69 / 190
69. プロンプトベース
しおりを挟む
「そろそろランチにしよう。お腹が空いただろ?」
俺はそう言って、ドロシーの手を取って陸へと泳ぎ始めた。
海から上がると、真っ白な砂浜に空の太陽が燦々と照りつけ、潮風が気持ち良く吹いてくる。その風に乗って、潮の香りが鼻をくすぐった。
「海はどうだった? 楽しめたかい?」
俺はドロシーの手を引いてカヌーへと歩きながら聞く。砂の感触が足裏をくすぐり、ゆったりとした気分になる。
「まるで別世界ね! こんな所があるなんて知らなかったわ! ユータ、本当にありがとう」
眩しい笑顔でにこやかに笑うドロシー。
俺は自然と湧き上がってくる笑みのまま軽く首を振った。『ありがとう』は自分の言葉なのだ。
木陰に折りたたみ椅子を二つ並べると、俺は湯を沸かしてコーヒーを入れていく――――。
準備をしながら、ふと懐かしさが込み上げてくる。かつてこの島で過ごした日々が、走馬灯のように蘇る。もう二度と会うことはできないけど、民宿のおじちゃん、おばちゃんは元気だろうか……?
全く同じ石垣島に居ながら、この世界には誰も住んでいない。その不思議な感覚に俺は深いため息をついた。
◇
「はいどうぞ」
俺はサンドイッチを切ってドロシーに渡した。
「ふふっ、ありがと!」
ザザーンという静かな波の音、ピュゥと吹く潮風……。ドロシーはサンドイッチを頬張りながら幸せそうに海を眺める。その横顔に、俺は思わず見とれてしまう。
「美味しい! ユータ、このサンドイッチ、どこで買ったの?」
「買ってないよ。俺が作ったんだ。昔、この島で覚えたレシピなんだ」
「すごい! ユータって料理も上手なのね」
ドロシーの目が輝く。その言葉に、少し照れくさくなる。
「サンドイッチに上手いも下手も無いよ」
俺は苦笑し、サンドイッチを頬張った。
◇
コーヒーをすすり、苦みが口の中に広がっていくのを感じながら、いったいこの世界はどうなっているのか、俺はボーっと考えていた。
仮想現実空間であるなら誰かが何らかの目的で作ったはずだが……、なぜこれほどまでに精緻で壮大な世界を作ったのか全く見当もつかない。地球を作り、この世界を作り、地球では科学文明が発達し、この世界では魔法が発達した。一体何が目的なのだろう?
そもそも、こんな世界を動かせるコンピューターなんて作れないのだから、仮想現実空間だということ自体間違っているのかもしれないが……。では全知全能なヌチ・ギや、プランクトンが個体識別され管理されていたのは何だったのか?
俺が眉間にしわを寄せながら考えていると、ドロシーが俺の顔を覗き込む。その大きな瞳に、俺の悩みが映っているようだ。
「どうしたの? 何かあった? さっきから深刻な顔してるわ」
俺はふぅと大きくため息をつき、首を振った。
この悩みはドロシーに言ったところで理解すらされないだろう。
俺はドロシーの肩を抱き、背中に顔をうずめると、
「何でもない、ちょっと疲れちゃった……」
そう言って、ドロシーの体温を感じた。その温もりが、俺の不安を少しずつ和らげていく。
ドロシーは肩に置いた俺の手に手を重ねる。
「ユータばかりゴメンね、少し休んだ方がいいわ……」
その声には、申し訳なさが滲んでいた。
「ちょっとだけ……肩を貸して……」
俺はそう言って、身体をドロシーに預ける。
ドロシーは優しく俺の腕をなでた。
伝わってくる温もり――――。
なぜかこの温もりがある限り、どんな謎も解き明かせる気がしていた。
よく考えたら地球で生きていた俺の魂が、この世界でも普通に身体を得て暮らせているということは、地球もこの世界も同質だという証拠なのだ。では、魂とは何なのだろう……?
