上 下
117 / 179

117. 最後の一歩

しおりを挟む
 ドロシーが抱きついてきて嗚咽が部屋に響いた。その温かな感触が、俺の全身を包み込む。

「遅くなった。ゴメン……」

 ドロシーは何も言わず、ギュッと力強く俺に抱き着いた。

 この瞬間、離れ離れになっていた二人の心が一つに繋がったような感覚に包まれる。

 しかし、甘美な時間に浸っている暇はない。部屋の奥から激しい衝撃音が間断なく響き渡る。アバドンの奮闘が伝わってくるが、時間の問題だろう。その焦燥感が、俺の背中を押す。

 俺はドロシーの手を強く握り、ドアを抜け、薄暗い通路を駆け抜ける。二人の足音が、静寂を切り裂いた――――。

「急いで! 今は説明している時間がないんだ」

 息を切らしながら、俺は前を見据えて走り続ける。

「ねぇ、アバドンさんは?」

 ドロシーの声に、悲しみと不安が滲む。その問いに、俺の心臓が痛むように締め付けられる。

 のどから出かかった言葉を飲み込み、俺は何とか答えた。

「大丈夫、彼なりに勝算があるんだ」

 その言葉の裏に隠された真実、アバドンの犠牲ぎせい――――を、今はドロシーに悟られてはならない。俺たちにできることは、ただひたすらに前へ進み続けること。アバドンの思いを胸に、俺はドロシーと共に薄暗い通路を駆け抜けていく。

 突き当たりの壁まで辿り着くと、俺はナイフを振り上げ、躊躇ちゅうちょなく切り裂く。

「急いで!」

 俺はトンネルを斬り進みながら、ドロシーに手を伸ばす。

「う、うん……」

 ナイフでトンネルを掘っていく異様さにドロシーは眉をひそめたが、うなずくと俺の手を取った。

 時間との勝負だ。

 俺は全ての力を振り絞りながら、土の中を斬りに斬って必死に進む――――。

 ヌチ・ギが屋敷内を捜索している間にエレベーターに辿り着ければ、勝ちだ。アバドンの安否あんぴが頭をよぎるが、今は彼が作ってくれたチャンスを活かすことを優先せねばならない。その決断に、胸がきしむのを感じる。

 懸命けんめいに掘り進め、ついにフェンスの断面が見えた。

 ヨシ!

 斜め上へと斬り進むと明かりが差し込んだ――――。

 そっと顔を出すと、目の前にエレベーターが佇んでいる。その姿は、まるで希望の象徴のようだった。さすが俺! その瞬間、希望の灯火が胸の内で揺らめく。

 俺は急いで地上に這い出し、震える指でボタンを押す。その一瞬が、永遠のように感じられた。

「早く来てくれ! 頼むぞ!!」

 俺はエレベーターの反応を今か今かと祈りながら手を合わせて待った。

 籠が到着したチーン! というチャイムが、まるで勝利の鐘のように響く――――。

 YES! 俺はグッとこぶしを握る。尊い犠牲の末についに脱出の瞬間がやってきた。後はレヴィアと合流さえすれば奪還計画成功だ! その思いが、俺の体に新たな力を注ぎ込む。

 俺は上気した顔でドロシーと一緒にゆっくりと開く扉を見つめる。

 しかし――――。

 扉の中から現れたのは、ニヤけた小柄な男だった。

「どこへ行こうというのかね?」

 希望を打ち砕く悪魔――――。

 その冷たい声に、俺の背筋が凍りつく。ヌチ・ギはエレベーターに先回りしていたのだ。俺の心に深い絶望ぜつぼうの淵が刻まれていく。

「あ、あぁ……」

 万事休す。俺は力なく首を振りながら後ずさった。

 青ざめる俺をヌチ・ギは容赦なく殴りつける――――。

 ドスッ! 重い音と共に吹き飛ばされる俺の体。世界が回転し、鋭い痛みが全身を貫く。その衝撃は、俺たちの夢と希望が砕け散る音のようだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...