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9. 馬鹿だから人間

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「もういいよ。ぶっ殺しちゃおうよ。ふぁーあ……」

 シアンはつまらなそうに、あくびをしながら言った。

「いや……、ダメだ……。人を一人でも殺したらそれはAIと大差なくなっちゃう……」

 瑛士は頭を抱えて考え込む。この瞬間にもバリケードは壊され続けているのだ。何とか活路を見出さなくてはならない。ならないが……いいアイディアが浮かばない。

 そもそも『働きたくない』からAIの味方をして、人類の希望を摘み取ろうとする半グレたちの発想そのものに、瑛士は気力が削がれてしまっていた。それは瑛士の努力を根底から揺るがす発想である。一体なぜそんなことを……。

 うぅぅぅ……。

 シアンはそんな瑛士を見てふぅと大きく息をつくと、瑛士の手を取って目をじっと見つめる。

「逃げるよ? 僕に着いてきて」

 シアンは瑛士の手を引っ張って階段を上り始めた。

「え? この上には何もないって……」
 
 瑛士は逃げ場のない上階に行こうとするシアンに眉をひそめながらも、力なく引っ張られて行った。


        ◇


 屋上に出た二人。下の方からはバリケードが突破されたような歓声が響いてくる。もう猶予はない。

「お、おい、どうするんだよぉ」

 瑛士は青い顔をして頭を抱えた。

「こうするんだよ!」

 シアンは朝の清々しい青空に向かってスマホカメラを向ける。

 パシャー!

 シャッター音が響き渡ると、まるで熱気球のような数十メートルはあろうかという青白い光を纏うこぶしが浮き上がった。その姿は、神話に登場する天を支える巨人のこぶしのような風格を感じさせる。

 スマホはそのままこぶしにくっついたまま上空へと舞い上がり、シアンもふわっと浮き上がる。

 えっ!?

 驚く瑛士にシアンは手招きをしながら、

「早く僕につかまって! 大空へ散歩だゾ! きゃははは!」

 と、楽しそうに笑った。

 『僕につかまって』と言われても、ワンピースをまとった少女のどこにつかまれというのだろうか?

 しかし、そうこうしている間にもどんどんシアンは浮かび上がって行ってしまう。

「し、失礼!」

 瑛士は真っ赤になりながらシアンの腰のところに飛びつくと、シアンはグンと上昇速度を上げた。

 二人はそのまま朝のさわやかな大空へと舞い上がっていく。

「うわぁぁぁ」

 下を見るとどんどんと街が小さくなっていく。今、自分を支えているのはシアンの腰のくびれだけなのだ。手を滑らせたら一巻の終わり……。

 いい匂いのする、柔らかく弾力のあるシアンの身体だったが、今の瑛士には感じる余裕もなく、あまりの恐怖に目をギュッとつぶってガタガタと震えた。

「しょうがないなぁ」

 シアンはそう言うと、手をのばして瑛士のズボンのベルトをガシッとつかみ、もの凄い力で引き上げた。

「おぉぉぉ……」

 引き上げてもらった瑛士は慌ててシアンの首に手を回して、おぶさる形で何とか落ち着いた。抱っこしてもらうようになるのはさすがに気が引けたのだ。

「これでもう大丈夫。ほら下を見てごらん」

 シアンは下を見てニヤッと笑った。

 下では、屋上に突入したものの逃げられてしまった間抜けな男たちが、警棒を振り回して怒っている。

「ズルいぞー! 降りてこい、てめぇ!」

 リーダーはブチ切れているが、ザマァ見ろとしか言いようがない。

「おつかれさーん!」

 瑛士は皮肉たっぷりに声をかけた。

「チクショー! 酒を返せゴラァ!」

 リーダーは地団太を踏み、喚くが、瑛士はその間抜けっぷりに思わず笑ってしまう。

「人間って本当にバカよね」

 シアンはウンザリしたように首を振る。

 AIに飼いならされ、操られ、うまくいかないと喚き散らす。確かにその醜さは筆舌に尽くしがたい。彼らの姿はまさに肉屋を応援する豚、愚の骨頂である。

 だが、瑛士は単にその馬鹿さ加減を嗤う気にはならなかった。

 瑛士はふぅとため息をつくとボソッとつぶやく。

「そうだね。でも、馬鹿だから人間なんだってパパは良く言ってたよ……」

「馬鹿だから人間?」

 シアンは何を言っているのか分からずに首を傾げた。

「理屈だけ、合理的活動だけならもうAIでいいじゃないかってことだよ」

 合理性だけなら人間はAIに勝てないのだ。感情を持たず、常に最適な行動で成果をもぎ取っていくAIに対して、人間は喜怒哀楽の中で不合理な選択を繰り返す。それは確かに愚かな行為と言えるだろう。でも、合理性を追求した人生に何の意味があるのか? と言えば、そんな人生は無味乾燥でつまらない。つまり、バカで不合理な行動の中にこそ人間の価値、存在意義は生まれるのだ。

「へぇ……、パパさんは深いことを言うねぇ」

 シアンは神妙な顔でゆっくりとうなずく。

「そう、パパは凄かったんだ……」

 瑛士は遠くに小さく見える富士山を眺めながら、キュッと口を結び、深いため息をついた。
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