分からないことだらけだ。頭の中で疑問が渦を巻く――――。
「この世界って……何なんだ?」
疑問の渦の中、俺は独り言のようにつぶやいた。
「あら、そんなことで悩んでるの? ここはコンピューターによって作られた仮想現実空間よ」
ドロシーがうれしそうに答えた。
そのあまりにも唐突な言葉に頭が真っ白になる。
「え!? な、なんでそんなこと知ってるの?」
思わず声が裏返る。ドロシーの表情には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「なんだっていいじゃない。私が真実を知ってたら都合でも悪いの? ふふっ……」
いたずらっ子のように笑うドロシー。その笑顔に、俺は戸惑いを覚えた。なぜ異世界に生まれた孤児がコンピューターなんて知っているのか?
「いや、そんなことないけど……、でも、コンピューターではこんなに広大な世界はシミュレーションしきれないよ」
俺は必死に自分の知識を総動員して反論する。
「それは厳密に全てをシミュレーションしようとなんてするからよ」
「え……? どういうこと?」
俺の頭の中で、疑問符が踊る。
「ユータが超高精細なMMORPGを作るとして、分子のシミュレーションなんてするかしら?」
「え? そんなのする訳ないじゃん。見てくれが整っていればいいだけなんだから、見える範囲の物だけを適当に合成して……、て、ま、まさかここもそうなの!?」
俺の中で、何かが崩れ落ちる音がした。シミュレーションなど厳密でなくていい、見えてるものだけ、むしろ、プロンプトベースの概念世界だけでも回ってしまうのではないだろうか? そんなひどく簡略化された電脳世界が俺の頭をかすめたのだった。
俺はそう言って、ドロシーの手を取って陸へと泳ぎ始めた。
海から上がると、真っ白な砂浜に空の太陽が燦々と照りつけ、潮風が気持ち良く吹いてくる。その風に乗って、潮の香りが鼻をくすぐった。
「海はどうだった? 楽しめたかい?」
俺はドロシーの手を引いてカヌーへと歩きながら聞く。砂の感触が足裏をくすぐり、ゆったりとした気分になる。
「まるで別世界ね! こんな所があるなんて知らなかったわ! ユータ、本当にありがとう」
眩しい笑顔でにこやかに笑うドロシー。
俺は自然と湧き上がってくる笑みのまま軽く首を振った。『ありがとう』は自分の言葉なのだ。
木陰に折りたたみ椅子を二つ並べると、俺は湯を沸かしてコーヒーを入れていく――――。
準備をしながら、ふと懐かしさが込み上げてくる。かつてこの島で過ごした日々が、走馬灯のように蘇る。もう二度と会うことはできないけど、民宿のおじちゃん、おばちゃんは元気だろうか……?
全く同じ石垣島に居ながら、この世界には誰も住んでいない。その不思議な感覚に俺は深いため息をついた。
◇
「はいどうぞ」
俺はサンドイッチを切ってドロシーに渡した。
「ふふっ、ありがと!」
ザザーンという静かな波の音、ピュゥと吹く潮風……。ドロシーはサンドイッチを頬張りながら幸せそうに海を眺める。その横顔に、俺は思わず見とれてしまう。
「美味しい! ユータ、このサンドイッチ、どこで買ったの?」
「買ってないよ。俺が作ったんだ。昔、この島で覚えたレシピなんだ」
「すごい! ユータって料理も上手なのね」
ドロシーの目が輝く。その言葉に、少し照れくさくなる。
「サンドイッチに上手いも下手も無いよ」
俺は苦笑し、サンドイッチを頬張った。
◇
コーヒーをすすり、苦みが口の中に広がっていくのを感じながら、いったいこの世界はどうなっているのか、俺はボーっと考えていた。
仮想現実空間であるなら誰かが何らかの目的で作ったはずだが……、なぜこれほどまでに精緻で壮大な世界を作ったのか全く見当もつかない。地球を作り、この世界を作り、地球では科学文明が発達し、この世界では魔法が発達した。一体何が目的なのだろう?
