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相対化する人類
56.大いなる意識
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凄い速度で落下していく俺。
次の瞬間ひしゃげた肉の塊となって、俺の一生は終わるかもしれない。
言いようのない恐怖が、抑えても抑えてもあふれ出してくる。
俺は真っ暗闇の中どんどん落ちて行った。安全装置のないフリーフォール、何が起こっても俺にはもう何もできない。
今はただクリスを信じて祈るしかない。
どのくらい落ち続けただろうか……徐々に上下の感覚が無くなってきた。そして、手足の感覚がなくなってきた。
なんだこれは……何とか抗おうとしたが麻酔を打たれたみたいにもう自分ではどうしようもない。ついに、目と耳もきかなくなり、最後には物を考えられなくなってきた。
薄れゆく意識の中、俺はこの世との別れを覚悟した。
由香ちゃんゴメン、帰れないかも……
◇
にぎやかな学生たちのはしゃぐ声が聞こえる……
目を開けると……ここは教室……
懐かしい古ぼけた木製の机の席に座っていた。
見回すとここは確かに見覚えのある教室、休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?
考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。
俺はちょっとドキドキして、
「ど、どうしたの?」と、声をかける。
すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何かマズいか?
彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。
目を凝らすと、それはブラウンの瞳にしっとりとした黒髪……俺が大好きな娘、大切な人じゃないか!
高鳴る気持ちで俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。
え? あれ?
喉まで出かかっているんだけど出てこない……。
なんで大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?
焦って流れる冷や汗……
落ち着け! 落ち着け!、うーん……
確か……そうだ!
「由香ちゃん!」
俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。
目を開けると、ヘッドライトが照らす黒っぽい岩の壁が見えた。
心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。
あ……夢……だったか。
何とか生きてるようだ、良かった。
俺はゆっくりと身体を起こした。
手足はちゃんと動くか確認し、さすってみたが特に問題はなさそうだ。
どうやら狭い洞窟の中に倒れていたらしい。
ゆっくりと立ち上がろうとすると、
「いてててて」
ゴツゴツしていた所に寝ていたので体の節々が痛い。
上はと言うと……岩だ。
落ちてきたというより転送されてきたようだ。
洞窟は人が一人歩ける程度の広さしかなく、足場も岩だらけ。壁は濡れていてカビ臭い。
ヘッドライトを消すと真っ暗になってしまい、風も流れていない。
やはりあの穴は物理的な穴ではなかった、仮想現実空間の裂け目だったようだ。
無事転送はされたという事だろう。
さて……、ここで何をすればいいんだ?
てっきりクリスが待ってるのかと思ったんだが、当てが外れた。
クリスが指定したところに来た訳だから、ここから何かができるはずなんだが……。
見たところただの洞窟だ。ここで待っていても何か起こるような感じもしない。
洞窟は少し傾斜していて上るか下るか2択だ。さて、どちらへ向かおうかな。
この洞窟はクリスが仕掛けたものだとすれば、クリスだったらどちらに行って欲しいと考えていたかがヒントだろう。
しかし……。
うーん、わからん。
目を瞑り、大きく深呼吸をしながら正解を探した。
俺の思考は海王星にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。
きっとクリスはヒントを俺の思考に送っているはずだ。
意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事ないんだよね。
でも、ネットで何度か見たから一応やり方だけは覚えている。
俺は手近な岩の平らになっている所に座り、目を瞑った。
そしてゆっくりと深呼吸をしてみた。
瞑想には深呼吸が基本らしい。
深呼吸を繰り返していると色々な事が思い起こされてくる。
倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、そして由香ちゃんとのキス……。
ダメだ、雑念だらけだ。
でもこういうのは抗わない方がいいってどこかで読んだ。
そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。
雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。
身体がふわふわしてきた。
どんどん、どんどん落ちていくと、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。
全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波の様に漂っている。
なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。
大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。
温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような圧倒的な安心感、心地よさ……。
人間とはこういう生き物だったか、人間の究極の在り方がここにあったのだ。
と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。
「まこちゃん、久しぶりだねぇ」
この声は……ばぁちゃん!
6年ほど前に亡くなった俺のおばあちゃんだ!
「ば、ばぁちゃん……だよね?」
「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」
「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……」
「そうかい? でも、ここまで来れたじゃないか、もう大丈夫だよ……」
大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど俺にはさっぱりだ。
「ここはどこなの?」
「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」
「魂の故郷……」
「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」
「え? この洞窟で!?」
「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」
言われてみると、心の奥底から懐かしいような想いが湧き上がってきた。
「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」
「そうそう、よく思い出すんだよ」
頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。
「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」
「なんだい?」
「俺が高校のころなんだけど……」
「財布の1000円を盗ったことかい?」
「え!? 知ってたの?」
「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」
「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」
「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」
「ばぁちゃん……」
俺はつい涙をこぼしてしまった。
「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」
「え!? 見てたの!?」
「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ。ようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」
「え? 愛の秘密?」
「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」
「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」
美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、こんなところにあったとは!
「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」
「なんかふわぁっと引き込まれる感じだった……」
「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」
「ちょっと待って! ばぁちゃん!」
洞窟に響く俺の声……
ばぁちゃんの気配は消えてしまった。
引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだ???
うーん、むしろ謎は深まってしまった。
次の瞬間ひしゃげた肉の塊となって、俺の一生は終わるかもしれない。
言いようのない恐怖が、抑えても抑えてもあふれ出してくる。
俺は真っ暗闇の中どんどん落ちて行った。安全装置のないフリーフォール、何が起こっても俺にはもう何もできない。
今はただクリスを信じて祈るしかない。
どのくらい落ち続けただろうか……徐々に上下の感覚が無くなってきた。そして、手足の感覚がなくなってきた。
なんだこれは……何とか抗おうとしたが麻酔を打たれたみたいにもう自分ではどうしようもない。ついに、目と耳もきかなくなり、最後には物を考えられなくなってきた。
薄れゆく意識の中、俺はこの世との別れを覚悟した。
由香ちゃんゴメン、帰れないかも……
◇
にぎやかな学生たちのはしゃぐ声が聞こえる……
目を開けると……ここは教室……
懐かしい古ぼけた木製の机の席に座っていた。
見回すとここは確かに見覚えのある教室、休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?
考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。
俺はちょっとドキドキして、
「ど、どうしたの?」と、声をかける。
すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何かマズいか?
彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。
目を凝らすと、それはブラウンの瞳にしっとりとした黒髪……俺が大好きな娘、大切な人じゃないか!
高鳴る気持ちで俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。
え? あれ?
喉まで出かかっているんだけど出てこない……。
なんで大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?
焦って流れる冷や汗……
落ち着け! 落ち着け!、うーん……
確か……そうだ!
「由香ちゃん!」
俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。
目を開けると、ヘッドライトが照らす黒っぽい岩の壁が見えた。
心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。
あ……夢……だったか。
何とか生きてるようだ、良かった。
俺はゆっくりと身体を起こした。
手足はちゃんと動くか確認し、さすってみたが特に問題はなさそうだ。
どうやら狭い洞窟の中に倒れていたらしい。
ゆっくりと立ち上がろうとすると、
「いてててて」
ゴツゴツしていた所に寝ていたので体の節々が痛い。
上はと言うと……岩だ。
落ちてきたというより転送されてきたようだ。
洞窟は人が一人歩ける程度の広さしかなく、足場も岩だらけ。壁は濡れていてカビ臭い。
ヘッドライトを消すと真っ暗になってしまい、風も流れていない。
やはりあの穴は物理的な穴ではなかった、仮想現実空間の裂け目だったようだ。
無事転送はされたという事だろう。
さて……、ここで何をすればいいんだ?
てっきりクリスが待ってるのかと思ったんだが、当てが外れた。
クリスが指定したところに来た訳だから、ここから何かができるはずなんだが……。
見たところただの洞窟だ。ここで待っていても何か起こるような感じもしない。
洞窟は少し傾斜していて上るか下るか2択だ。さて、どちらへ向かおうかな。
この洞窟はクリスが仕掛けたものだとすれば、クリスだったらどちらに行って欲しいと考えていたかがヒントだろう。
しかし……。
うーん、わからん。
目を瞑り、大きく深呼吸をしながら正解を探した。
俺の思考は海王星にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。
きっとクリスはヒントを俺の思考に送っているはずだ。
意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事ないんだよね。
でも、ネットで何度か見たから一応やり方だけは覚えている。
俺は手近な岩の平らになっている所に座り、目を瞑った。
そしてゆっくりと深呼吸をしてみた。
瞑想には深呼吸が基本らしい。
深呼吸を繰り返していると色々な事が思い起こされてくる。
倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、そして由香ちゃんとのキス……。
ダメだ、雑念だらけだ。
でもこういうのは抗わない方がいいってどこかで読んだ。
そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。
雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。
身体がふわふわしてきた。
どんどん、どんどん落ちていくと、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。
全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波の様に漂っている。
なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。
大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。
温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような圧倒的な安心感、心地よさ……。
人間とはこういう生き物だったか、人間の究極の在り方がここにあったのだ。
と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。
「まこちゃん、久しぶりだねぇ」
この声は……ばぁちゃん!
6年ほど前に亡くなった俺のおばあちゃんだ!
「ば、ばぁちゃん……だよね?」
「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」
「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……」
「そうかい? でも、ここまで来れたじゃないか、もう大丈夫だよ……」
大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど俺にはさっぱりだ。
「ここはどこなの?」
「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」
「魂の故郷……」
「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」
「え? この洞窟で!?」
「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」
言われてみると、心の奥底から懐かしいような想いが湧き上がってきた。
「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」
「そうそう、よく思い出すんだよ」
頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。
「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」
「なんだい?」
「俺が高校のころなんだけど……」
「財布の1000円を盗ったことかい?」
「え!? 知ってたの?」
「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」
「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」
「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」
「ばぁちゃん……」
俺はつい涙をこぼしてしまった。
「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」
「え!? 見てたの!?」
「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ。ようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」
「え? 愛の秘密?」
「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」
「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」
美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、こんなところにあったとは!
「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」
「なんかふわぁっと引き込まれる感じだった……」
「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」
「ちょっと待って! ばぁちゃん!」
洞窟に響く俺の声……
ばぁちゃんの気配は消えてしまった。
引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだ???
うーん、むしろ謎は深まってしまった。
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