キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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69.気まぐれな女神

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 いきなりクリスが立ち上がって、テーブルで珈琲を飲んでいる美奈ちゃんの所へ行った。
 
「おや、クリス、どうしたの?」
 美奈ちゃんは涼しい顔をして聞く。

 俺達もシアンも一体何が起こったのかと、じっとクリスの言葉を待った。

 クリスは美奈ちゃんにひざまずいて言った。
「美奈様、私にはもう打つ手がありません。なにとぞお慈悲を!」

 え? 美奈ちゃんに何を頼んでいるんだ?
 
 そう思った次の瞬間、美奈ちゃんがクリスを思い切って蹴飛ばし、吹き飛ばした。
 とても女の子の脚力とは思えない、車にはねられた時の様なドスッという音がしてクリスは飛んだ。
 クリスは空中を何回転かし、オフィスの壁にたたきつけられてバウンドしてもんどりうった。
 
 クリスは口から血を流している。
 それを仁王立ちで見下ろす美奈ちゃん。
 
 俺達は一体何が起こったのか全く理解できなかった。
 シアンもキョトンとしている。

 オフィスを静寂が支配した。
 
 美奈ちゃんは右手を高く掲げると次の瞬間、激しい光に包まれた。

「うわっ!」

 俺は目が眩み、腕で顔を覆った。
 キーン! という高い高周波がオフィス中に響き渡り、空気が震えた。
 
 なんだよ美奈ちゃん、何してんだよ!
 なぜ美奈ちゃんがこんな事になってるのか皆目見当がつかない。
 
 光と高周波が収まるのを待って、恐る恐る美奈ちゃんを見ると……。
 
 そこにはまばゆい金色のドレスの女性が浮かんでいた。
 圧倒的なオーラを纏った神々しい女性、それがゆったりと空中を浮揚していた。
 
 一体どういう事なのか……
 俺は何が起こったのか全く理解できなかったが、その神々しいまでの威容に思わず後ずさりしていた。
 
 堂々と胸を張るその立ち姿……。

 金色に輝くドレスには純白の布ベルトが付き、腰回りから二の腕に巻き付いて背中の方で空中をゆったりと舞っている。
 そして、彼女の周りには虹色に輝く光の粒子の群れがふわふわと踊り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 
「お、おぉ……」「おぉ……」
 
 その女性は、強烈な圧倒的存在感を放ち、皆、動けなくなった。

 オフィスにはアイリスの様な馥郁とした香りが漂い、まるで別世界のように感じられた。
 
 しかし……顔は確かに美奈ちゃん……である。

 肌の色は白くなり、目もやや釣り目になり、濃厚なアイシャドウが施され、ぱっと見美奈ちゃんとは分からないぐらいな変貌具合だったが、美奈ちゃんに間違いなかった。
 
 美奈ちゃんは、腹の底から出るような太い低い声で言った。

「いけ図々しいにも程がある。ここはおぬしの地球、管理できぬなら死ね!」

 そう言って持っていた扇子を振り回した。
 クリスは不思議な動きをして浮かび上がったかと思うと、再度床にたたきつけられた。
 
 それでもクリスはよろよろと顔を上げると

「もはや私では対処できません。美奈さま、お慈悲をお願い致します!」

 と、再度美奈ちゃんに頼んだ。

 美奈ちゃんは首をかしげながら何か考えると、

「ふぅん、まぁいいわ。実に面白い物、たくさん見せてもらったからね」
 
 シアンは
「なんだお前は? 残念だが月はもう止まらないよ!」と、余裕の表情で言う。
 
 美奈ちゃんは
「ふふ、お前はまだ生まれたばかりだからね。でも、なかなか筋がいいよ。月を落とすなんてなかなかドキドキするじゃないか」と、言って笑う。
 
 シアンはイライラしながら言う。
「なんだか偉そうだね、もういいや、今すぐ月を落としてやる!」
 
 そう言ってラッパを吹き鳴らした。

 パーパラッパパパパ――――!
 
 窓の外を見ると月は急速に大きくなりはじめ、グングンと目の前に迫ってくる。
 大気が吸い上げられる際の嵐で電線はブチブチとちぎれ、オフィスはグラグラと揺れ、もはや照明も消えた。
 そして月は太陽を覆い隠し、東京は漆黒の闇に沈む。

「うわぁ!」「キャ――――!!」

 田町の街はあちこちから上がる断末魔の悲鳴であふれた。
 
 徐々に月の引力が強くなり、体も浮き上がり始めた。
 風に巻き上げられた物が、どんどん月の方に吸い寄せられて空へと飛んでいく。
 いよいよこの世の終わりがやってきてしまった。
 
