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110. ヘックショイ!

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 俺たちは忍び足で部屋を抜け出し、エレベーターに飛び込むと、奥の木箱の裏側にそっと身を潜める。

 息を殺しながらアバドンを見れば、その瞳は薄暗がりの中で不気味に輝き、決意の色を帯びていた。

 バレたら殺される。その薄氷を踏むような挑戦の連続に二人の感覚はギリギリまで研ぎ澄まされていく――――。

 やがて警備兵と共に戻ってきた配達員が最後のひと箱を積む。

「これで最後だ……。ヨイショッとーっ!」

 目の前でドサッと乗せられた箱からボフッとほこりが舞った――――。

 う……。

 俺は不覚にもほこりを吸い込んでしまい、せきが出そうになる。喉の奥がむずがゆく、思わず体が震えた。

(マズい、マズい、マズい……)

 俺は真っ赤になって必死に口を抑え、咳を押しとどめる――――。

 咳などしようものならバレてしまう。そして、バレたらもうドロシーの奪還どころか俺たちの命はない。

 ヌチ・ギは万能の権能を持つ男。俺たちが奪還に動いていることを知ったら、権能を使って探し出し、確実に俺たちを殺すだろう。

 脳裏に、ドロシーの笑顔が浮かぶ。彼女を救うため、そしてみんなで無事に帰るため、絶対にバレてはならなかった。

「これで完了です」

 配達員の声を聞きながら、早く扉を閉めてくれー!! という声にならない悲痛な願いが脳をグルグルと回っている。

 額には玉のような汗が浮かび、シャツの背中まで汗で濡れそぼっていた。

 こみ上げてくる咳の衝動を必死に抑え込み、扉が閉まるのを今か今かとジリジリしながら待つ。喉の奥がヒリヒリと痛み、目に涙が浮かんだ。こんなことで全てが台無しになってしまう訳にはいかない。

「じゃぁ閉めるぞ」

 警備兵がそう言った瞬間だった――――。

 ヘックショイ!

 アバドンの盛大なくしゃみがホール中に響いた。その音は、静寂を破る雷鳴のように鮮烈だった。

 俺は凄い目をしてアバドンをにらむ。アバドンは申し訳なさそうな表情を浮かべ、小さく首を縮めた。

 固まる警備兵……。空気が凍りつく。

「お前、くしゃみ……した?」

 配達員に聞く。その声には疑惑と恐怖が混ざっていた。

「いえいえいえ! 私じゃ……ないです……よ?」

 配達員の声が裏返る。

 明らかな異常事態に配達員も警備兵も緊張を隠せない。

 警備兵から異常が報告されてしまうとそこでアウトだ。俺は必死に息を殺し、祈った。心臓の鼓動が耳に響き、時間が止まったかのように感じられた。

「おい! 誰かいるのか!? 出てこい!!」

 警備兵は魔法ランプを掲げ、なめるようにエレベーターの中を見ていく。その鋭い眼光に、俺は背筋が凍るのを感じた。

 俺は必死に考える。倒してしまうか? いや、もう一人警備兵がいるからダメだ! では釈明……出来る訳がない。まさに絶体絶命である。冷や汗がタラりと流れる。

「ちょっと報告するから待て」

 警備兵がそう言いながら何やら魔道具を取り出す。それは通信用の水晶玉すいしょうだまのようだった。

 万事休す――――。

 俺はいきなりのピンチに絶望して気が遠くなった。頭の中で、ドロシーとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。

 飛び出さねばなるまい、しかし、どのタイミングで……?

 くぅぅぅ……。

 頭の中で、様々な作戦が組み立てられては崩れていく。

 冷や汗がタラリと流れてくる。その一滴が、エレベーターの床に落ちる寸前だった――――。

 ボン!

 アバドンが小柄な男に変身して飛び出した。その渾身の魔法が作り出した姿は、巨体な魔人の片りんもなく、目を疑うほどの変貌ぶりだった。
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