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64. 薬指の苦悩
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「大魔導士様! おられますか? ありがとうございます!」
船から声がかかる。船長の様だ。その声には、感謝と安堵が溢れていた。
隠ぺい魔法をかけているから、こちらのことは見えないはずだが、シールドに浴びた墨は誤算だった。墨は見えてしまっているかもしれない。俺は少し緊張し、コホンとせき払いをした。
「あー、無事で何よりじゃったのう……」
俺は頑張って低い声を出す。その声色に、自分でも思わず噴き出してしまいそうになる。
「このご恩は忘れません。何かお礼の品をお贈りしたいのですが……」
(お、お礼!? キターーーー!)
俺は子供のようにワクワクしながらドロシーに聞く。
「お礼だって、何欲しい? 宝石とかもらう?」
しかし、ドロシーは静かに首を振る。
「私は……特に欲しい物なんてないわ。それより、孤児院の子供たちに美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたいわ……」
俺を見つめるその瞳には優しさがあふれていた。
「そうだよ、そうだよな……」
俺は欲にまみれた自分の発想を反省する。
パサパサでカチカチのパンしか無く、それでも大切に食べていた孤児院時代を思い出す。後輩にはもうちょっといいものを食べさせてあげる……それが先輩の責務だと思った。
俺は軽く咳払いし、言った。
「あー、クラーケンの魔石はもらったので、ワシはこれで十分。ただ、良ければアンジューの孤児院の子供たちに、美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげてくれんかの?」
「アンジューの孤児院! なるほど……、分かりました! さすが大魔導士様! 私、感服いたしました。美味しい料理、ドーンと届けさせていただきます!」
船長は嬉しそうにほほ笑んだ。その笑顔に、俺は人間の温かさを感じた。やはり、恵まれない子供たちに対する支援というのは人の心を動かすらしい。
孤児のみんなが大騒ぎする食堂を思い浮かべながら、俺も今度、何か持って行こうと思った。
ドロシーは俺の横顔を見つめ、静かに微笑み、俺も微笑む。海風が二人の髪を優しく撫でた――――。
「では、頼んだぞ!」
俺はそう言うと、カヌーに魔力を込めた。その瞬間、空気が震える。
カヌーはするすると加速し、また、バタバタと風を巻き込みながら海上を滑走していく。
「ありがとうございましたーーーー!」
後ろで船員たちが手を振っている。
「ご安全にー!」
ドロシーも手を振って応えた。まぁ、向こうからは見えないのではあるが。
「人助けすると気持ちいいね!」
俺はドロシーに笑いかける。
「助かってよかったわ。ユータって凄いのね!」
ドロシーも嬉しそうに笑う。その瞳に、尊敬の光が宿っているのが分かった。
「いやいや、ドロシーが見つけてくれたからだよ、俺一人だったら素通りだったもん」
「そう? 良かった……」
ドロシーは少し照れて下を向いた。
「さて、そろそろ本格的に飛ぶからこの魔法の指輪つけて」
俺はポケットから『水中でもおぼれない魔法の指輪』を出す。金色のリングに大粒のサファイアのような青い石が陽の光を浴びてキラリと輝いた。
「ゆ、指輪!?」
目を丸くして驚くドロシー。
「はい、受け取って!」
俺はニッコリと笑いながら差し出す。
「ユータがつけて!」
ドロシーは両手を俺の前に出した。その仕草に、俺は戸惑ってしまう。
「え? お、俺が?」
「早くつけて!」
ドロシーは両手のひらを開き、嬉しそうに催促する。
俺は悩んでしまった。どの指につけていいかわからないのだ。
「え? どの指?」
「いいから早く!」
ドロシーは教えてくれない……。
中指にはちょっと入らないかもだから薬指?
でも、確か……左手の薬指は結婚指輪だからつけちゃマズいはず?
なら右手の薬指にでもつけておこう。
俺は白くて細いドロシーの薬指にそっと指輪を通した。その柔らかな感触に、俺の心がドキリとした。
「え?」
ドロシーの表情に驚きが走った。
「あれ? 何かマズかった?」
「うふふ……、ありがと……」
真っ赤になってうつむくドロシー。
「このサイズなら、薬指にピッタリだと思ったんだ」
「……、もしかして……指の太さで選んだの?」
ドロシーの表情からサッと血の気が引き、言葉に怒気が混じる。
「そうだけど……マズかった?」
ドロシーは俺の背中をバシバシと叩く。
「もうっ! 知らない! サイテー!!」
ふくれてそっぽを向いてしまった。
「えっ……? えーと、結婚指輪って左手の薬指だよね?」
俺はしどろもどろでドロシーの顔色をうかがう。
「ユータはね、もうちょっと『常識』というものを学んだ方がいいわ……」
ドロシーはジト目で俺の額を指で押した。
「ゴメン、ゴメン、じゃぁ外すよ……」
俺は慌ててドロシーの指に手を伸ばす――――。
「ユータのバカ! もう、信じらんない!」
ドロシーはまた背中をバシバシと叩き、ふくれてプイっとそっぽを向いてしまった。
「痛てて、痛いよぉ……」
女性と付き合った経験のない俺に乙女心は難しい……。俺は途方に暮れて宙を仰いだ――――。
その後、俺は何だか良く分からないまま平謝りに謝った。
(帰ったら誰かに教えてもらおう。こんな時スマホがあればなぁ……)
と、どこまでも続く水平線を見ながら、情けないことを考える。
それでも女の子と指輪で揉めるなんて、前世では考えられない話である。ある意味で幸せなことかもしれない。そう思うと、俺の顔に小さな笑みが浮かんだ。
船から声がかかる。船長の様だ。その声には、感謝と安堵が溢れていた。
隠ぺい魔法をかけているから、こちらのことは見えないはずだが、シールドに浴びた墨は誤算だった。墨は見えてしまっているかもしれない。俺は少し緊張し、コホンとせき払いをした。
「あー、無事で何よりじゃったのう……」
俺は頑張って低い声を出す。その声色に、自分でも思わず噴き出してしまいそうになる。
「このご恩は忘れません。何かお礼の品をお贈りしたいのですが……」
(お、お礼!? キターーーー!)
