「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

月城 友麻

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51. プランクトンID

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 海への期待がドロシーの心を少し和ませたようで、奥の机で書類の整理を始めた。その姿を見て、俺は安堵の息をつく。

 買ってきた拡大鏡ルーペを取り出し、俺は池の水の観察を始めることにした。窓辺の明るい場所に白い皿を置き、そこに池の水を一滴たらす。

 さて、何が見えますでしょうか――――?

 緊張と期待が入り混じる心を抑えながら、俺は拡大鏡ルーペをのぞき込んだ。

「いる……」

 俺の目の前に、驚くべき光景が広がった。そこには無数のプランクトンが、まるで宇宙の星々のようにうごめいていた。とげのある球体、小舟のような形状、筏に似た姿――多種多様な形のプランクトンが、それぞれの個性を主張するかのようにピョコピョコと動き回っている。

 一滴の水滴が、まるで小さな宇宙のように感じられた。

 乳酸菌の存在を知った今、これらのプランクトンの存在は想定内だった。しかし、実際に目にすると、その生命力に圧倒される。この世界がリアルな世界である可能性が、さらに高まった気がした。

「こんな複雑な生態系をMMORPGでシミュレートし続けるなんて……」

 俺は呟いた。そんなことは技術的にも、コスト的にも非現実的だ。

 拡大鏡ルーペから目を離さず、俺はプランクトンたちの動きを見守り続けた。特に、ピョンピョンと活発に動き回るミジンコの姿に、心が和むのを感じる。その愛らしい動きに、思わず微笑みがこぼれた。

「ユータ、何してるの?」

 ドロシーの声に、俺は我に返った。彼女は好奇心に満ちた表情で、俺の傍らに立っていた。

「ああ、ちょっとした観察さ。ほら、見てみる?」

 俺は拡大鏡ルーペをドロシーに差し出す。彼女は恐る恐る覗き込んだ――――。

「きゃぁ!」

 驚いて顔を上げるドロシー。その表情には驚きと興奮が入り混じっていた。

「なによこれー! 動いてる!」

「池の水だよ。拡大鏡ルーペで見ると、中にはいろんな小さな生き物がいるんだ」

 俺は得意げに説明する。ドロシーが生き生きとの驚く顔を見て少しホッとした。

「え? 池ってこんなのだらけなの……? 気持ち悪いような、でも面白いような……」

 そう言いながら、ドロシーは恐る恐る拡大鏡ルーペを再度のぞく。今度は少し落ち着いた様子で、じっくりと観察を始めた。

「なんだか不思議な世界ね……。まるで別の惑星ほしを覗いているみたい」

「ピョンピョンしてるの、ミジンコっていうんだけど、可愛くない? 水の中を泳ぐウサギみたいだろ?」

 俺は調子に乗って説明を続ける。異世界で話す科学の知識、それはなんだかとてもチートな気分だった。

「うーん、私はこのトゲトゲした丸い方が可愛いと思うわ。何だかカッコいいかも。まるで小さな武将ぶしょうみたい。何て名前なの?」

 ドロシーは目を輝かせながら拡大鏡ルーペをのぞき込んでいる。その姿を見ていると、俺まで幸せな気分になってくる。

「え? 名前……? 何だったかなぁ……、ちょっと見せて」

 俺は拡大鏡ルーペをのぞき込み、不思議な幾何学模様の丸いプランクトンを眺めた。

 中学の授業でやった記憶があるんだが、もう思い出せない。『なんとかモ』だったような気がするが……。俺は無意識に鑑定スキルを起動させていた。

 開く青い鑑定ウインドウ――――。

クンショウモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種
ID:319747291022(5月9日13:43 34'55")

 俺は表示内容を見て唖然あぜんとした。なぜ、こんな微細なプランクトンまでデータ管理されているのだろう。ウィンドウに表示されている詳細項目を見ると、誕生日時まで詳細に書いてあり、生まれた時からちゃんと個別管理がされてあるようだった。

「そんな……、バカな……」

 急いで他のプランクトンも鑑定してみる。

ミカヅキモ レア度:★
淡水に棲む接合藻の仲間
ID:319779231950(5月3日03:19 42'05")

イカダモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種
ID:319792462974(5月1日18:31 41'23")

 全て、鑑定できてしまった――――。

 これはつまり、膨大に生息している無数のプランクトンも一つ一つシステム側が管理しているということだ。

「どうしたの? ユータ。何が見えるの?」

 ドロシーの声に我に返る。俺は動揺を隠しながら、なんとか笑顔を作った。

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしてた。それよりドロシー、他にも面白いのがいるから見てみようか」

 そう言って、俺は話題を逸らす。

 見えている微生物全てにコードが振られているだなんて、とても説明できない。

 しかし、これはこの世界の真実の一端を表す恐るべき事実なのだ。この世界の仕組みは、俺が想像していた以上にはるかに複雑で緻密なものなのかもしれない。

 一滴の池の水の中に数百匹もいるのだ。池にいるプランクトンの総数なんて何兆個いるかわからない。海まで含めたらもはや天文学的な膨大な尋常じゃない数に達するだろう。でも、その全てをシステムは管理していて、俺に個別のデータを提供してくれている。

 ありえない――――。

 俺は頭を抱えながら、窓際の椅子に腰を下ろした。夕暮れ時の空が、オレンジ色から群青色へと変わっていく。その美しい光景さえも、今の俺には不気味に感じられた。
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