24 / 52
24. ナイーブなおとぎ話
しおりを挟む
激しい耳鳴りの中、瑛士は震える手で耳を押さえながらよろよろと立ち上がる。
あちこち煙が立ち上り、まるで戦場のような残骸散らばる空き地を見渡し、瑛士は首を振りながら呆然と立ち尽くした。
「殺るき満々……だったのか……」
にこやかで誠実に見えたリーダーが、最初から自分をこうやって吹き飛ばすことを考えていたのだ。瑛士はこの裏切りに心が冷たく凍りつくような感覚を覚えた。命がけで助けようとしている人間に裏切られることは、レジスタンスの信念を根底から揺るがし、彼の魂に深い悲しみを刻んだ。
「だ、大丈夫……ですか?」
絵梨が駆け寄ってきて申し訳なさそうに声をかけてくる。
瑛士はゆっくりと振り返り、無表情で絵梨を一瞥した。
「……。あ、ありがとう」
何とか声を絞り出した瑛士は深いため息をつき、ガックリとうなだれた。
◇
一行は換気所からアクアラインの道路の下に作られた管理用通路に忍び込み、一路『風の塔』を目指した――――。
シアンは暗い通路をスマホで照らしながら楽しそうに歩き、瑛士は絵梨の話を聞きながらついていく。
「もう、帰る場所も失ってしまったわ……」
事の経緯を説明した絵梨はがっくりと肩を落とした。リーダーの言うことを聞かずにレジスタンスの肩を持ったことは、もうAI政府も把握しているはずであり、街に戻れば拘束、極刑だろう。
「AI政府なんてこれから粉砕するから恐がんなくていいよ。きゃははは!」
シアンはどこかから拾ってきた棒でカンカンと配管を叩きながら、陽気な調子で笑った。
「本当に……、倒せる……の?」
絵梨は恐々聞いた。あの天にも届きそうな巨大な塔が倒れるなんて、とてもイメージが湧かなかったのだ。
「倒せると信じてれば倒せる。君には無理だね。きゃははは!」
楽しそうに笑うシアンを、絵梨はものすごい目でにらんだ。
健太に変なことを頼まれなければ、今頃一階級特進して美味しい物でも食べているはずだった。しかし、現実は命を狙われ、逃げるようにして寒い真っ暗な海底の通路を歩くしかない。絵梨は心が押しつぶされそうになる。
「大丈夫、シアンは今までミサイルから戦車まで全部吹っ飛ばして来たんだから」
瑛士は打ちひしがれている絵梨の肩をポンポンと叩き、元気づける。
「は? 戦車を……? ミサイルをどこかから調達したってこと?」
絵梨は信じられないという表情でシアンを見つめた。戦車は鋼鉄の塊。専用の特殊兵器でなければ倒すことはできない。しかし、この少女がそんな兵器を調達してうまく使いこなすイメージが湧かなかった。
「ノンノン! 兵器が無いと倒せないって思ってるからそういう発想になるのよ。僕は戦車を吹っ飛ばせると信じてるからね。信じてさえいれば現実化する。これが科学というものさ。きゃははは!」
シアンは上機嫌にカンカンと配管を叩いた。
「信じるだけで吹っ飛ばす……、それのどこが科学なのよ! あなたいったい何者なの?」
絵梨は眉間にしわを寄せながらシアンを指さした。
「あら? 健太くんに聞いたんじゃないの?」
シアンはくるっと振り返るとドヤ顔で絵梨を見つめる。
「『この世界そのもの』って言ってたけど……、何で『世界』があなたなのよ!」
「ふふーん、じゃあキミは『世界』って何だと思ってるの?」
シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、上目遣いに絵梨を見つめた。
「せ、世界が何って……。この私たちが住んでいる場所……じゃないの?」
「場所が世界? じゃあ場所って何?」
「場所が何って、場所は場所よ! こことかあそことか……」
テンパる絵梨を横目に瑛士が口を開いた。
「それは『僕らの住んでいるこの空間って何』って話? 大昔にビッグバンで大爆発して宇宙が生まれたんだよね。なら、ビッグバンで作られたのがこの世界っていう話かな?」
「ビッグバン……、138億年前に大爆発があってこの宇宙の全てが生まれた……。なかなかよくできた設定だよね。きゃははは!」
「せ、設定!? だって天文学者がたくさん観測してそういう結論に至ったんだろ?」
「くふふ、瑛士は138億年生きてるの? 宇宙の果てまで行った?」
