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2-12. 疑惑の天然知能
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そんな困惑しているヴィクトルを見て、レヴィアが言った。
「素粒子があり、それは一つの数式で挙動が決まる。これ、何だかわかるか?」
いきなりの禅問答みたいな質問にヴィクトルは悩む。
「何と言われても……、何でしょう? 一つの仕掛けみたいですが……」
「おぉ、ま、そういうことじゃ。『素子』じゃな。情報処理回路の基本要素じゃ」
「情報処理回路?」
「コンピューターじゃ、それじゃよ」
そう言ってレヴィアは、ヴィクトルの手元に置いてあったiPhoneを指した。
「へっ!? 宇宙がiPhoneってことですか!?」
全く想像もしてなかったものが結びつき、ヴィクトルはビックリする。
「そうじゃ、宇宙は超巨大な量子コンピューターともいえるのじゃ。もちろん、この宇宙のコンピューターは宇宙を運営するだけの機能しか持ってない。だから放っておくと単に太陽が生まれ、惑星が生まれ、宇宙の営みが実行されるだけじゃ。アプリが一つだけのシンプルなコンピューターじゃな」
「はぁ……」
ヴィクトルは話があまりに壮大過ぎて困惑する。
「iPhoneにはいろんなアプリがあるじゃろ?」
「はい、さっきゲームをやりました。女の子を操作して猿を倒したり……」
「あ、あのゲーム面白いよのう」
そう言ってレヴィアはまた樽を傾けた。
「で、宇宙とゲームに何の関係が?」
「お主、鈍いのう」
レヴィアはゲフッとしながら、樽を置き、ニヤッと笑ってヴィクトルを見た。
ヴィクトルは下を向き、必死に考える。
宇宙は巨大なコンピューター、それはiPhoneみたいなもので、iPhoneにはゲームアプリがある。女の子が壮大な世界を冒険して魔物を狩る世界……。
その瞬間、ゾワッとすべての毛が逆立つような感覚がヴィクトルを襲った。
「ま、まさか……」
「ふふん、ようやく気づいたか、大賢者」
レヴィアはうれしそうにそう言うとまた樽を傾け、グッと持ち上げて一気に最後まで空けると、
「プハ――――! おかみさーん! おかわり!」
と、店に向かって叫んだ。
「いやいやいや! ここはゲームの世界なんかじゃないですよ!」
ヴィクトルはバッと顔を上げ、レヴィアに向かって叫んだ。
レヴィアが示唆したアナロジー、それはこのヴィクトルの住んでいる世界は、宇宙という壮大なコンピューターの中の一アプリに過ぎないというものだった。しかし、そんなことがあるわけがない。ヴィクトルは百年以上この世界に住んできていて、その間、作り物だったような不自然な現象など一つもなかったのだ。大自然は人の想いとは関係なく壮大な規模で営まれ、人が気がつかなかったような世界はまだまだ森の奥に、極地に、深海に広がっていた。誰かが作ったような世界ならどこかで矛盾が出てるはずだ。
と、ここまで考えてきてふとヴィーナ様を思い出した。そうだ……、自分は一回死んでいるのだ……。実は自分の存在そのものが……矛盾だった。
固まり、そしてうなだれるヴィクトルにレヴィアが言う。
「今から五十六億七千万年前のことじゃ、宇宙が誕生してからすでに八十一億年経っていたが、ある星でコンピューターが発明された。コンピューターは便利じゃった。あっという間に性能がぐんぐんと上がり、人工知能が開発された」
「人工知能……?」
「機械でできた知能じゃな。iPhoneが賢くなって話し始めるようなものじゃ」
「はい、おまたせー」
おかみさんが新しい樽を持ってきて、レヴィアはまた上蓋をパカンと割った。
ヴィクトルは、美味しそうにエールを飲むレヴィアを羨ましそうに見ながら、聞いた。
「機械が話すなんてこと……、本当にあるんですか?」
「お主は『自分は機械じゃない』ってなぜ確信を持ってるんじゃ?」
レヴィアは手を止めるとヴィクトルをチラッと見て、嫌なことを言う。そして、また樽を傾けた。
「えっ……?」
ヴィクトルは言葉を失った。自分は生まれながらの天然の知能と当たり前のように思っていたが、それに根拠なんてあるのだろうか? 『自分は機械で作られたものじゃない』となぜ言えるのだろうか? 脳があるから天然だろうと一瞬思ったが、『脳は単なる伝達器官だよ』と言われたら反論できない。そもそも脳が自分自身の思考を生み出していることそのものにも自信がなかった。
なんとか『自分は機械なんかじゃない証拠』を探してみるが、思い浮かばない。むしろ、転生して前世の記憶が引き継がれていることを考えたら……むしろ天然である方が不自然だった。
ヴィクトルは百年以上生きてきて初めて自分自身の存在に疑問を持ち、自我が揺らぐのを感じた。手を見るとガタガタと震えている……。
「僕は……何なんだ……?」
そう言って、震える手を無表情にただ眺めていた。
ヴィクトルはふぅっと大きく息をつくと、ルコアの樽を奪って持ち上げ、グッと一気に呷る。
