上 下
8 / 172

8. キノコ・マジック

しおりを挟む
 小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、鳥がチチチチと遠くで鳴いている。そのおだやかな自然の調べしらべをBGMとして静かに一歩一歩挑戦が続いて行く。

「よしっ! 行けるぞ!」

 思ったより順調に距離を稼いでいく俺。

 子供の身体は軽い分、こういう時は有利である。だが、それでも落ちたら死ぬのだ。ふと、下を見た瞬間、予想以上の高さに心臓がキュッとめ付けられ、俺はギリッと奥歯を鳴らした。

(ゲームの中なら、こんなの朝飯前なのに……)

 何度も諦めそうになったが、アベンスの可憐な紫の花はもうすぐその先で揺れているのだ。とても諦めきれない。

 苦闘の連続の末、最後にはなんとかアベンスまで手が届く場所にたどり着くことができた。

「くぅぅぅぅ……。やった……。やったぞ!!」

 肩で息をしながら俺は達成感に包まれる。

 落ちないように慎重に薬草を採集し、バッグに突っ込む。思わずにやけてしまう。

(きっと銀貨一枚くらい……日本円にして一万円くらいにはなるに違いない)

 だが、喜びもつかの間。今度は降りなければならない。降りるのは登る何倍も難しい。チラッと下を見ると、地面ははるか彼方かなただ――――。

 くぅぅぅぅ……。

 俺は涙腺るいせんが熱くなるのを感じながら、丁寧に一歩ずつ降りていく。それは辛く苦しい命がけの挑戦。でも、確かに生きているという手触りを感じ、俺は思わずにやけてしまう。ゲームばかりやって暗い部屋に籠っていたあの頃に比べたら圧倒的に『生きている』実感にあふれているのだ。

 どのくらいの時間が経っただろうか。永遠とも思える時間の後、ようやく山場を越えることができた。

「ふぅ……、あともう少しだ。良かった良かった……」

 安堵の溜息ためいきらしたその瞬間だった。

 ゴロッ――――。

 足元の岩が崩れ、俺の体が宙に浮く。

「へっ……?」

 間抜けな声を上げながら、俺は転落していった。目の前で景色が回転かいてんし、風を切る音が耳にひびく。

「ぐわぁ!」

 思いっきりもんどりうって転がる俺。世界が目まぐるしく回転し、背中に鋭い痛みが走る。

(安心した瞬間が一番危険……か)

 俺は身をもってその教訓をたたき込まれた。

 ゴロゴロと転がり、小川に落ちる寸前でようやく止まる。全身がしびれるような痛みに包まれた。

「いててて……」

 身体をあちこち打ってしまった。ひじから血がにじんでいる。死ななかっただけましだが、痛みで目に涙が浮かぶ。

 体を起こそうとした時、目の前の倒木の下にを奪われた。プックリとした可愛いキノコが、まるで宝石のように輝いている。見慣れない形をしているそのキノコに、俺は思わず見とれてしまう。

 何気なく鑑定をかけてみると――――。

「ええっ!?」

マジックマッシュルーム レア度:★★★★★
マジックポーション(MP満タン)の原料

「キタ――――!」

 俺の声が森に木霊こだまする。ケガの功名とはこのことか。痛みも忘れ、俺は飛び上がってガッツポーズ。

「やったぞ! いける! いけるぞぉ! ぐわっはっはっはー!」

 思わず叫び、そして大きく笑う。その笑顔は、今までの人生で見せたことのないような、純粋じゅんすいな喜びに満ちたものだった。

 フリーターでゲームに逃げていた俺が、今、異世界で新たな人生をつかみ取ったのだ。ただの孤児では終わらない、成功への道を一歩踏み出した実感に全身がふるえる。

 その後、★3のハーブをいくつか採集し、陽も傾いてきたので帰路についた。院長に教わった通り、来た道には短剣で木の幹に傷を付けてきてあるのだ。帰りはそれを丁寧にトレースしていく。

 森の中を歩きながら、俺は今日の出来事を反芻はんすうする。危険と隣り合わせの冒険、そして予想外の発見。これが本来の人間の人生というものなのだろう。暗い部屋でゲームばかりして忘れていた野生を取り戻せた気がして。俺はグッとこぶしを握った。


        ◇


 夕焼けに染まる空を仰ぎながら、ユータは早足で街へと戻っていった。石畳いしだたみは夕陽に照らされ、まるで燃えるように赤く輝いている。

 この街、正式名称を『峻厳しゅんげんたる城市アンジュー』という王国の中心地は、まるで中世ヨーロッパの絵画から抜け出してきたかのような佇まいを見せていた。
 ごつごつとした石造りの建物が立ち並ぶ中、夕陽が作り出す陰影が街並みを立体的に浮かび上がらせ、まるでアートの様な美しさを放っている。

 遠くから聞こえてくる教会の鐘の音が、カーン、カーンと静かに時を告げた。

「早く帰らないと、院長が心配してしまうな……」

 俺の目指す先は薬師ギルドだ。採った薬草はギルドで換金してくれると院長に聞いていたのだ。

 裏通りにひっそりと佇む薬師ギルドの扉を開けると、独特の香りが鼻をくすぐった。壁一面に並ぶ色とりどりの薬瓶、そしてカウンター越しに見える無数の小さな引き出しが並んだ棚。まるで魔法使いの研究室のような雰囲気だ。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

処理中です...