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40. 宅配お兄さん

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 それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。

 チュチュン! チュチュチュ!

 陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。

「ドロシーさん、お荷物です」

 ドロシーの家のドアが叩かれる。

 朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。その仕草には、まだ警戒心の名残が見える。

 ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っていた。

「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」

「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」

 ドロシーの顔には、戸惑とまどいが浮かぶ。

「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」

 お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。

「分かりました、どこにあるんですか?」

 ドロシーが二階の廊下から下を見ると、ホロ馬車が一台止まっていた。

「あの馬車の荷台にあります」

 お兄さんはニッコリと指をさす。

 ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見た。

「どれですか?」

「あの奥の箱です。」

 ニッコリと笑うお兄さん。

「ヨイショっと」

 ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。その姿には、危険が迫っているとは知らない無防備さが滲んでいた。

「どの箱ですか?」

 ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回す。

「はい、声出さないでね」

 男は嬉しそうに短剣をドロシーの目の前に突き出した。刃がギラリと朝の光を反射する。

「ひっひぃぃ……」

 恐怖と絶望で思わず尻もちをつくドロシー。

「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」

 男はそう言って短剣をピタリとドロシーのほおに当て、いやらしい笑みを浮かべた……。

 こうしてドロシーを乗せた馬車は静かに動き出す。ギシギシときしむ車輪の音が、運命の残酷さを物語っているようだった。


        ◇


 俺は夢を見ていた――――。

 店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルリと回転し、銀髪がきらめきながらファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。

 美しい……。俺はウットリと見とれていた。優美なドロシーに、すっかり心を奪われてしまっていたのだ。

 いきなり誰かの声がする。

「旦那様! ドロシーが幌馬車ほろばしゃに乗ってどこか行っちゃいましたよ!」

 アバドンだ。いい所なのに……。その声が、夢の世界に現実の不協和音を持ち込む。

「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」

「え? いいんですかい?」

「いいから、静かにしてて!」

 俺はアバドンに怒った。

 ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。

 ドロシー、綺麗だなぁ……。

 幌馬車ほろばしゃになんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。

 すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。

 え? ドロシーどうしたの?

 ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。その光景は、まるで悪夢の具現化のようだった。

 俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。

「ド、ドロシー……?」

 俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。

 え!?

 俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。その光景は、あまりにも残酷ざんこくで、俺の心をむしばんでいく。

「ドロシー!!」

 俺は叫んだ自分の声で目が覚め、飛び起きた。

 はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。全身がブルブルとどうしようもなく震えていた。

「ゆ、夢……?」

 俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。

「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」

 その安堵感の裏で、何か大切なことを忘れているような不安が渦巻いていた。

 あ、そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車ほろばしゃ? なぜ?

 俺はアバドンを思念波で呼んでみる。

「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」

 アバドンはちょっとあきれたような声で返事をした。

「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車ほろばしゃに乗ってどこかへ出かけたんですよ」

「どこへ?」

 アバドンはちょっとすねたように言う。

「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」

 俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車ほろばしゃで出かけるはずなどない。さらわれたのだ! 気だるい気分など吹っ飛んで血の気が凍るような衝撃が俺を襲った。
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