上 下
99 / 172

99. 鳴り響く祝福の鐘

しおりを挟む
 俺はゆっくりと街を一巡りする。

 夕陽を受けてオレンジに輝きだす石造りの街。その光景は、まるで絵画のように美しく、心に深く刻まれていく。

 武闘会の余韻の残るメインストリートはまだ賑わいを見せていた。まさか優勝者が新郎となって頭上をタキシード着て飛んでるとは、誰も思わないだろう。その状況の滑稽さに、俺は内心で苦笑する。

「この街ともお別れだな……」

 俺が感傷的につぶやくと、

「私は、あなたが居てくれたらどこでもいいわ」

 と、ドロシーはうれしそうに笑った。その笑顔には、未来への希望が溢れていた。

「あは、それを言うなら、俺もドロシーさえ居てくれたらどこでもいいよ」

「うふふっ!」

 満面の笑みのドロシー。夕日を受けて銀髪がキラキラときらめき、まるで天から舞い降りた天使のように見えた。

 見つめ合う二人……。その瞬間、この世界は二人だけになる――――。

 ドロシーが目を閉じた。

 可愛い新妻のおねだり……。俺はそっとくちびるを重ね、舌をからませる。

 すると、ドロシーは一か月間の寂しさをぶつけるように、熱く激しく俺をむさぼってきた。その情熱には、寂しい別離を経た再会の喜びと、これからの人生への期待が込められている。

 俺もその想いに応えた。二人の息遣いが激しくなり、心臓の鼓動が高まっていく――――。

 カーン! カーン!

 教会の鐘が夕刻を告げる。それはまるで二人の結婚を祝福するかのように、いつもより鮮やかに街中に響きわたった。

 鐘の音が響く中、俺たちは空高く舞い上がっていく。二人にはもう怖いものなど何もない。ただ、希望に満ちた未来だけが広がっていた。


       ◇


 お姫様抱っこのまま、二人は幸せに包まれながら夕焼け空を飛んで行く――――。

 新居についた頃には御嶽山の山肌も色を失い、宵闇よいやみが迫ってきていた。二人の新生活の幕開けを祝福しているように、空には鮮やかな宵の明星が輝く。

「奥様、こちらがスイートホームですよ!」

 俺は木製のデッキにそっと着地した。辺りには森の香りが立ち、新鮮な空気が二人を包み込む。

「うわぁ! すごい、すごーい!」

 ドロシーは目を輝かせて甘い新婚生活の拠点となるログハウスをあちこち眺めた。そして振り返ると池の向こうに聳え立つ御嶽山に圧倒され、大きく両手をあげた。

「素敵~!」

 その叫び声は、静寂な森に響き渡る。

 小ぢんまりとした木の温もりが感じられる外観、まだ芳しい材木の香り。一人で閉じこもるつもりだった小さなログハウスは、二人の愛の巣になり、俺の目にも輝いて見えた。

 俺はドアを開けて、ドロシーを案内する。

「ごめんね、まだ何もないんだ」

 まだ生活感のない殺風景な部屋にはベッドとテーブルしかない。

「本当に何もないのね……」

 薄暗い部屋を見回すドロシー。 

 俺は急いで魔法で暖炉に火をともした。炎が揺らめき、部屋に温かな光と影を作り出す。

「私が素敵なお部屋に仕立てちゃってもいい?」

 ドロシーの目がキラリと光る。

「もちろん! じゃあ、明日は遠くの街の雑貨屋へ行こう」

 俺はドロシーの手を取って引き寄せ、つぶらなブラウンの瞳を見つめた。

 じっと見つめあう二人――――。

 その瞳に映る自分の姿に、俺はこれからの幸せな日々を予感する。

 暖炉の炎に揺れる美しいほほのラインを、俺はそっとなでた。しっとりと柔らかな肌の温もりが、指先から伝わってくる。

 こんなに可愛い娘が俺の奥さんになってくれた……。それは俺にとってまだ信じられないことだった。前世ではあれほどあがいたのに彼女もできなかったことを考えると、まるで夢のようである。感謝と喜びが胸に込み上げてくる。

「どうしたの? あなた……?」

 ドロシーは優しく聞いてくる。

「こんなに可愛いくて優しい娘が奥さんだなんて、本当にいいのかなって……」

 俺は幸せすぎて少し怖くなっていた。

「ふふっ、本当言うとね……、昔倉庫で助けてくれたじゃない……。あの時からこうなりたかったの……」

 そう言って、真っ赤になってうつむくドロシー。長年秘めてきた想いの発露だった。

「えっ? あの時から好きでいてくれたの?」

 まさかそんなことだとは思いもしなかった俺は、目を丸くしてしまう。

「そうよ! この鈍感さん!」

 ジト目で俺をにらむドロシー。その表情には、少しの苛立ちが見て取れた。

「あ、そ、そうだったんだ……」

 俺は自分の鈍感さに呆れ、照れくさそうに頭をかく。実に申し訳ない。

「こう見えても、たくさんの人から言い寄られてたんだからね」

 ちょっとすねたドロシーも可愛いのだ。

「そうだよね、ドロシーは僕たちのアイドルだもの……」

「ふふっ、でもまだ、純潔ピッカピカよ」

 ドロシーは嬉しそうに笑う。

「それは……、俺のために?」

 俺の声は震えていた。自分には過ぎたことのように思えてしまう。

「あなたにも守られたし……、私もずっと守ってきたわ……、今日のために……」

「今日のため……」

 見つめ合う二人――――。

 その瞬間、二人の間に流れる時間が止まったかのようだった。暖炉の炎だけが、静かに揺らめいている。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

連れ去られた先で頼まれたから異世界をプロデュースすることにしました。あっ、別に異世界転生とかしないです。普通に家に帰ります。 ② 

KZ
ファンタジー
初めましての人は初めまして。プロデューサーこと、主人公の白夜 零斗(はくや れいと)です。 2回目なので、俺については特に何もここで語ることはありません。みんなが知ってるていでやっていきます。 では、今回の内容をざっくりと紹介していく。今回はホワイトデーの話だ。前回のバレンタインに対するホワイトデーであり、悪魔に対するポンこ……天使の話でもある。 前回のバレンタインでは俺がやらかしていたが、今回はポンこ……天使がやらかす。あとは自分で見てくれ。  ※※※  ※小説家になろうにも掲載しております。現在のところ後追いとなっております※

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...