上 下
2 / 71

1-2. 目指せスローライフ!

しおりを挟む
 五年ほど前のこと、王都中心部にひときわ高くそびえたつ賢者の塔の寝室で、大賢者アマンドゥスは最期の時を迎えていた。
 若き国王は枕もとでアマンドゥスの手を取り、涙を流す。
 すでに齢百三歳を数えるアマンドゥスの身体は、ありとあらゆる延命の魔法を駆使してきたものの限界を迎えつつあった。
「陛下、いよいよ最期の時が……来たようです……」
 息を絶え絶えにしながらか細い声で言った。
「アマンドゥス……、余は稀代の大賢者に学べたことを誇りに思っておる」
「こ、光栄です。先に……休ませていただ……き……」
 アマンドゥスはガクッとこと切れた。
 直後、かけてあった魔法がすべてキャンセルされ、赤、青、緑の鮮やかな光の輪たちが次々と現れてははじけていく。
「アマンドゥス――――!」
 美しい光が踊る中、国王は涙をポロポロこぼし、部屋には弟子たちのすすり泣く音が響いた。
 塔の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響き、街中に大賢者が身罷みまかったことが伝えられた。多くの人は周りの人と目を見合わせ、そして塔に向かって黙とうをささげる。
 みんなに愛された心優しき不世出の大賢者は、こうして一生を終えた。

        ◇

 アマンドゥスが気がつくと、純白の大理石で作られた美しい神殿にいた。随所に精緻な彫刻が施された豪奢な神殿は、どこまでも透明な美しい水の上にあり、真っ青な水平線がすがすがしい清涼感をもたらしている。
「ここは……?」
 不思議な風景にとまどいながら、辺りを見回すアマンドゥス。
「お疲れ様……」
 振り向くと、そこには純白のドレスをまとった美しい女性がいた。魅惑的な琥珀色の瞳に透き通るような白い肌、アマンドゥスはその美貌に思わず息を飲む。
「あなたの功績にはとても感謝してるわ。何か願い事があれば聞いてあげるわよ」
 女性はニッコリとほほ笑みながら言った。
「あ、あなたは……?」
「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」
 ヴィーナはそう言いながら、美しいチェストナットブラウンの髪の毛をフワッとゆらす。
 アマンドゥスはその神々しい麗しさに圧倒され、思わず息をのんだ。
「な、何でも聞いてくれるんですか?」
「まぁ……、社会を壊すようなものじゃなければね」
 ニコッと笑うヴィーナ。
 アマンドゥスは考えこむ。何を頼もう?
 自分の人生は大成功だった。才能をいかんなく発揮し、王国を豊かに発展させ、みんなに愛された。もはや非の打ちどころのない人生だった……はずだが、なぜか心が満たされないシコリのような違和感を感じる。

「ヴィーナ様……。私の人生は大成功だったと思うのですが、何かこう……満たされないのです」
「ふふっ、だってあなた仕事中毒ワーカホリックなだけだったからねぇ」
 ヴィーナはちょっと憐みの目で軽く首を振った。
仕事中毒ワーカホリック……?」
「朝から晩まで仕事仕事、心を温める余裕もない暮らしじゃ心は死んでしまうわ」
 アマンドゥスは絶句した。自分は数多あまたの仕事を成し遂げ、多くの人を幸せにしてきたが、自分の心を温めるという発想が無かったのだ。
「えっ、えっ、それでは平凡に結婚して、子供を儲けてる人たちの方が正解……なんですか?」
「人生にこれっていう正解の道はないわ。でも、仕事中毒ワーカホリックは失敗よね」
 ヴィーナは肩をすくめた。
「そ、そんな……」
 アマンドゥスはうなだれる。自分はみんなが喜んでくれるから一生懸命働いた。仕事を優先して心の扉を閉ざし、恋や結婚は考えないようにしていた。それを正解だと信じて疑ったことなどなかったのだが、死後にそれをダメ出しされてしまう。

 ふぅぅ……。
「何が大賢者だ、大莫迦バカ者だったのだな、自分は……」
 アマンドゥスはうつむいてため息をつき、自然と湧いてくる涙を手の甲で拭った。

「やり直して……みる?」
 ヴィーナは弱弱しいアマンドゥスの背中をポンポンと叩き、優しく聞く。

 アマンドゥスは目をつぶり、考え込む。自分の心を大切にする生き方、そんなこと自分にできるのだろうか? 相思相愛の相手を見つけ、愛のある家庭を築く。そんなこと不器用な自分には不可能の様にすら思える。
「怖い……」
 アマンドゥスはついボソッと本音が漏れ、うなだれる。そこには威厳ある大賢者の面影はなかった。

「ふふっ、本来人生とは怖い物よ。どうする? それでも転生してみる?」
 ヴィーナはニコッと笑う。
 そうなのだ、人生は怖いから生きる価値が出るのだ。困難やチャレンジのない人生など生きる価値などない。
 アマンドゥスは大きく息をついた。そして、意を決する。次の人生では愛する人を得てスローライフを実現してやると誓った。
「やります! お願いします! スローライフができそうな人生に転生をお願いします」
 アマンドゥスは決意のこもった目でヴィーナを見た。

 ヴィーナはニコッと笑うと、
「分かったわ。じゃあ、いってらっしゃーい!」
 そう言って、うれしそうに手を振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...