シアンは嬉しそうに、瑛士の張りのある若いほっぺたをツンツンとつついた。
「ちょ、ちょっと止めてよ……。直接見聞きしなくても原理を突き詰めて推測する。これが科学なんじゃないの?」
「ふーん、瑛士はそんな推測を信じちゃうんだ。きゃははは!」
「じゃあこの世界はどうやって生まれたんだよ!」
瑛士は大きく手を開き、声を荒げた。
「ある日誰かがこの世界を作った……。そう言ったら信じる? くふふふ……」
シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべながら楽しそうに笑う。
「誰かが創った!? ほ、本気で言ってるの?」
「あら、138億年前に大爆発があって……、いつの間にかできてた地球で生命が生まれて……、進化していつの間にか人になる……。そんなナイーブなおとぎ話を信じてる方がどうかしてると思うけど?」
シアンは肩をすくめ、首をかしげる。
「お、おとぎ話?」
『おとぎ話』という一言に、瑛士は信じてきた科学の全てが否定されたようで、言葉を失い、震える手を握りしめた。
あちこち煙が立ち上り、まるで戦場のような残骸散らばる空き地を見渡し、瑛士は首を振りながら呆然と立ち尽くした。
「殺るき満々……だったのか……」
にこやかで誠実に見えたリーダーが、最初から自分をこうやって吹き飛ばすことを考えていたのだ。瑛士はこの裏切りに心が冷たく凍りつくような感覚を覚えた。命がけで助けようとしている人間に裏切られることは、レジスタンスの信念を根底から揺るがし、彼の魂に深い悲しみを刻んだ。
「だ、大丈夫……ですか?」
絵梨が駆け寄ってきて申し訳なさそうに声をかけてくる。
瑛士はゆっくりと振り返り、無表情で絵梨を一瞥した。
「……。あ、ありがとう」
何とか声を絞り出した瑛士は深いため息をつき、ガックリとうなだれた。
◇
一行は換気所からアクアラインの道路の下に作られた管理用通路に忍び込み、一路『風の塔』を目指した――――。
シアンは暗い通路をスマホで照らしながら楽しそうに歩き、瑛士は絵梨の話を聞きながらついていく。
「もう、帰る場所も失ってしまったわ……」
事の経緯を説明した絵梨はがっくりと肩を落とした。リーダーの言うことを聞かずにレジスタンスの肩を持ったことは、もうAI政府も把握しているはずであり、街に戻れば拘束、極刑だろう。
「AI政府なんてこれから粉砕するから恐がんなくていいよ。きゃははは!」
シアンはどこかから拾ってきた棒でカンカンと配管を叩きながら、陽気な調子で笑った。
「本当に……、倒せる……の?」
絵梨は恐々聞いた。あの天にも届きそうな巨大な塔が倒れるなんて、とてもイメージが湧かなかったのだ。
「倒せると信じてれば倒せる。君には無理だね。きゃははは!」
楽しそうに笑うシアンを、絵梨はものすごい目でにらんだ。
健太に変なことを頼まれなければ、今頃一階級特進して美味しい物でも食べているはずだった。しかし、現実は命を狙われ、逃げるようにして寒い真っ暗な海底の通路を歩くしかない。絵梨は心が押しつぶされそうになる。
「大丈夫、シアンは今までミサイルから戦車まで全部吹っ飛ばして来たんだから」
瑛士は打ちひしがれている絵梨の肩をポンポンと叩き、元気づける。
「は? 戦車を……? ミサイルをどこかから調達したってこと?」
絵梨は信じられないという表情でシアンを見つめた。戦車は鋼鉄の塊。専用の特殊兵器でなければ倒すことはできない。しかし、この少女がそんな兵器を調達してうまく使いこなすイメージが湧かなかった。
「ノンノン! 兵器が無いと倒せないって思ってるからそういう発想になるのよ。僕は戦車を吹っ飛ばせると信じてるからね。信じてさえいれば現実化する。これが科学というものさ。きゃははは!」
シアンは上機嫌にカンカンと配管を叩いた。
「信じるだけで吹っ飛ばす……、それのどこが科学なのよ! あなたいったい何者なの?」
絵梨は眉間にしわを寄せながらシアンを指さした。
「あら? 健太くんに聞いたんじゃないの?」
シアンはくるっと振り返るとドヤ顔で絵梨を見つめる。
「『この世界そのもの』って言ってたけど……、何で『世界』があなたなのよ!」