そもそも、こんな世界を動かせるコンピューターなんて作れないのだから、仮想現実空間だということ自体間違っているのかもしれないが……。では全知全能なヌチ・ギや、プランクトンが個体識別され管理されていたのは何だったのか?
俺が眉間にしわを寄せながら考えていると、ドロシーが俺の顔を覗き込む。その大きな瞳に、俺の悩みが映っているようだ。
「どうしたの? 何かあった? さっきから深刻な顔してるわ」
俺はふぅと大きくため息をつき、首を振った。
この悩みはドロシーに言ったところで理解すらされないだろう。
俺はドロシーの肩を抱き、背中に顔をうずめると、
「何でもない、ちょっと疲れちゃった……」
そう言って、ドロシーの体温を感じた。その温もりが、俺の不安を少しずつ和らげていく。
ドロシーは肩に置いた俺の手に手を重ねる。
「ユータばかりゴメンね、少し休んだ方がいいわ……」
その声には、申し訳なさが滲んでいた。
「ちょっとだけ……肩を貸して……」
俺はそう言って、身体をドロシーに預ける。
ドロシーは優しく俺の腕をなでた。
伝わってくる温もり――――。
なぜかこの温もりがある限り、どんな謎も解き明かせる気がしていた。
よく考えたら地球で生きていた俺の魂が、この世界でも普通に身体を得て暮らせているということは、地球もこの世界も同質だという証拠なのだ。では、魂とは何なのだろう……?
分からないことだらけだ。頭の中で疑問が渦を巻く――――。
「この世界って……何なんだ?」
疑問の渦の中、俺は独り言のようにつぶやいた。
「あら、そんなことで悩んでるの? ここはコンピューターによって作られた仮想現実空間よ」
ドロシーがうれしそうに答えた。
そのあまりにも唐突な言葉に頭が真っ白になる。
「え!? な、なんでそんなこと知ってるの?」
思わず声が裏返る。ドロシーの表情には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「なんだっていいじゃない。私が真実を知ってたら都合でも悪いの? ふふっ……」
いたずらっ子のように笑うドロシー。その笑顔に、俺は戸惑いを覚えた。なぜ異世界に生まれた孤児がコンピューターなんて知っているのか?
「いや、そんなことないけど……、でも、コンピューターではこんなに広大な世界はシミュレーションしきれないよ」
俺は必死に自分の知識を総動員して反論する。
「それは厳密に全てをシミュレーションしようとなんてするからよ」
「え……? どういうこと?」
俺の頭の中で、疑問符が踊る。
「ユータが超高精細なMMORPGを作るとして、分子のシミュレーションなんてするかしら?」
「え? そんなのする訳ないじゃん。見てくれが整っていればいいだけなんだから、見える範囲の物だけを適当に合成して……、て、ま、まさかここもそうなの!?」
俺の中で、何かが崩れ落ちる音がした。シミュレーションなど厳密でなくていい、見えてるものだけ、むしろ、プロンプトベースの概念世界だけでも回ってしまうのではないだろうか? そんなひどく簡略化された電脳世界が俺の頭をかすめたのだった。
31
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

不遇にも若くして病死した少年、転生先で英雄に
リョウ
ファンタジー
辺境貴族の次男レイ=イスラ=エルディア。 実は、病で一度死を経験した転生者だった。 思わぬ偶然によって導かれた転生先…。 転生した際に交わした約束を果たす為、15歳で家を出て旅に出る。 転生する際に与えられたチート能力を駆使して、彼は何を為して行くのか。 魔物あり、戦争あり、恋愛有りの異世界冒険英雄譚がここに幕を開ける!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる