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1-2. 目指せスローライフ!
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五年ほど前のこと、王都中心部にひときわ高くそびえたつ賢者の塔の寝室で、大賢者アマンドゥスは最期の時を迎えていた。
若き国王は枕もとでアマンドゥスの手を取り、涙を流す。
すでに齢百三歳を数えるアマンドゥスの身体は、ありとあらゆる延命の魔法を駆使してきたものの限界を迎えつつあった。
「陛下、いよいよ最期の時が……来たようです……」
息を絶え絶えにしながらか細い声で言った。
「アマンドゥス……、余は稀代の大賢者に学べたことを誇りに思っておる」
「こ、光栄です。先に……休ませていただ……き……」
アマンドゥスはガクッとこと切れた。
直後、かけてあった魔法がすべてキャンセルされ、赤、青、緑の鮮やかな光の輪たちが次々と現れてははじけていく。
「アマンドゥス――――!」
美しい光が踊る中、国王は涙をポロポロこぼし、部屋には弟子たちのすすり泣く音が響いた。
塔の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響き、街中に大賢者が身罷ったことが伝えられた。多くの人は周りの人と目を見合わせ、そして塔に向かって黙とうをささげる。
みんなに愛された心優しき不世出の大賢者は、こうして一生を終えた。
◇
アマンドゥスが気がつくと、純白の大理石で作られた美しい神殿にいた。随所に精緻な彫刻が施された豪奢な神殿は、どこまでも透明な美しい水の上にあり、真っ青な水平線がすがすがしい清涼感をもたらしている。
「ここは……?」
不思議な風景にとまどいながら、辺りを見回すアマンドゥス。
「お疲れ様……」
振り向くと、そこには純白のドレスをまとった美しい女性がいた。魅惑的な琥珀色の瞳に透き通るような白い肌、アマンドゥスはその美貌に思わず息を飲む。
「あなたの功績にはとても感謝してるわ。何か願い事があれば聞いてあげるわよ」
女性はニッコリとほほ笑みながら言った。
「あ、あなたは……?」
「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」
ヴィーナはそう言いながら、美しいチェストナットブラウンの髪の毛をフワッとゆらす。
アマンドゥスはその神々しい麗しさに圧倒され、思わず息をのんだ。
「な、何でも聞いてくれるんですか?」
「まぁ……、社会を壊すようなものじゃなければね」
ニコッと笑うヴィーナ。
アマンドゥスは考えこむ。何を頼もう?
自分の人生は大成功だった。才能をいかんなく発揮し、王国を豊かに発展させ、みんなに愛された。もはや非の打ちどころのない人生だった……はずだが、なぜか心が満たされないシコリのような違和感を感じる。
「ヴィーナ様……。私の人生は大成功だったと思うのですが、何かこう……満たされないのです」
「ふふっ、だってあなた仕事中毒なだけだったからねぇ」
ヴィーナはちょっと憐みの目で軽く首を振った。
「仕事中毒……?」
「朝から晩まで仕事仕事、心を温める余裕もない暮らしじゃ心は死んでしまうわ」
アマンドゥスは絶句した。自分は数多の仕事を成し遂げ、多くの人を幸せにしてきたが、自分の心を温めるという発想が無かったのだ。
「えっ、えっ、それでは平凡に結婚して、子供を儲けてる人たちの方が正解……なんですか?」
「人生にこれっていう正解の道はないわ。でも、仕事中毒は失敗よね」
ヴィーナは肩をすくめた。
「そ、そんな……」
アマンドゥスはうなだれる。自分はみんなが喜んでくれるから一生懸命働いた。仕事を優先して心の扉を閉ざし、恋や結婚は考えないようにしていた。それを正解だと信じて疑ったことなどなかったのだが、死後にそれをダメ出しされてしまう。
ふぅぅ……。
「何が大賢者だ、大莫迦者だったのだな、自分は……」
アマンドゥスはうつむいてため息をつき、自然と湧いてくる涙を手の甲で拭った。
「やり直して……みる?」
ヴィーナは弱弱しいアマンドゥスの背中をポンポンと叩き、優しく聞く。
アマンドゥスは目をつぶり、考え込む。自分の心を大切にする生き方、そんなこと自分にできるのだろうか? 相思相愛の相手を見つけ、愛のある家庭を築く。そんなこと不器用な自分には不可能の様にすら思える。
「怖い……」
アマンドゥスはついボソッと本音が漏れ、うなだれる。そこには威厳ある大賢者の面影はなかった。
「ふふっ、本来人生とは怖い物よ。どうする? それでも転生してみる?」
ヴィーナはニコッと笑う。
そうなのだ、人生は怖いから生きる価値が出るのだ。困難やチャレンジのない人生など生きる価値などない。
アマンドゥスは大きく息をついた。そして、意を決する。次の人生では愛する人を得てスローライフを実現してやると誓った。
「やります! お願いします! スローライフができそうな人生に転生をお願いします」
アマンドゥスは決意のこもった目でヴィーナを見た。
