22 / 52
22. この世界そのもの
しおりを挟む
しばらく他愛のない事を話していた絵梨と健太だったが、人心地つくと健太はシアンの方をチラッと向いて言った。
「さっきあの方がおっしゃっていた通り。僕は後悔なんてしてないんだ。納得して戦い、不運にも命を落とした。それだけ」
「で、でも……」
「もちろん無念だし、絵梨を遺して去らねばならなかったことは申し訳ない……。けどレジスタンスのことは恨んでなんていない。むしろ誇らしく思っているんだ」
健太は絵梨をまっすぐな瞳で見つめ、手を握った。しかし、絵梨はその眼差しを受け止めることができず、涙を浮かべながらうつむいてしまう。
「絵梨もいつか俺の言うことが分かるようになる。だから、あのお方の邪魔だけはしないでくれよな」
「あの女ムカつくんだけど、何なの……、むぐっ」
シアンをにらむ絵梨の口を健太は慌ててふさいだ。
「おい、止めてくれ。この世界を消し飛ばすつもりか」
健太は苦しそうに胸を押さえてうつむき、首を振る。
「あのお方は言うならば『この世界そのもの』。絵梨は知らなくていい。ただ、邪魔だけはホント止めて……」
絵梨はあまりにも意味不明な説明に首を傾げ、しばらく健太の目を見つめていたが、ふぅとため息をつくとうなずいた。
「分かったわ。健太の頼みなら仕方ないわね」
絵梨は不満そうにシアンをにらみ、シアンはドヤ顔でニヤリと笑う。
これで二人の喧嘩に気を揉むこともないだろう。瑛士はホッと胸をなでおろす。しかし、健太の言った『この世界そのもの』という言葉が引っ掛かっていた。確かに『科学』と主張する不可思議な力を使いまくる、この可愛い少女は明らかにただものではない。そして死者は彼女のことを良く知っているらしい。一体これはどういうことだろうか?
この世とあの世の境をぼやけさせるこの美しい少女の存在に、瑛士は困惑し心を乱された。
◇
健太は去り、副長は助手席に戻って流れる風景を静かに眺めている。
「よーし、瑛士! キミのツボを探してやろう。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせて指をにぎにぎさせる。ブルーシートの中で暇を持て余したシアンは、瑛士にちょっかいを仕掛けてくるのだ。
「な、何言ってんだよ! 僕は『科学を教えて』って言っただけじゃないか!」
瑛士は何とか抑えようと頑張るが、このおてんば娘の無尽蔵な元気にもうそろそろ限界を感じている。
「科学はツボの先にあるんだよ。それっそれっ!」
シアンは指をシュッシュッと瑛士の脇腹に滑り込ませてくる。
「うひゃっ! や、止めてよ!」
必死に防戦する瑛士。
「うい奴じゃ、ええじゃないか。くふふふ……」
「なんだよそのエロオヤジみたいなセリフは!」
「そりゃー!」
シアンは飛びかかり、瑛士は倒れてゴンと頭を打った。
「痛てぇ! もーっ!」
瑛士は怒って思いっきりシアンの腕を押してつき飛ばそうとしたが、するっと手が滑って……。
「きゃぁ! どこ触ってんのよぉ! エッチー!」
シアンはパシパシと瑛士の頭を叩くが、瑛士はその温かくしっとりとした張りのある弾力の感覚が頭をグルグルとめぐり、真っ赤になって言葉を失ってしまう。
「はい、着いたよ」
リーダーは後部座席のバカ騒ぎにうんざりしながら声をかける。
「およ?」「つ、着いた!?」
二人は急いでブルーシートから顔を出し、そっと窓の外を眺めた。リーダーの指さす先には、空き地の向こうに白い鉄パイプの構造物が見える。それはまるで小さなピラミッドみたいな不思議な形をしていた。
「あ、あれは……?」
「あれが『浮島換気所』。アクアラインの入り口の上にある換気施設さ。あそこからアクアラインに通じる通路があると思うよ」
「あ、ありがとうございます! じゃ、行こう!」
瑛士は弾んだ声でシアンの肩をポンポンと叩く。
「ほいほい。いっちょ頑張りますか!」
二人はドアを開けて元気に車から飛び出した。
換気所の向こう、海の先に風の塔、その隣には高さ三キロを誇る純白の巨塔が、宇宙への門のようにそびえ立ち、異次元の存在感を放っていた。雪の結晶を模したひさしが連なる様子は枝のようにも見え、北欧神話に謳われた世界樹をほうふつとさせる。
おぉぉぉぉ……。
瑛士もこんなに近くからクォンタムタワーを見たのは初めてだった。三キロという空前絶後の高さは異常で、その先端はぽっかりと浮かんだ雲の中に突き刺さってしまっている。
「なんだよこれ……」
瑛士は倒すべき塔の圧倒的な存在感に思わずブルっと身体が震えた。