俺は子供のようにワクワクしながらドロシーに聞く。
「お礼だって、何欲しい? 宝石とかもらう?」
しかし、ドロシーは静かに首を振る。
「私は……特に欲しい物なんてないわ。それより、孤児院の子供たちに美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたいわ……」
俺を見つめるその瞳には優しさがあふれていた。
「そうだよ、そうだよな……」
俺は欲にまみれた自分の発想を反省する。
パサパサでカチカチのパンしか無く、それでも大切に食べていた孤児院時代を思い出す。後輩にはもうちょっといいものを食べさせてあげる……それが先輩の責務だと思った。
俺は軽く咳払いし、言った。
「あー、クラーケンの魔石はもらったので、ワシはこれで十分。ただ、良ければアンジューの孤児院の子供たちに、美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげてくれんかの?」
「アンジューの孤児院! なるほど……、分かりました! さすが大魔導士様! 私、感服いたしました。美味しい料理、ドーンと届けさせていただきます!」
船長は嬉しそうにほほ笑んだ。その笑顔に、俺は人間の温かさを感じた。やはり、恵まれない子供たちに対する支援というのは人の心を動かすらしい。
孤児のみんなが大騒ぎする食堂を思い浮かべながら、俺も今度、何か持って行こうと思った。
ドロシーは俺の横顔を見つめ、静かに微笑み、俺も微笑む。海風が二人の髪を優しく撫でた――――。
「では、頼んだぞ!」
俺はそう言うと、カヌーに魔力を込めた。その瞬間、空気が震える。
カヌーはするすると加速し、また、バタバタと風を巻き込みながら海上を滑走していく。
「ありがとうございましたーーーー!」
後ろで船員たちが手を振っている。
「ご安全にー!」
ドロシーも手を振って応えた。まぁ、向こうからは見えないのではあるが。
「人助けすると気持ちいいね!」
俺はドロシーに笑いかける。
「助かってよかったわ。ユータって凄いのね!」
ドロシーも嬉しそうに笑う。その瞳に、尊敬の光が宿っているのが分かった。
「いやいや、ドロシーが見つけてくれたからだよ、俺一人だったら素通りだったもん」
「そう? 良かった……」
ドロシーは少し照れて下を向いた。
「さて、そろそろ本格的に飛ぶからこの魔法の指輪つけて」
俺はポケットから『水中でもおぼれない魔法の指輪』を出す。金色のリングに大粒のサファイアのような青い石が陽の光を浴びてキラリと輝いた。
「ゆ、指輪!?」
目を丸くして驚くドロシー。
「はい、受け取って!」
俺はニッコリと笑いながら差し出す。
「ユータがつけて!」
ドロシーは両手を俺の前に出した。その仕草に、俺は戸惑ってしまう。
「え? お、俺が?」
「早くつけて!」
ドロシーは両手のひらを開き、嬉しそうに催促する。
俺は悩んでしまった。どの指につけていいかわからないのだ。
「え? どの指?」
「いいから早く!」
ドロシーは教えてくれない……。
中指にはちょっと入らないかもだから薬指?
でも、確か……左手の薬指は結婚指輪だからつけちゃマズいはず?
なら右手の薬指にでもつけておこう。
俺は白くて細いドロシーの薬指にそっと指輪を通した。その柔らかな感触に、俺の心がドキリとした。
「え?」
ドロシーの表情に驚きが走った。
「あれ? 何かマズかった?」
「うふふ……、ありがと……」
真っ赤になってうつむくドロシー。
「このサイズなら、薬指にピッタリだと思ったんだ」
「……、もしかして……指の太さで選んだの?」
ドロシーの表情からサッと血の気が引き、言葉に怒気が混じる。
「そうだけど……マズかった?」
ドロシーは俺の背中をバシバシと叩く。
「もうっ! 知らない! サイテー!!」
ふくれてそっぽを向いてしまった。
「えっ……? えーと、結婚指輪って左手の薬指だよね?」
俺はしどろもどろでドロシーの顔色をうかがう。
「ユータはね、もうちょっと『常識』というものを学んだ方がいいわ……」
ドロシーはジト目で俺の額を指で押した。
「ゴメン、ゴメン、じゃぁ外すよ……」
俺は慌ててドロシーの指に手を伸ばす――――。
「ユータのバカ! もう、信じらんない!」
ドロシーはまた背中をバシバシと叩き、ふくれてプイっとそっぽを向いてしまった。
「痛てて、痛いよぉ……」
女性と付き合った経験のない俺に乙女心は難しい……。俺は途方に暮れて宙を仰いだ――――。
その後、俺は何だか良く分からないまま平謝りに謝った。
(帰ったら誰かに教えてもらおう。こんな時スマホがあればなぁ……)
と、どこまでも続く水平線を見ながら、情けないことを考える。
それでも女の子と指輪で揉めるなんて、前世では考えられない話である。ある意味で幸せなことかもしれない。そう思うと、俺の顔に小さな笑みが浮かんだ。
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