ヴィーナはニコッと笑うと、
「分かったわ。じゃあ、いってらっしゃーい!」
そう言って、うれしそうに手を振った。
若き国王は枕もとでアマンドゥスの手を取り、涙を流す。
すでに齢百三歳を数えるアマンドゥスの身体は、ありとあらゆる延命の魔法を駆使してきたものの限界を迎えつつあった。
「陛下、いよいよ最期の時が……来たようです……」
息を絶え絶えにしながらか細い声で言った。
「アマンドゥス……、余は稀代の大賢者に学べたことを誇りに思っておる」
「こ、光栄です。先に……休ませていただ……き……」
アマンドゥスはガクッとこと切れた。
直後、かけてあった魔法がすべてキャンセルされ、赤、青、緑の鮮やかな光の輪たちが次々と現れてははじけていく。
「アマンドゥス――――!」
美しい光が踊る中、国王は涙をポロポロこぼし、部屋には弟子たちのすすり泣く音が響いた。
塔の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響き、街中に大賢者が身罷ったことが伝えられた。多くの人は周りの人と目を見合わせ、そして塔に向かって黙とうをささげる。
みんなに愛された心優しき不世出の大賢者は、こうして一生を終えた。
◇
アマンドゥスが気がつくと、純白の大理石で作られた美しい神殿にいた。随所に精緻な彫刻が施された豪奢な神殿は、どこまでも透明な美しい水の上にあり、真っ青な水平線がすがすがしい清涼感をもたらしている。
「ここは……?」
不思議な風景にとまどいながら、辺りを見回すアマンドゥス。
「お疲れ様……」
振り向くと、そこには純白のドレスをまとった美しい女性がいた。魅惑的な琥珀色の瞳に透き通るような白い肌、アマンドゥスはその美貌に思わず息を飲む。
「あなたの功績にはとても感謝してるわ。何か願い事があれば聞いてあげるわよ」
女性はニッコリとほほ笑みながら言った。
「あ、あなたは……?」
「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」
ヴィーナはそう言いながら、美しいチェストナットブラウンの髪の毛をフワッとゆらす。
アマンドゥスはその神々しい麗しさに圧倒され、思わず息をのんだ。
「な、何でも聞いてくれるんですか?」
「まぁ……、社会を壊すようなものじゃなければね」
ニコッと笑うヴィーナ。
アマンドゥスは考えこむ。何を頼もう?
自分の人生は大成功だった。才能をいかんなく発揮し、王国を豊かに発展させ、みんなに愛された。もはや非の打ちどころのない人生だった……はずだが、なぜか心が満たされないシコリのような違和感を感じる。
「ヴィーナ様……。私の人生は大成功だったと思うのですが、何かこう……満たされないのです」
「ふふっ、だってあなた仕事中毒なだけだったからねぇ」
ヴィーナはちょっと憐みの目で軽く首を振った。
「仕事中毒……?」
「朝から晩まで仕事仕事、心を温める余裕もない暮らしじゃ心は死んでしまうわ」
アマンドゥスは絶句した。自分は数多の仕事を成し遂げ、多くの人を幸せにしてきたが、自分の心を温めるという発想が無かったのだ。
「えっ、えっ、それでは平凡に結婚して、子供を儲けてる人たちの方が正解……なんですか?」
「人生にこれっていう正解の道はないわ。でも、仕事中毒は失敗よね」
ヴィーナは肩をすくめた。
「そ、そんな……」
アマンドゥスはうなだれる。自分はみんなが喜んでくれるから一生懸命働いた。仕事を優先して心の扉を閉ざし、恋や結婚は考えないようにしていた。それを正解だと信じて疑ったことなどなかったのだが、死後にそれをダメ出しされてしまう。
ふぅぅ……。
「何が大賢者だ、大莫迦者だったのだな、自分は……」
アマンドゥスはうつむいてため息をつき、自然と湧いてくる涙を手の甲で拭った。
「やり直して……みる?」
ヴィーナは弱弱しいアマンドゥスの背中をポンポンと叩き、優しく聞く。
アマンドゥスは目をつぶり、考え込む。自分の心を大切にする生き方、そんなこと自分にできるのだろうか? 相思相愛の相手を見つけ、愛のある家庭を築く。そんなこと不器用な自分には不可能の様にすら思える。
「怖い……」
アマンドゥスはついボソッと本音が漏れ、うなだれる。そこには威厳ある大賢者の面影はなかった。
「ふふっ、本来人生とは怖い物よ。どうする? それでも転生してみる?」
ヴィーナはニコッと笑う。
そうなのだ、人生は怖いから生きる価値が出るのだ。困難やチャレンジのない人生など生きる価値などない。
アマンドゥスは大きく息をついた。そして、意を決する。次の人生では愛する人を得てスローライフを実現してやると誓った。
「やります! お願いします! スローライフができそうな人生に転生をお願いします」
アマンドゥスは決意のこもった目でヴィーナを見た。
ヴィーナはニコッと笑うと、
「分かったわ。じゃあ、いってらっしゃーい!」
そう言って、うれしそうに手を振った。
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