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165. 未来をかけたダッシュ

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「で、F16064……でしたっけ?」

 俺は無数のサーバーラックが林立りんりつするフロアを見まわした。確かによく見るとサーバーラックのフレームには無骨なフォントで番号が刻まれている。俺は駆け足でラックを見て回り、その番号の法則を探った。かつてゲーマーとして培った洞察力どうさつりょくを生かす時である。

「あー、これは列と階と入り口からの番号っぽいですね。十六階へ登りましょう!」

 サーバーの位置が分かれば後は引き抜くだけの簡単な作業――――。

 いよいよ見えてきたゴールに胸が高鳴る。ヌチ・ギとの死闘の決着まであと一歩。その想いが、全身の細胞を熱く震わせた。

 しかし――――。

「十六階か……、間に合いそうにないな……」

 レヴィアがつぶやく声には、あきらめが混じっていた。普段の凛々りりしい姿が、一瞬崩れる。

「へっ!? 時間制限があるんですか?」

 思わず声が裏返うらがえった。

「そうなんじゃ、使うサーバーは次々に変えられてしまうのじゃ」

 レヴィアは顔をしかめて首を振る。

 だが、後は引き抜くだけ。あと一歩なのだ。俺の中で何かが燃え上がる。

「上等じゃないですか! ダッシュですよダッシュ! 次変わったら走りましょう!」

 俺はグッとこぶしを握って見せた。

 レヴィアもキュッと口を結び、うなずく。もはや走るよりほかないのだ。

 二人は顔を寄せ合い、画面を凝視ぎょうしする。世界の命運をかけた陸上競技の号砲を二人は固唾をのんで見守った――――。

 静かなサーバールームには時折ポーンという電子音がどこかから響いていた。


       ◇


「キターー! B05104-004、B05112-120! GO!」

 レヴィアは全力で走り出す。

「うわっ! 待ってーー!」

 金髪が派手に波打つのを負けじと追いかける。

 世界の存亡をかけたダッシュ――――。

 無数の魂の光が見守る中、カンカンカンカンと床の金属が鳴る音が響き渡った。刻一刻こくいっこくと過ぎゆく時間。サーバーラックの間を縫うように駆け抜けながら、脳裏にはドロシーの笑顔が浮かぶ。何としても変わるまでに引き抜いてやるのだ!

 しかし――――。

「アチャーー!!」

 突如レヴィアは急停止。体が前のめりになりながら、必死にバランスを取る。

「か、変わってしもうた。はぁっはぁっ……。G21034-023、G21095-113!」

 息をらしながら、レヴィアが宙に向かって叫ぶ。

 無情にも運命の女神は二人の努力を無に帰してしまったのだ。

「はぁっはぁっ! 二十一階は……無理ですよ!」

 俺は無念に苛まれながらひざに手をつき大きく肩を揺らした。どこかで唸りを上げる冷却ファンの音が、絶望ぜつぼうを嘲笑うかのように響く。

「じゃあ休憩じゃ……、あ、A06023-075!」

 疲れ切った表情から突如、レヴィアに緊張が走る。

「ろ、六階!? それなら行きましょう!」

 俺はわれ先にダッシュした。筋肉がきしむような痛みを感じながらも、足は前に進む。あと一歩、あと一歩まで来ているのだ。

 だが――――。

「あぁっ! 変わってしもうた……はぁはぁ、D14183-132……」

「マジかよぉぉぉ! ぐはぁ!」

 肺がけるような感覚の中、俺はヨロヨロと減速し、金属の床に崩れ落ちた。仰向あおむけに倒れた視界に、マインドカーネルの青い光が揺曳ようえいしている。

 冷気に満ちたサーバールームで俺は全身汗だくなのだ。

「はぁはぁ……。追いかけるのは……無理……そうです。張りましょう」

 こんなのいくら走っても希望のかけらすら感じられない。作戦変更だ。とてもじゃないけど足では解決不能である。

 力づくではなく頭脳で挑むという選択。それは、かつてゲームハッカーとして培った直感が導き出した答えだった。

「は、張るって……どうするんじゃ?」

 レヴィアの声には困惑が滲む。普段は全知全能に見える彼女が、今はただの人間のように不安げな表情を浮かべていた。金髪きんぱつが微かに揺れる。

「サーバー変更の規則性を読むんです」

 俺はレヴィアから端末を奪い取ると、ザっとスクロールさせ、過去の番号を表示させた。画面に映る数字の群れを脳にそのままガンガン読み込んでいく。それは、かつて攻略不能と言われたゲームのかくしコマンドを解読した時の感覚に似ていた。
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