キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた！？

エピローグ

　ふぅ、ついに書き終えた……
　俺はカフェの隅っこでゆっくりと伸びをする。
　思えば着想から２年、毎日書いては没、書いては没を繰り返しながらようやく最後まで書きあげる事ができた。
　心の奥底から湧き上がる、充実感の心地よさに、思わず頬が緩む。

　俺はブラウザで小説投稿サイトを開き、最後の原稿をセットした。
　感無量になりながら送信ボタンを押そう……としたその時、声をかけられた。

「ｄｅｅｐ　ｃｈｉｌｄさん、こんにちは」

　予想もしない突然の事に、驚いて顔を上げると、美しい女性が立っていた。
　琥珀色の瞳にギリシャ鼻の、芸能人レベルの美人だ。

「あなたは……？　なぜ私の事を知ってるんですか？」

　そう、俺はこの小説を書いていることを、誰にも話していない。こんなカフェの片隅でＰＣ開いている、冴えないオッサンが、こんなぶっ飛んだ物語を書いているなんて、誰も想像もできないはずだった。
　しかし、この美しい女性はペンネームで俺の事を呼ぶ、全て知っているようだ。

「ふふっ、こんな事ができるのはどういう人かって、あなたは知ってるはずよ」
　そう言ってニヤッと笑う。

「管理者アドミニストレーター……だな」
「そうね、私はこの地球の管理者アドミニストレーター……『美奈』とでも呼んでね」

この『美奈ちゃん』は、姿かたちも小説の美奈ちゃんに合わせて、出て来たって事か、さすが管理者アドミニストレーター、芸が細かい。

「で、その管理者アドミニストレーター様が、いちアバターに過ぎない俺に、何か御用？」
「ははっ、そんなに警戒しないで……、いい話よ」
「いい話？」
「ただ、その前に……あなたのその小説……公開を止めて欲しいの」
「邪魔なのか？」
「そうね……少なくともまだ地球人には早すぎるの……」
　早すぎる……ね。確かにそれはあるかもな。

「『いい話』というからにはその代わりに何かあるんだろ？」
「そう……初めて地球のカラクリを見破ったご褒美に……そうね、欲しい物を何でも一つだけあげるわ」
「シアンみたいな事言うんだな」
「欲しくないの？　金塊１ｔとか」

　金に困らない暮らし、確かにそれは一つの理想ではある……あるが、金なんかいくらあったってすぐに飽きてしまう。それよりも飽きない人生が欲しい。

「物欲はあんまり無いんだ、そういうんじゃなくて、俺を一つ上の階層に連れて行って欲しい」
「管理者アドミニストレーター権限が欲しいって事？　贅沢言うわね」
　『美奈ちゃん』は呆れ果てた感じで肩をすくめる。

「もちろん、タダでとは言わないよ、美奈ちゃんがまだ気づいてない、地球を楽しくする方法、教えてあげる」

「ふぅん……言うわね……」

　『美奈ちゃん』は首をひねって、しばらく考えていたが……

　俺にぐっと近づいてきて、耳元でそっと言った。

「その方法をまずは教えて……後で『ブラフだ』って言われたら、殺しちゃいそうだから」
　そう言ってニッコリと笑う。

　俺はふわっとブルガリアンローズの香りに包まれた。ここまで似せているのか、管理者アドミニストレーター恐るべし。

「地球を楽しくするには地球人の情熱の総量を上げる必要がある。つまり、やる気に満ち溢れた人を数多く増やしてやればいい」
「そんな事、私にだってわかってるわよ！」
『美奈ちゃん』は不機嫌そうに言う。

「でも、簡単じゃないよね？」
「そう、苦労してるのよ」
『美奈ちゃん』は首をひねって渋い顔をする。

「人間がやる気になるのは、競争状態にある時が最適。全人類を競争状態に落とせばいいんだよ」
「はぁ？　何言ってるの？　そんな競争状態を、どうやってコントロールするのよ？」

「そこで俺の出番。どう？　連れてってくれないかな？」
「ふぅん、地球人風情が大きく出たわね。……、いいわ、連れてってあげる。でもうまく行かなかったらすぐに殺すからね？」
　そういって『美奈ちゃん』は小悪魔の様な笑顔で俺を見た。

「大丈夫、大丈夫。では、行こう」
　俺はＰＣをバッグにしまうと、立ち上がって腕を組んだ。

「では、お忘れ物、落とし物の無いようにご注意くださ～い！」
　『美奈ちゃん』はおどけてそう言うと、右手を高く掲げ、俺は意識を失った。

　とんでもない大冒険が、こうやって始まってしまった。
　この時はまだ、まさかあんな事態になるなんて、夢にも思っていなかったのだ。



　　　　　　　　　　◇


　ご愛読ありがとうございました。
　またどこかでお会いしましょう(´▽｀*)