「いいね、いいね! さぁ、倒すぞぉ。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ頑張って! グッドラック!」
リーダーは窓から手を出してグッとサムアップした。
「ありがとうございましたー!」「行ってくるよー!」
二人は大きく手を振りながら換気所へと歩き出す。
邪悪なAIから世界を取り戻す。人類の悲願を抱え、瑛士は遠く海の上にそびえる巨塔に向かって、グッとこぶしを突き出した。
「さっきあの方がおっしゃっていた通り。僕は後悔なんてしてないんだ。納得して戦い、不運にも命を落とした。それだけ」
「で、でも……」
「もちろん無念だし、絵梨を遺して去らねばならなかったことは申し訳ない……。けどレジスタンスのことは恨んでなんていない。むしろ誇らしく思っているんだ」
健太は絵梨をまっすぐな瞳で見つめ、手を握った。しかし、絵梨はその眼差しを受け止めることができず、涙を浮かべながらうつむいてしまう。
「絵梨もいつか俺の言うことが分かるようになる。だから、あのお方の邪魔だけはしないでくれよな」
「あの女ムカつくんだけど、何なの……、むぐっ」
シアンをにらむ絵梨の口を健太は慌ててふさいだ。
「おい、止めてくれ。この世界を消し飛ばすつもりか」
健太は苦しそうに胸を押さえてうつむき、首を振る。
「あのお方は言うならば『この世界そのもの』。絵梨は知らなくていい。ただ、邪魔だけはホント止めて……」
絵梨はあまりにも意味不明な説明に首を傾げ、しばらく健太の目を見つめていたが、ふぅとため息をつくとうなずいた。
「分かったわ。健太の頼みなら仕方ないわね」
絵梨は不満そうにシアンをにらみ、シアンはドヤ顔でニヤリと笑う。
これで二人の喧嘩に気を揉むこともないだろう。瑛士はホッと胸をなでおろす。しかし、健太の言った『この世界そのもの』という言葉が引っ掛かっていた。確かに『科学』と主張する不可思議な力を使いまくる、この可愛い少女は明らかにただものではない。そして死者は彼女のことを良く知っているらしい。一体これはどういうことだろうか?
この世とあの世の境をぼやけさせるこの美しい少女の存在に、瑛士は困惑し心を乱された。
◇
健太は去り、副長は助手席に戻って流れる風景を静かに眺めている。
「よーし、瑛士! キミのツボを探してやろう。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせて指をにぎにぎさせる。ブルーシートの中で暇を持て余したシアンは、瑛士にちょっかいを仕掛けてくるのだ。
「な、何言ってんだよ! 僕は『科学を教えて』って言っただけじゃないか!」
瑛士は何とか抑えようと頑張るが、このおてんば娘の無尽蔵な元気にもうそろそろ限界を感じている。
「科学はツボの先にあるんだよ。それっそれっ!」
シアンは指をシュッシュッと瑛士の脇腹に滑り込ませてくる。
「うひゃっ! や、止めてよ!」
必死に防戦する瑛士。
「うい奴じゃ、ええじゃないか。くふふふ……」
「なんだよそのエロオヤジみたいなセリフは!」
「そりゃー!」
シアンは飛びかかり、瑛士は倒れてゴンと頭を打った。
「痛てぇ! もーっ!」
瑛士は怒って思いっきりシアンの腕を押してつき飛ばそうとしたが、するっと手が滑って……。
「きゃぁ! どこ触ってんのよぉ! エッチー!」
シアンはパシパシと瑛士の頭を叩くが、瑛士はその温かくしっとりとした張りのある弾力の感覚が頭をグルグルとめぐり、真っ赤になって言葉を失ってしまう。
「はい、着いたよ」
リーダーは後部座席のバカ騒ぎにうんざりしながら声をかける。
「およ?」「つ、着いた!?」
二人は急いでブルーシートから顔を出し、そっと窓の外を眺めた。リーダーの指さす先には、空き地の向こうに白い鉄パイプの構造物が見える。それはまるで小さなピラミッドみたいな不思議な形をしていた。
「あ、あれは……?」
「あれが『浮島換気所』。アクアラインの入り口の上にある換気施設さ。あそこからアクアラインに通じる通路があると思うよ」
「あ、ありがとうございます! じゃ、行こう!」
瑛士は弾んだ声でシアンの肩をポンポンと叩く。
「ほいほい。いっちょ頑張りますか!」
二人はドアを開けて元気に車から飛び出した。
換気所の向こう、海の先に風の塔、その隣には高さ三キロを誇る純白の巨塔が、宇宙への門のようにそびえ立ち、異次元の存在感を放っていた。雪の結晶を模したひさしが連なる様子は枝のようにも見え、北欧神話に謳われた世界樹をほうふつとさせる。
