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74.柔らかい唇

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 美奈ちゃんはみんなを見回して言った。

「はい! そしたら式場へ行くよ!」

 いよいよ挙式という事だが、俺は江の島へ行った時のままのアウトドアスタイルだ。

「あれ? 俺の支度は?」
 俺が聞くと、
「あ、忘れてたわ……」
 ナチュラルに忘れていたらしい。新郎ぞんざいに扱われ過ぎだろ……。

 美奈ちゃんはキョロキョロと周りを見回し、手を挙げて言った
「バトラー! よろしく!」

 すると執事服を着た初老の紳士がスルスルと近づいてきて、

「かしこまりました」
 と、うやうやしく言った。

 そして、目を瞑ると何かを唱えた。

 ボン!

 軽い爆発音とともに地球から来たメンバーの服がそれぞれ変更された。

 俺は白いタキシード、みんなは黒のスーツに白いネクタイ、サラはシックな青いドレスでシアンは子供ドレス。
 そつのない選択だ。さすが執事!

「じゃぁ行くわよ~!」
 美奈ちゃんはみんなに声をかける。

「あれ? これで終わり?」
「なによ? なんか不満なの?」
「髪型とかメイクとかあるんじゃないのかなって……」
「新郎は何でもいいの!」
 そう言って先頭切って歩き出した。

 なんだよー。
 
 見回すと小高い丘の上に小さな白いチャペルが見える。
 俺は由香ちゃんの手を引いてチャペルを目指す。
 
 真っ青な青空にいくつか浮かぶ白い雲、時折爽やかな風が黄金の花畑を渡っていく。
 風に乗ってベルガモットやマンダリン系の甘い香りが俺達を包む。
 遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 
 あー、これが人生最高の時間なんだな。
 俺は由香ちゃんを見てにっこり笑い、由香ちゃんは幸せそうに照れる。

「生まれてきてよかった!」

 自然と言葉が口に出てくる。

「私も!」
 
 俺たちは見つめ合って笑う。
 
「あのチャペルは金星人ヴィーナシアンが昔、使っていたもの、100万年前の遺跡よ!」
 美奈ちゃんは俺達を先導しながら説明してくれる。
 
「100万年前!? なんだかとんでもない遺跡だね!」
「ここで結婚式を挙げたカップルは皆最後まで添い遂げてるのよ。もし、別れる事になんてなったら100万年の歴史に泥を塗る重大事件になるから覚悟しなさいよ!」

「え? 重大事件?」
「そうよ、海王星ネプチューン衛星トリトン落としてやるんだから!」

 クリスが青い顔して言う
「陛下、それだけはご勘弁を!」
 海王星ネプチューンが崩壊したら当然1万個全ての地球も全滅だ。シャレになってない。
 
「大丈夫だよな、由香ちゃん!」
 ちょっと冷や汗流しながら由香ちゃんを見る。

「当たり前じゃない!」
 ちょっと膨れている。

「ふふ、誠さんと先輩なら大丈夫か」
 美奈ちゃんはそう言って笑う。
 
 チャペルの中に入ると、中から外は透明に見えるようになっていた。
 外からは真っ白な壁が中からはガラスの様に透明なのだ。
 金色の花畑の中に浮かんでるかのような式場、二人の門出には最高の演出だ。

 金星では100万年前からこんな素敵な遺跡が建っていたのか。
 

       ◇


 さて、いよいよ挙式である。
 
 壇上で俺が待っていると、可愛いドレス姿のシアンが、バスケットに入れた花びらを振り撒きながらバージンロードを歩いてくる。

「お花ですよ~、お花で~す!」

 あー、シアンは女の子だったよなぁと今さらながら感慨深く思う。
 
 その後ろをクリスと共に由香ちゃんが付いてくる。
 
 由香ちゃんはちょっと緊張した面持ちでゆっくりと一歩一歩
 
 儀仗隊の皆さん、会社の仲間、そしてサラと黄金のドレスの美奈ちゃんに温かく見守られながら一歩一歩……
 
 そして最前列まで来て俺と目が合った。

 俺は微笑んでゆっくりとうなずいた。
 由香ちゃんはちょっと照れながら壇上に登る。
 
 壇上に俺と由香ちゃんが並んで立ち、クリスが間に立って開式を宣言した。
 
「誠さん。あなたは由香さんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 俺は由香ちゃんをじっと見つめ、

「誓います!」
 
「由香さん。あなたは誠さんと結婚し、夫としようとしています。あなたは、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 由香ちゃんも俺をじっと見つめ、

「誓います……」
 
 そこにシアンが恭しく、指輪を載せたトレーを持ってやってくる。

 シアン大活躍だな。
 指輪までいつの間に用意したんだ?
 きっと執事だな、執事凄いな。
 
 俺達はお互いの薬指に指輪をはめあった。
 
 その後、俺は両手でゆっくりと由香ちゃんのヴェールを上げた。
 由香ちゃんは可愛いクリっとしたブラウンの瞳で真っすぐ俺を見つめている。
 愛おしさが俺の心一杯に満ち溢れた。

 そしてゆっくりと由香ちゃんに近づいていくと、由香ちゃんは目を閉じた。
 唇をそっと重ね、その温かく柔らかい唇の感覚に幸せを感じた。
 
「congratulations!!!(おめでとう)」「congrats!!!(おめでとう)」「congratulations!!!(おめでとう)」「らぶらぶ~ きゃははは!」「誠さーん、おめでとう!」
 
 みんなから声が上がる。
 そしてクリスが結婚の成立を宣言した――――

 ジャーン♪ ジャージャ♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪

 後方で儀仗隊の皆さんが、ブラスバンドでお祝いの曲を奏でてくれている。

 これで俺達は夫婦なのだ。
 神様と、神様の神様に祝福された贅沢な結婚式で俺達は正式に夫婦となった。
 ついさっき告白したばかりなのに、とは思うが後悔などない。
 
 生演奏とみんなの拍手の中、俺は由香ちゃんと見つめあい、これから始まる二人の人生に思いをはせた。

「地球に帰ったら親戚たちともう一度挙げないとね」
「ふふ、二回もできるなんて得した気分、でもこんな素敵な場所での挙式は地球じゃ無理だわ。ここは最高!」
 由香ちゃんは感動で涙目である。

 俺たちは見つめ合い、もう一度キスをした。
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