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63.もう一つの地球

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 ピロポロパロン!

 部屋に呼び出し音が響く。
 クリスは
「Come in! (どうぞ)」と、返事をする。

 すると、空中にドアが出現して女性が現れた。

 白いワンピースに青のショートパンツ、ワンピースの裾は大きなツバの帽子に繋がっており、地球では見たこともないファッションだ。

「ハイ! サラ!」

 クリスが軽く手を挙げて挨拶する。

「ハイ! クリス! これ、いつもの」

 サラはそう言ってお酒の瓶の様なものをクリスに渡した。

「ありがとう。いつも助かるよ。」
 
 そう言って、クリスは瓶のラベルをじっくりと眺めた。

「今回は災難だったわね」
 サラはそう言って微笑みかける。

「締め出された時は本当に参ったよ。シンギュラリティは予想以上に危険だ」
「でもまぁ解決したようで何より」
「そこの誠に助けられたんだ」

 サラはこっちを向いて、ニッコリと笑って言った。

「誠さんね、活躍は見てたわよ。初めまして、クリスの同僚のサラよ」

「はじめまして! 地球人の誠です」

 俺はそう言って立ち上がり、握手をした。
 大きなツバに隠れて見えてなかったが、サラはヘーゼル色の瞳が印象的な美人だった。
 しかし、『見てた』って……何を見られていたのだろうか……。
 ばぁちゃんにしても、みんな見てるんだもんなぁ。これからは注意しないと……。

「地球人なのにクリスを助けるとはすごいと思うわ……。まだお若いのに……」
「たまたま……ですよ。そもそもクリスを窮地に追いやっちゃったのも私のせいですし……」
「ふふっ、謙虚なのね」

 そう言ってサラは俺の瞳の奥をのぞき込む。俺はちょっと気おされ気味だ。

「クリス、誠さん借りていいかしら?」

 いきなりサラは変なことを言い出した。

「誠がいいなら……まだスクリーニングには時間かかるし」

「誠さん、私の地球に来てみる? きっと楽しめるはずよ」
 サラはそう言ってにっこりと笑った。

 要は俺たちの地球と並行して存在している『他の地球』に誘われているのだ。そんな経験は普通出来ない。

「サラさんの地球? それは興味深いですね! ぜひぜひ!」



「じゃぁ行きましょうか? 掴まっててね」

 サラはそう言うと俺の手を取り、目を瞑って何かを唱えた。
 俺は意識が飛んだ。


           ◇



 気が付くと、俺は赤と黄色の派手な着物を着て田んぼのあぜ道にいた。
 横を見ると同じ着物姿のイケメンがいる。誰だ?

「ハーイ、誠さん。私はサラよ」そう言ってウィンクする。
「あれ? なんで男の姿なんですか?」
「ここはあなたの地球でいうところの中世に相当する社会なの。女性一人だと何もできないので、地球にいる間はこの体使ってるのよ」

 なるほど、確かにあんな美人がフラフラしてたら、すぐにトラブルに巻き込まれそうだ。

 周りを見回すと……
 不揃いの田んぼに茅葺かやぶき屋根、木製の農機具などを見るに江戸時代くらいに相当しそうだ。
 俺は海王星ネプチューンで練習した深層心理を使ったデータアクセスに挑戦してみる。
 深呼吸をしながら心を静め、意識を仮想現実世界のデータフレームにアクセスさせる……

 すると、衛星写真地図のようなイメージが頭に浮かんだ。ずーっとズームアウトしていくと……地形は俺の地球と全く同じだった。場所は名古屋に近い所……豊橋辺りっぽい。

「地形はクリスの地球と同じですね!」
 俺はサラに話しかける。

「そうね、1万2000年前の地球をテンプレートとして、みんなそれをベースにシミュレーションを開始したからね。どこの地球でも地形はほぼ同じよ。言語や文化は違う形に進化したけど。」

 なるほど、ここは俺たち人類が体験するかもしれなかったパラレルワールドなんだな。最初のちょっとした違いが文明の進歩の速さを変えちゃうし、文化は全く別のものになってしまう。

「折角なのでお茶でも飲んでみましょう」
 サラは微笑みながら、向こうに見えるお茶屋を指さして言う。
 確かにこちらでは食文化がどういう風に進化したのかすごい興味ある。

 お茶屋の看板の文字は丸っこくて見た事のない文字だ。でも、意識を集中すると翻訳ルーチンが起動するようで、何と書いてあるのかが分かる。『おだんご』らしい。

「いらっしゃ~い」

 軒先の椅子に座ると、髪をお団子に丸めた若い娘が声をかけてくる。音声は自動的に翻訳されて意味が頭に響く感じだ。

 サラはお茶と特製お団子を注文した。

「ここのお団子は美味しいわよ」
 サラは良く来るらしい。

 店員はお団子を2本、炭で炙り、何かのタレを塗って持ってくる。
 見たところ普通の団子だが、齧ってみると……辛い! めちゃくちゃ辛い! 何だこりゃ!?
 俺は急いでイマジナリーで水入りのコップを出してゴクゴク飲んだ。イマジナリーは有効にしてくれているようだ。

「あははは、やっぱりそうなるわよね」

 サラはうれしそうに笑う。
 なんだよ! 言ってくれよ! と、思ったが、まぁこれも新たな文化との出会いと考えれば、いい経験かもしれない。俺はヒーヒー言いながらも最後まで食べた。
 確かに辛いんだが……いろんな香辛料のハーモニーがすごくて、なんだか止められない魅力もある食べ物だった。
 食べ終わってお茶を飲みながらボーっとしていると、サラが俺の目を見て言った。

「そろそろ効いてきたみたいね」
「え? 何がですかぁ?」
「このタレ、ケシの実が入ってるのよ」
「ケ、ケシィ? もしかして……アヘン?」
「そうそう、いい気分でしょ?」

 サラはニヤッと笑って言う。

「ちょっとぉ、先に言ってくださいよぉ……」
 なんだかいい気分でどうでも良くなっちゃっているのではあるが、ちゃんと抗議しておかないと……

 そこに店員が声をかけてきた
「忘れてた! サラさん! 庄屋さんの所へ行ってくれない?」
「あ、また病人かな?」
「そうそう、坊ちゃんが熱出してるらしいのよ。サラさん来たらすぐ呼んでって言われてたのよ」
「オッケー、じゃ、行きますか!」

 サラが俺の手を取って引き起こす。

「はぁい……」

 ポワポワした気分でサラの後をついていく。


        ◇


 しばらく歩くと赤い立派な門が見えてきた。あそこが庄屋さんの家らしい。
 門番に話をして病室に通された。

 布団に10歳くらいの男の子がぐったりして寝込んでいる。

 俺は深層心理に集中して患者の様子を見てみる。
 すると患者のステータスが浮かび上がってきた。
 免疫の数値が赤く点滅して38%付近を指している。かなり低い。

「あー、肺炎だなこりゃ」

 サラはそう言うと患者の手を取り、一気に免疫の数字を200%まで上げた。症状の解析と措置は手慣れたものだった。
 そしてイマジナリーで護摩焚きセットを出して火を熾した。
 火が徐々に燃え盛り始めたころ、奥の方から立派な身なりをした男が現れた。庄屋さんのようだ。

「サラ先生、わざわざすみません、息子は大丈夫でしょうか?」

 サラは居住まいを正し、力強い低い声で答えた、
「ワシに任せておけば万事問題なし!」

 そして祈祷を始めた。

「アーラーハーラー、ガンラーハーラー……」
 サラの太い声が部屋中に響き渡る。
 庄屋さんは手を合わせて一緒に護摩に祈っている。

「アーラーハーリー、ソンラーハーラー……」

 免疫の数字を上げただけではすぐには容体は良くならない。しばらくはこうやって儀式をやって時間を引っ張るのだろう。俺はサラの真似をして護摩の炎に祈る仕草を繰り返した。


        ◇


 しばらくすると、横から女の子が入ってきて、俺に小さな声で言う、

「申し訳ないのですが、もう一人診てもらえないでしょうか?」

 いや、俺は人治したことなんてないんだけど……
 戸惑いながら彼女を見ると、涙目で俺に祈っている。
 十代半ばの少し痩せた可愛らしい娘だ。何とか力になってあげたいが……
 悩んでいるとサラから思念波が届く

『腕の骨折だ、マニュアル送るからやってごらん、誠なら簡単だよ』
 
 サラを見るとウィンクしてる。
 ん~、何事も経験だしな、やってみるか……
 アヘンの効果が少しまだ残ってるらしく妙にポジティブだ。
 

 俺は彼女に連れられて離れの部屋へ行く。
 そこには腕を押さえて激しく泣いている男の子がいた。どうやら彼女の弟らしい。

 俺は深呼吸をして心を鎮め、深層心理でサラとつながり、マニュアルとやらを意識上に受け取った。意識をそこに集中すると内容が頭の中で展開される。

 何々……まずは麻酔……ね。

 俺は男の子に手をかざし、深層心理に潜って男の子の構造とステータスを表示させる。その中から痛覚神経を探し出し、そこの活性度を一時的に0に落とす。

 すると、男の子は落ち着きを取り戻し始めた。
 
 次は……骨の接着……

 手をかざして骨に意識を集中させると、深層心理の中で全身の骨格が浮かび上がってくる。右ひじの部分を見ると、関節の根元がポッキリといってしまってる。

 関節と骨に意識を向け、イマジナリーで動かし、接着するイメージを込める。すると表示上は一体化した。

 くっついたっぽいが……んー、これでいいのかな?
 俺は手で腕を持ってそーっとひじを動かしてみる。ただ、患部が炎症を起こし、腫れてしまっているのでうまく動かない。

 えーっと、これはどうなってるんだ?

 ちょっと困惑していると、女の子が涙目で聞いてくる。
「治り……そうですか……?」

 彼女を見ると、祈るようなしぐさで俺を真っすぐに見つめてくる。可愛い女の子にこんなに懇願されちゃうと弱いな。いい所見せないと!

「大丈夫! 任せて!」

 俺はにっこりと微笑んで答えた。

 マニュアルをもう一度丁寧に読むと、炎症の鎮静の項目があった。これが先だった、ゴメンね。

 一帯の炎症係数が異常値になっているので、これをまとめて0に落とす。

 しばらく待っていると徐々に腫れが引いていく。どうやらうまく行ったようだ。

 俺は男の子に、

「ちょっと動かしてごらん」 と、言った。

 男の子は恐る恐る腕を動かす……動いた。
 調子に乗ってブンブン振り回す……大丈夫そうだ。

「やったー!」
 男の子はぴょんぴょんと飛ぶ。
 女の子は目に涙を浮かべて口を手で覆っている。

 何とか面目は保てたようだ。

「これでもう大丈夫だな」

 俺は男の子に声をかけ、帰ろうとすると、女の子が俺の手をギュッと握ってくる。

「あ、ありがとうございます……でも……治療代が……払えないんです……」
「ち、治療代?」

 なるほど、治療したら何か対価をもらわないとまずいのかもしれない。でも……十代半ばの貧しい女の子からいったい何をもらうのか。

「治療代についてはサラと相談して決める。でも、無理なことは言わないから安心していいよ」

 俺は笑顔でそう言ってあげる。
 彼女は

「ありがとうございます! 御恩は決して忘れません!」
 
 そう言って俺に深々とお辞儀をすると、弟をギュッと抱きしめた。

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