おぉぉぉぉ……。
瑛士もこんなに近くからクォンタムタワーを見たのは初めてだった。三キロという空前絶後の高さは異常で、その先端はぽっかりと浮かんだ雲の中に突き刺さってしまっている。
「なんだよこれ……」
瑛士は倒すべき塔の圧倒的な存在感に思わずブルっと身体が震えた。
「いいね、いいね! さぁ、倒すぞぉ。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ頑張って! グッドラック!」
リーダーは窓から手を出してグッとサムアップした。
「ありがとうございましたー!」「行ってくるよー!」
二人は大きく手を振りながら換気所へと歩き出す。
邪悪なAIから世界を取り戻す。人類の悲願を抱え、瑛士は遠く海の上にそびえる巨塔に向かって、グッとこぶしを突き出した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

忘れられない僕と
つきとあん
SF
運が良いということだけが取り柄の牧隆太はこれまで平凡ながらも幸せな人生を送ってきた。妻と子供が二人いて、営業として働く普通な日々。しかし、東京へ出張へ行った先で事故に巻き込まれる。運よく一命をとりとめたが、その日から牧の心身に異変が生じ、家族もなぜかおかしな方向に進んでいく…。
Reboot ~AIに管理を任せたVRMMOが反旗を翻したので運営と力を合わせて攻略します~
霧氷こあ
SF
フルダイブMMORPGのクローズドβテストに参加した三人が、システム統括のAI『アイリス』によって閉じ込められた。
それを助けるためログインしたクロノスだったが、アイリスの妨害によりレベル1に……!?
見兼ねたシステム設計者で運営である『イヴ』がハイエルフの姿を借りて仮想空間に入り込む。だがそこはすでに、AIが統治する恐ろしくも残酷な世界だった。
「ここは現実であって、現実ではないの」
自我を持ち始めた混沌とした世界、乖離していく紅の世界。相反する二つを結ぶ少年と少女を描いたSFファンタジー。
鋼月の軌跡
チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル!
未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
月夜の理科部
嶌田あき
青春
優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。
そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。
理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。
競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。
5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。
皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
Neo Tokyo Site 01:第一部「Road to Perdition/非法正義」
蓮實長治
SF
平行世界の「東京」ではない「東京」の千代田区・秋葉原。
父親の形見である強化服「水城(みずき)」を自分の手で再生させる事を夢見る少年・石川勇気と、ある恐るべき「力」を受け継いでしまった少女・玉置レナは、人身売買組織に誘拐された勇気の弟と妹と取り戻そうとするが……。
失なわれた「正義」と「仁愛」を求める「勇気」が歩む冥府魔道の正体は……苦難の果てにささやかな誇りを得る「英雄への旅路」か、それとも栄光と破滅が表裏一体の「堕落への旅路」か?
同じ作者の「世界を護る者達/御当地ヒーロー始めました」「青き戦士と赤き稲妻」と同じ世界観の話です。
「なろう」「カクヨム」「pixiv」にも同じものを投稿しています。
こちらに本作を漫画台本に書き直したものを応募しています。
https://note.com/info/n/n2e4aab325cb5
https://note.com/gazi_kun/n/n17ae6dbd5568
万が一、受賞した挙句にマルチメディア展開になんて事になったら、主題歌は浜田省吾の「MONEY」で……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる