそうに首を振り、慎重に言葉を選んだ。
「でも僕、彼女がいないともう生きていけないんです! お願いです! ミラーナが死んじゃったらもう僕……うううぅぅ……」
オディールは抑えきれない涙に押し潰され、動けなくなる。
男性は大きくため息をつくと、空中にキーボードを出現させた。
「ちょっと待ってくださいね……」
タカカカカッと軽快に何かを打ち込み、画面を指でスワイプし、男性は眉間にしわを寄せながらじっと画面を見つめる。
「お願いします、何でもするんで何とか女神様に……」
オディールは涙をポロポロとこぼしながら手を組み、じっと男性を見つめた。
うーん……。
男性は小首をかしげ、オディールをチラッと見る。
「最短で来年の春……ですね。それまではとても時間を取ってくれそうにはないです。我々神殿の者ではこれが限界……」
「来年!?」
オディールは思わず声が裏返ってしまった。一刻も早く助けないとミラーナは死んでしまうというのにそんなの待っていられるわけがない。
「そんな先じゃミラーナ死んじゃうんですぅ! 何とか今すぐに連絡は取れませんか?」
オディールは男性の手を取り必死に訴える。ミラーナの命がかかっているのだ。引き下がるわけにはいかない。
「私の権限ではそれはちょっと……ごめんなさい」
男性は申し訳なさそうに首を振った。
「そんなぁぁぁ」
オディールは絶叫し、その場にくずれ落ちてしまう。
命懸けの旅を経て神殿に到着したのに女神に会うことができない。そのバカバカしいまでの間抜けな状況に、オディールは心底から打ちのめされた。
これでミラーナは死んでしまうのだ。優しくて温かいかけがえのない大切な人、ミラーナは自分が至らなかったばかりにこの世から消えてしまう。
いやぁぁぁぁ!
オディールの悲痛な絶叫が、凍りついた渋谷の街に響き渡る。
男性は沈痛な面持ちでため息をつき、小さく首を振った。
そんなオディールを見つめていた幼女は、トコトコと歩み寄ると優しくオディールの金髪を撫でる。
「パパ、かわいそうだよ……」
「パパだって何とかしてあげたいよ? でも、パパの権限じゃなぁ……」
うわぁぁぁ……。
オディールの絶望が渋谷を覆っていく。
「パパぁ……」
幼女は上目づかいで男性に訴える。
「いや、でも……」
渋い顔で口をとがらせる男性。
「パパぁ……」
その時、澄み通る若い女性の声が響いた。
えっ!?
その聞き覚えのある声にオディールは驚いて、涙でベチャベチャになった顔を拭きもせず、慌てて見上げる。
そこには美しい女性がゆったりと宙に浮かんでいた。優雅な微笑みを浮かべながら優しくオディールを見つめる琥珀色の瞳……。彼女の柔らかにカールするチェストナットブラウンの髪からは、煌めく光の粒子が放たれ、周囲に高貴な香りが広がっていく。
「め、女神様!?」
命懸けの壮絶な冒険を経て、ついに運命の創造神、女神との邂逅を成し遂げたオディールは、そのその神々しい美貌と神秘的な姿に息をのんだ。
もうミラーナを救えるのは彼女だけ。何が何でも、自らの身を犠牲にしてでも、願いをかなえてもらうしかない。いよいよ正念場、オディールの心臓は、未曾有の激しい鼓動を刻んでいた。
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