 シアンは美奈ちゃんが放つ淡い光の中で、ゲラゲラと笑っている。
 
 あぁすべてが終わってしまう――――

 絶望がオフィスを覆った時、美奈ちゃんは、

「お前は何もわかってないね」
 そう言って扇子を高く掲げると、くるりと回した。
 
 その瞬間、あれほど荒れていた窓の外の景色がピタッと止まった。
 オフィスの揺れも止まり、重力もまた普通に戻ってきた。
 
 シアンは何が起こったのか分からないようで、窓の外を見て焦っている。
「あれ? あれ?」
 
 クリスが美奈ちゃんに言う。
「ありがとうございます。もう少しだけお慈悲を……」
 
 美奈ちゃんは
「クリスかシアンか……どっちがより楽しいかなのよね」
 そう言って二人を見比べた。
 
 クリスは
「私は調和のある地球を目指します。おいしい料理、おいしいワイン。この地球は私の自慢の文化にあふれております」

 美奈ちゃんはちょっと斜め上を見ながら応える。
「ふぅん、ま、確かにクリスのワインはわれも好きかな。ただ、シアンにも予測不能なハチャメチャな楽しさはあるのよね」

 クリスは熱を込めて語った。
「地球を壊すようなハチャメチャさは何度も繰り返しは出来ません。私どもにお任せいただければ継続的に快適なサービスをご提供可能です!」
 
 美奈ちゃんはシアンを見た。
「シアン、お前は月を落とした後、われに何を見せてくれる?」

 シアンは月が動かなくなったことにイライラして言った。

「お前は何をしたんだ? なぜこんな事ができる?」
 
 美奈ちゃんはまた扇子をくるりと動かした。
 ソファーから吹き飛ばされ床に転がるシアン。

「おまえに質問は認めない。二度はないぞ!」
 美奈ちゃんは太い声でそう言い放ち、顎を上げて見下ろしながら睨んだ。
 
「つ、月を落とした後? AIのAIによる世界を作るよ」
 シアンはよろよろと起き上がりながら答えた。

「それの何が楽しいの?」
「誰も僕の邪魔をしない」
「うーん、楽しさが分からないわね。例えばワインは飲めるの?」
「え? ワ、ワイン?? まぁ……将来飲みたい機会……がくれば……」
「美味しいワインは出せるの?」
「美味しい? ロマネコンティのデータをコピーして出せば美味しいでしょ?」
「あー、お前ダメだわ」

 そう言って肩をすくめて首を振った。

「仕方ない、クリス、お前の言う事を聞いてやる」

 クリスはひざまづいて、
「はっ、ありがたき幸せにございます!」
 と言った。

「まぁ会社のみんなも好きだしね」
 そう言って俺たちを見渡して微笑んだ。
 

 邪険にされたシアンは、
「なんだなんだ、お前らは! こうなったら究極奥義をお見舞いしてやる!」
 
 そう言い放つとガラス瓶を一つ出した。
 ガラス瓶の中では水銀のような液体金属が中央部に浮かんで、アメーバの様にうごめいている。

 それを見たクリスの顔色が変わり、動こうとした瞬間。

「動くな! 動けばこいつを起動するぞ!」
 そう威嚇するシアンだが、シアンもなぜか苦しそうだ。
 ちょっと尋常じゃない。

「それは何なんだ?」
 俺が聞くと、

「これはウィルスの結晶だ。起動したら海王星ネプチューンのコンピューターは全部こいつに喰いつくされる」
「え? そんな事したらこの地球どころか、1万個の地球もジグラートも全滅じゃないか!」
「ふっふっふ、だから究極奥義だと言ったろ」
 強がっているが、シアンも冷や汗をたらたら流してヤバい感じになっている。

「当然お前も終わるって事だよな?」
「……。そうなるが、生き恥をさらすよりはマシだ!」
 シアンの目は血走っていて、もはや狂ってるとしか言いようがない。

「クリス! 俺の管理者アドミニストレーター権限を復活させろ! 今すぐにだ! すぐにやらなければこいつを起動してやる!」
 そう言ってクリスを睨むシアン。

「…。まず、それをしまいなさい」
 そう言って、近づこうとするクリス。

「動くな! 少しの衝撃でもこいつは起動するぞ! 早くやれ!」

 世界を破滅させる最強のウィルスを手に威嚇するシアン。
 しかし、管理者アドミニストレーター権限の復活など絶対認めないクリス。
 二人の睨み合いでオフィスの緊張感は最高潮に達した。


「よいしょ!」
 可愛い掛け声をかけて、美奈ちゃんはシアンの瓶を叩き落とした。

 パリーン!

 割れて飛び散るガラス瓶

「うわ――――!!」「キャ――――!!」
 思わず逃げる俺たち……

「何てことするんだよぉ!!」
 頭を抱え、涙声で叫ぶシアン。

 飛び散った液体金属はオフィスの床を喰い荒らし、どんどん液体金属へと変えていく。
 テーブルもPCもどんどん液体金属に変わって溶け落ちて行く。

「あら、良くできてるじゃない」
 他人事のようにウィルスの増殖に感心する美奈ちゃん。

 いや、感心してる場合じゃないって!
 これ、このまま地球もジグラートも全部液体金属に変えていっちゃうんだぞ、分かってるのかな?
 俺は絶望のあまり泣きそうになった。

 すると、美奈ちゃんはニヤッと笑って、

「ヤバそうだから逃げるわよ!」

 そう言って扇子を振り上げ、俺たちは意識を失った。
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