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162. 狂瀾の科学者

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「よし、じゃぁ、お前がやれ。今すぐに戦乙女ヴァルキュリにしてやる」

 口元を歪ませながら、ヌチ・ギは焦げた白衣のポケットから奇妙なスティックを取り出した。

「な、なんですかそれ?」

 その大きな万年筆を思わせる光沢のある装置は、瑠璃色るりいろの結晶が先端部で不気味な輝きを放っている。ヌチ・ギは狂気のにじむ笑みを浮かべながら語り出した。

「これは巨大化レーザー発振器だよ。これを当てるとどこまでも大きくなるのだよ」

 ヌチ・ギは近くの椅子に発振器を向け、青白い光線を放った――――。

 刹那、椅子が膨張を始める。木目が引き延ばされ、金具が軋むような音を立てながら、椅子は一気に巨大化し、瞬く間に神殿の天井にまで達した。堅牢けんろうな大理石の天井が、まるで薄氷のようにバキバキと砕け散る。

「キャーーーー!」

 ドロシーは悲鳴を上げ、雨のように降り注ぐ大理石の破片から必死に身を守る。床にかがんで頭を抱える彼女の耳に、狂った男の高笑いが響く。

「はっはっは! 見たかね、巨大化レーザーのすばらしさを!」

 ヌチ・ギの瞳が歓喜に燃えている。その姿は、まさに狂瀾きょうらんの科学者そのものだった。

「この巨大化レーザーの特徴はね、大きくなっても自重でつぶれたりしないことだよ。例えばアリを象くらいに大きくするとするだろ、アリは立ち上がる事も出来ず、自重でつぶれ死んでしまう。でも、この装置なら強度もアップするから、大きくなっても自在に動けるのだよ。まさに夢のような装置……。クックック……。さぁ、君にも体験してもらおう」

 レーザー発振器の先端が、ゆっくりとドロシーに向けられる――――。

 ひっ! ひぃぃぃ!

 ドロシーの瞳に絶望の色が深まっていった。振り向く先には崩れた壁。逃げ場は、どこにもない。

そう言って、レーザー発振器をドロシーに向けるヌチ・ギ。装置の先端で瑠璃色るりいろの結晶が不吉な輝きを増していく。

「や、やめてぇ!」

 ドロシーは本能的な恐怖に突き動かされ、必死に洞窟へと続く方へと駆けだした。裾の長いワンピースが、床に散らばった瓦礫に引っかかる。転びそうになる度に心臓が跳ね上がった。

 しかし――――。

「どこへ行こうというのかね?」

 いきなり虚空に亀裂が走り、そこからヌチ・ギが姿を現す。時空を歪める能力すら、彼の狂気の道具と化していた。焼けただれた顔に浮かぶ笑みは、ランプの明かりに照らされておぞましさを際立たせる。

 ひぃっ!

 慌てて引き返すドロシー。

「この神殿はね、君の墓所となる栄誉にあずかったのだよ。ここで君は生まれ変わる。完璧な戦乙女ヴァルキュリとして。くっくっく……。はぁっはっはっはー!!」

 ヌチ・ギの笑い声が、闇の中で反響する。突き抜けた狂気はもはや悪魔と見まごうさまと化していた。

「いやぁぁぁぁ!」

 神殿に響き渡る悲痛な叫び。

 神殿の中央部では、巨大化した椅子に押しつぶされた画面がパチパチと時折スパークを上げながら青い光を放っている。

「いいねぇ、そそるよ。くっくっく……」

 ヌチ・ギはドロシーに向けて発振器の照準を定めた――――。
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