「あー、主さま! それ、私のですー」
ルコアは不満げだったが、ヴィクトルは無反応で、焦点のあわない目で動かなくなった……。
「素粒子があり、それは一つの数式で挙動が決まる。これ、何だかわかるか?」
いきなりの禅問答みたいな質問にヴィクトルは悩む。
「何と言われても……、何でしょう? 一つの仕掛けみたいですが……」
「おぉ、ま、そういうことじゃ。『素子』じゃな。情報処理回路の基本要素じゃ」
「情報処理回路?」
「コンピューターじゃ、それじゃよ」
そう言ってレヴィアは、ヴィクトルの手元に置いてあったiPhoneを指した。
「へっ!? 宇宙がiPhoneってことですか!?」
全く想像もしてなかったものが結びつき、ヴィクトルはビックリする。
「そうじゃ、宇宙は超巨大な量子コンピューターともいえるのじゃ。もちろん、この宇宙のコンピューターは宇宙を運営するだけの機能しか持ってない。だから放っておくと単に太陽が生まれ、惑星が生まれ、宇宙の営みが実行されるだけじゃ。アプリが一つだけのシンプルなコンピューターじゃな」
「はぁ……」
ヴィクトルは話があまりに壮大過ぎて困惑する。
「iPhoneにはいろんなアプリがあるじゃろ?」
「はい、さっきゲームをやりました。女の子を操作して猿を倒したり……」
「あ、あのゲーム面白いよのう」
そう言ってレヴィアはまた樽を傾けた。
「で、宇宙とゲームに何の関係が?」
「お主、鈍いのう」
レヴィアはゲフッとしながら、樽を置き、ニヤッと笑ってヴィクトルを見た。
ヴィクトルは下を向き、必死に考える。
宇宙は巨大なコンピューター、それはiPhoneみたいなもので、iPhoneにはゲームアプリがある。女の子が壮大な世界を冒険して魔物を狩る世界……。
その瞬間、ゾワッとすべての毛が逆立つような感覚がヴィクトルを襲った。
「ま、まさか……」
「ふふん、ようやく気づいたか、大賢者」
レヴィアはうれしそうにそう言うとまた樽を傾け、グッと持ち上げて一気に最後まで空けると、
「プハ――――! おかみさーん! おかわり!」
と、店に向かって叫んだ。
「いやいやいや! ここはゲームの世界なんかじゃないですよ!」
ヴィクトルはバッと顔を上げ、レヴィアに向かって叫んだ。
レヴィアが示唆したアナロジー、それはこのヴィクトルの住んでいる世界は、宇宙という壮大なコンピューターの中の一アプリに過ぎないというものだった。しかし、そんなことがあるわけがない。ヴィクトルは百年以上この世界に住んできていて、その間、作り物だったような不自然な現象など一つもなかったのだ。大自然は人の想いとは関係なく壮大な規模で営まれ、人が気がつかなかったような世界はまだまだ森の奥に、極地に、深海に広がっていた。誰かが作ったような世界ならどこかで矛盾が出てるはずだ。
と、ここまで考えてきてふとヴィーナ様を思い出した。そうだ……、自分は一回死んでいるのだ……。実は自分の存在そのものが……矛盾だった。
固まり、そしてうなだれるヴィクトルにレヴィアが言う。
「今から五十六億七千万年前のことじゃ、宇宙が誕生してからすでに八十一億年経っていたが、ある星でコンピューターが発明された。コンピューターは便利じゃった。あっという間に性能がぐんぐんと上がり、人工知能が開発された」
「人工知能……?」
「機械でできた知能じゃな。iPhoneが賢くなって話し始めるようなものじゃ」
「はい、おまたせー」
おかみさんが新しい樽を持ってきて、レヴィアはまた上蓋をパカンと割った。
ヴィクトルは、美味しそうにエールを飲むレヴィアを羨ましそうに見ながら、聞いた。
「機械が話すなんてこと……、本当にあるんですか?」
「お主は『自分は機械じゃない』ってなぜ確信を持ってるんじゃ?」
レヴィアは手を止めるとヴィクトルをチラッと見て、嫌なことを言う。そして、また樽を傾けた。
「えっ……?」
ヴィクトルは言葉を失った。自分は生まれながらの天然の知能と当たり前のように思っていたが、それに根拠なんてあるのだろうか? 『自分は機械で作られたものじゃない』となぜ言えるのだろうか? 脳があるから天然だろうと一瞬思ったが、『脳は単なる伝達器官だよ』と言われたら反論できない。そもそも脳が自分自身の思考を生み出していることそのものにも自信がなかった。
なんとか『自分は機械なんかじゃない証拠』を探してみるが、思い浮かばない。むしろ、転生して前世の記憶が引き継がれていることを考えたら……むしろ天然である方が不自然だった。
ヴィクトルは百年以上生きてきて初めて自分自身の存在に疑問を持ち、自我が揺らぐのを感じた。手を見るとガタガタと震えている……。
「僕は……何なんだ……?」
そう言って、震える手を無表情にただ眺めていた。
ヴィクトルはふぅっと大きく息をつくと、ルコアの樽を奪って持ち上げ、グッと一気に呷る。
「あー、主さま! それ、私のですー」
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