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36. 究極のアルバイト

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「あれ? お前何やってんだ?」

 俺は驚いた。なんと、そこにいたのはアバドンだったのだ。その意外な再会に、俺は首をひねる。

「え? あ? だ、旦那様!」

 アバドンは俺を見つけると驚いて玉座を飛び降りた。その慌てぶりが、どこか滑稽に見える。

「早く言ってくださいよ~」

 アバドンはまるで主人を待ち焦がれていた犬のように、俺に駆け寄ってきた。

「なにこれ?」

 俺はいぶかしそうに眉をひそめて聞く。

「いや、ちょっと、お仕事しないとワタクシも食べていけないもので……」

 アバドンは恥ずかしそうに揉み手をしながら、何だか生臭いことを言う。その言葉に、俺は思わず苦笑してしまう。

「あ、これ、アルバイトなの?」

「そうなんですよ、ここはダンジョンの八十階、いいお金になるんです!」

 アバドンは嬉しそうに言う。その表情には、奇妙な誇らしさが浮かんでいた。

「まぁ、悪さしてる訳じゃないからいいけど、なんだか不思議なビジネスだね」

 俺の言葉に、アバドンは照れくさそうに首をすくめる。

「その辺はまた今度ゆっくりご説明いたします。旦那様とは戦えませんのでどうぞ、お通りください」

 そう言って、奥のドアを手のひらで示す。すると、ギギギーッと出口のドアが開いた。

 ドアの向こうの床には青白く輝く魔法陣が描かれ、ゆっくりと回っている。これがポータルという奴らしい。

 俺は改めてこの世界の不思議さを実感する。魔物のアルバイト。ダンジョンの仕組み。全てが謎に包まれている。しかし、その謎を一つ一つ集めていく過程に、俺は奇妙な興奮を覚えていた。

「え? これはどういうこと?」

 エレミーが唖然あぜんとした表情で聞いてくる。その声には、驚きと混乱が入り混じっていた。

「この魔人は俺の知り合いなんだよ」

 俺の言葉に、周囲の空気が一瞬凍りつく。

「し、知り合い~!?」

 目を真ん丸にするエレミー。

「はい、旦那様にはお世話になってます」

 ニコニコしながら揉み手をするアバドン。恐怖と絶望の象徴だったその姿は、今ではどこか愛らしくさえ見えた。

 パーティメンバーは、一体どういうことか良く分からず、お互いの顔を見合わせる。その視線には、疑念と好奇心が交錯していた。

「おいユータちょっと待てよ! みんなお前が仕組んだ茶番ってことか!?」

 ジャックは俺に詰め寄ってきた。その目には、疑惑と怒りの炎が燃えていた。

「な、何を言うんですか!」

 俺は酷い言いがかりに困惑しながら後ずさる。

 その時だった――――。

 猫が鼠を捕まえるかのように、アバドンがジャックの襟元をつかんでひょいと持ち上げた。

「ご主人様に何すんだ、この禿げ!」

 怒りに全身から紫のオーラをブワッと噴き出しながら、地獄の使者のようなものすごい形相でジャックの顔をのぞきこむ。

 うひぃぃぃ!

「ご主人様、コイツ殺していいですか?」

 アバドンの物騒な言葉に俺は慌てた。その声には、冗談ではない明確な殺意が感じられる。

「ダメダメ! 下ろして! 俺たちもう帰るから!」

「あら、そうですか? おい、お前命拾いしたな?」

 アバドンはジャックの顔ギリギリまで顔を近づけ、メンチを切るとポイッと放った。

 ひっ! ひぃぃぃ!

 ジャックは半狂乱になって我先に出口へと駆けていく。

 俺は苦笑するとみんなを見て言った。

「さぁ、帰りましょう!」

 みんなキツネにつままれたような顔をしながら、ジャックに続く。確かにこのような経験など生まれて初めてなのだから仕方ないかもしれない。

「アバドン、ありがとう。また後でな!」

 俺はアバドンの背中をパンパンと叩き、サムアップして見せた。

「いえいえ、いつでもお呼びください、ご主人様」

 アバドンはそう言うと胸に手を当ててうやうやしくこうべを垂れた。


    ◇


 みんな出口のポータル魔法陣の上に乗って次々と飛んでいく。

 俺も真似して飛び乗ってみる――――。

 ピュン!

 不思議な効果音が鳴り、俺はいきなりまぶしい光に包まれ、思わず目をつぶった。

 うわっ!

 直後、にぎやかな若者たちの声が聞こえ、風がほおをなでる……。どうやら無事に転送されたようだ。

 ゆっくり目を開けると……澄みとおる青い空、燦燦さんさんと日の光を浴びる屋台、そして冒険者たち。

 そこは洞窟の入り口だったのだ。あの壮大なダンジョンの冒険が、まるで幻だったかのようにすら感じられる。

「あぁ、楽しかったな……」

 俺はグッと両手を空に伸ばし、深呼吸をして波乱万丈だった初ダンジョンを思い返していた。
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