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170. 人間存在の真実

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 さらに深呼吸を繰り返していると、幻想的なビジョンが意識の海から浮かび上がってきた。光の球を内包した巨大なタワーの姿が、おぼろげな輪郭を帯びて現れる。その周りには……花びら? 意識が研ぎ澄まされるにつれ、徐々に映像の鮮明さが増していく――――。

 やがて、瑠璃るり色の光の微粒子がチラチラと舞い踊る中、俺は息を飲むような光景に囲まれる。巨大なトケイソウのような花が一輪、神秘的しんぴてきな洞窟の中で凛々りりしく咲き誇っていたのだ。

 一体何だこれは!?

 俺は思念体となって、まるで精霊のように軽やかに宙を舞いながら、その花に近づいていく。花びらの規模は想像を超えており、一枚だけで体育館ほどの広さを持つ。その表面は無数の微細な光の粒子に覆われ、神々かみがみしい輝きを放っていた。

 俺はしばらくその荘厳そうごんな煌めきに魅入みいられて立ちすくむ。

 美しい……。

 次の瞬間、衝撃的な啓示けいじが俺の脳髄を打った――――。

 そう、これこそが、マインドカーネルの真の姿なのだ。あの巨大なサーバータワーが描き出す世界、それがこの巨大な花だったのだ。

 この煌めきの一つ一つは、人間の魂の輝き――喜怒哀楽のエネルギーの結晶なのだと分かってしまう。今この瞬間も、何億という人々の魂の営みが、この花の中で光り輝いている。

 人間の根源に触れたその瞬間、胸の奥が熱く込み上げてきた。そうか、これが人間だったのか……。人間とは巨大な花の中で輝き合う存在。このまばゆい煌めきこそが、人間の本質だったのだ。

 俺は溢れ出る感動の涙を拭おうともせず、ただただ魂の輝きに見惚みとれていた。これこそが世界で一番価値のある宝が紡ぐ幽玄ゆうげんなアートなのだ。

 この世界が仮想現実空間だと知った時の戸惑いは、今や完全に消え去っていた。仮想か現実かという区別など、もはや意味を持たない。人間にとって本当に大切なのは、そのハードウェアの構造ではない。魂が熱く、純粋に輝けるかどうか――それだけが真実なのだ。その輝きを包み込む器がどんな形態であっても、本質は変わらない。むしろ、この艶麗えんれいな花の中で美しく輝くことこそが、より自然で正しい在り方だとすら思えてしまう。

 俺は無数の煌めきの洪水にしばらく動けなくなった。それは、人間存在の真実に触れた者だけが味わえる、神聖しんせいな陶酔だった。


         ◇


 人間はここに全員いるという事は俺もドロシーもいるはずだ。俺は瑠璃るり色の空間をふわふわと漂いながら、自分の魂を探し始めた。

 心の導きみちびきのままに、巨大なテントのように広がる花びらの下へと潜り込む。しばらく進むと、一つの輝きが目に留まった。温明おんめいなオレンジ色に輝く点。見つめていると、その光は俺の呼吸に合わせて明滅している。間違いない、これこそが俺の魂なのだ。俺は自分の心の故郷こきょうにたどり着いた。十六年の時を超えて、俺はずっとここで笑い、泣き、怒り、そして生きてきたのだ。俺はそっと指を伸ばし、魂の鼓動こどうを感じ取った。

 次にドロシーのことを思い浮かべる。魂の羅針盤らしんばんに導かれるように探していくと、すぐ近くではかなげな青い光を見つけた。

「えっ!?」

 俺は心臓が凍りつく思いだった。この微弱びじゃくな輝き――死に瀕しているのか?

 考えている暇はない、一刻も早く神殿に戻らねば!

 俺は再度深呼吸を繰り返し、本来の自分の体への回帰かいきを試みる。

 大きく息を吸って……、吐いて……。

 吸って……、吐いて……。

 やがてオレンジ色の光に包まれていく――――。

 先ほどマインドカーネルで目にした輝く点の中にいるような感覚。ここでしばらく意識の流れに身を委ねてみた。

 温かい光の胎内たいないに溶け込むように、俺は漂う。やがて天体の引力いんりょくに導かれるように、魂が何かに吸い寄せられていく……。俺は逆らわず、その摂理せつりに身を任せた。

 直後、意識は光のうずに包まれ、新たな次元への旅路たびじが始まる。薄れゆく意識の中でドロシーの笑顔がふわりと浮かび……そして消えていった。



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