「ふふーん、じゃあキミは『世界』って何だと思ってるの?」
シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、上目遣いに絵梨を見つめた。
「せ、世界が何って……。この私たちが住んでいる場所……じゃないの?」
「場所が世界? じゃあ場所って何?」
「場所が何って、場所は場所よ! こことかあそことか……」
テンパる絵梨を横目に瑛士が口を開いた。
「それは『僕らの住んでいるこの空間って何』って話? 大昔にビッグバンで大爆発して宇宙が生まれたんだよね。なら、ビッグバンで作られたのがこの世界っていう話かな?」
「ビッグバン……、138億年前に大爆発があってこの宇宙の全てが生まれた……。なかなかよくできた設定だよね。きゃははは!」
「せ、設定!? だって天文学者がたくさん観測してそういう結論に至ったんだろ?」
「くふふ、瑛士は138億年生きてるの? 宇宙の果てまで行った?」
シアンは嬉しそうに、瑛士の張りのある若いほっぺたをツンツンとつついた。
「ちょ、ちょっと止めてよ……。直接見聞きしなくても原理を突き詰めて推測する。これが科学なんじゃないの?」
「ふーん、瑛士はそんな推測を信じちゃうんだ。きゃははは!」
「じゃあこの世界はどうやって生まれたんだよ!」
瑛士は大きく手を開き、声を荒げた。
「ある日誰かがこの世界を作った……。そう言ったら信じる? くふふふ……」
シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべながら楽しそうに笑う。
「誰かが創った!? ほ、本気で言ってるの?」
「あら、138億年前に大爆発があって……、いつの間にかできてた地球で生命が生まれて……、進化していつの間にか人になる……。そんなナイーブなおとぎ話を信じてる方がどうかしてると思うけど?」
シアンは肩をすくめ、首をかしげる。
「お、おとぎ話?」
『おとぎ話』という一言に、瑛士は信じてきた科学の全てが否定されたようで、言葉を失い、震える手を握りしめた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
光と陰がまじわる日(未完成)
高間ノリオ
SF
これはある少年の身に起こる奇々怪界な物語
季節は夏、少年(主人公)の名は優(ゆう)14歳なのだ、ある日手にれた特殊な能力で危機的状況を乗り越えて行く、これから優に何が起きるかは貴方の目で確かめて頂きたい…どうぞ

乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。


ビースト・オンライン 〜追憶の道しるべ。操作ミスで兎になった俺は、仲間の記憶を辿り世界を紐解く〜
八ッ坂千鶴
SF
普通の高校生の少年は高熱と酷い風邪に悩まされていた。くしゃみが止まらず学校にも行けないまま1週間。そんな彼を心配して、母親はとあるゲームを差し出す。
そして、そのゲームはやがて彼を大事件に巻き込んでいく……!
※感想は私のXのDMか小説家になろうの感想欄にお願いします。小説家になろうの感想は非ログインユーザーでも記入可能です。
GIGA・BITE
鵤牙之郷
SF
「鷹海市にはゾンビがいる」 2034年、海沿いののどかな町で囁かれる奇妙な都市伝説。 ごく普通の青年・綾小路 メロは、ある日ゾンビのように変貌した市民の乱闘に遭遇し、重傷を負う。そんな彼を救ったのは1人の科学者。彼はメロに人体改造を施し、【超獣】として蘇生させる。改造人間となったメロを待っていたのは、1つの町を巻き込む邪悪な陰謀だった…。
※2024年4月より他サイトにて連載、既に完結した作品を加筆・修正したものです。

モノクローム
創也慎介
SF
23XX年、荒廃した大地にテクノロジーが根付く近未来。
大陸奥地の荒野にて、突如発見された虚ろな街。
幻影が如く現れては消える街の跡地にて見つかった、記憶なき「白い人間」。
色無き街をさまよう中で、人々が見つけた探し物とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる