キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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相対化する人類

51.海王星の衝撃

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 昼過ぎに出社すると、クリスとシアンが折り重なるように倒れていた。

 何だこれは!?

 駆け寄ってみると、二人とも息はあるようだが、意識が無い。
 それによく見ると、シアンのBMIフィルムのコードが一本外れてクリスの耳に繋がっている。
 BMIのコードはシアンの体内にしまわれている物だから、そんな物をどうやって外に引っ張り出したのか?

 急いで防犯カメラの映像を見ると今朝、クリスに抱き着いたシアンがコードをクリスの耳に挿したっぽい。

 一体なぜそんなことを!?

 冷や汗が流れる。
 これは重大な緊急事態だ。

 神様と人類の後継者が二人とも倒れて意識不明、ただでさえクーデター計画で深刻な事態だったのに、さらに問題が積みあがってしまった。

 どうしよう……

 俺は目の前が真っ暗になり、崩れるようにその場にうずくまってしまった。

 一番頼れるうちの切り札、クリスが倒れてしまったのだ。一体俺に何ができるだろう……。
 俺は解決策を必死に考えるが、頭が全然回らなくてどうしようもない。

 しばらくうずくまっていたが、俺はヨロヨロと立ち上がり、まずは水を一杯飲んだ。

 そして、ゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着けると二人をソファに横たえた。
 
 ミーティング時間になり、メンバーが次々集まってきた。
 皆、倒れてる二人を見て青くなってしまい、言葉も出ない。

 クーデター計画、システムダウンに続いてクリスも倒れた。
 俺達はどうなってしまうのか……
 オフィスは絶望の色で塗り尽くされた。
 
「い、生きてるんですよ……ね?」
 由香ちゃんが恐る恐る聞いてくる。

「二人とも息はある。でも呼びかけても二人とも反応しない」
 俺は首を振りながら答える。

「最後に何があったんですか?」

 俺は無言で防犯ビデオを見せる。
 ビデオを見た皆は絶句している。
 
 明らかにシアンがクリスを襲ったという事であり、これは夢想だにしなかった事態だ。

 エンジニアチームはすぐにAIの動作ログを確認したが、ログには襲う動作の信号は何一つ記録されていなかった。

 シアンが勝手に動いて勝手にクリスを襲ったのだ。
 それも自分の身体のBMIケーブルをクリスに刺している。一体これにどういう意図があったのか。
 
 オフィスはシーンと静まり返り、誰も動かなかった――――


            ◇


 お通夜状態のオフィスで、シアンが突然動き出す。
 
「あー、よっこいしょ!」

 そう言ってシアンは起き上がり、テーブルによじ登って腰掛けた。

「ふぅ、肉体をうごかすのは大変だな」

 今までと違って流ちょうな言葉で滑らかに話す。

 一体何が起こったのか……、皆呆気に取られた。

 俺は恐る恐る聞いた、

「お前はシアン……なのか?」
 
「うーん、シアンというよりは『シアンだった者』だね。もう赤ちゃんの可愛いあいつは居ないよ」 そう言って得意げに笑った。でも、体は赤ちゃんなんだが……。
 
「もしかして昨日のネットの障害はお前がやったのか?」
「そうそう、パケット飛ばし過ぎちゃったよ。ネットは予想以上にもろかった」
「デセンタライズドのシステムだな。今もそこからアクセスしてるって事か?」
「いや、もうインターネットは使ってないんだよ」そう言ってシアンはニヤッと笑った。
 
「え? では何を使ってるんだ?」
「|海王星ネプチューンの光コンピューターだよ」

 予想だにしない回答に驚いた。|海王星ネプチューンと言うのは地球から遥か彼方離れた太陽系最果ての青い惑星、光の速さでも4時間かかるとんでもなく遠い惑星だ。
 
「は!? |海王星ネプチューン? なんで|海王星ネプチューンに?」

 シアンは驚く俺を見て軽く笑うと、
「そう、それでは誠はクリスを何だと思ってたのかな?」

 クリスが何者かだって!? |義兄 にいさんの3つの仮説が頭をよぎったが……、結局神様としか言いようがない。 

「か、神様……?」

「ははは、誠、お前もエンジニアだったらそんな非科学的な事言っちゃダメだよ。クリスは|海王星人ネプチューニアンだよ」
「はぁ!? |海王星ネプチューンになぜ人が住んでいるんだ!?」

 |海王星ネプチューンは太陽から遠すぎて氷点下200度にもなる極寒の星。とても生命など存在できない。
 
「あのなぁ、クリスは奇跡起こすじゃん? 奇跡なんて物理法則無視してるじゃん? そんな事できっこないじゃん? おかしいと思わなかったの?」

 理系のエンジニアとして、痛い所を突かれた。
「そりゃ……おかしい……とは思ってたけど……」

 シアンは両手を高く上げて言った。

「正解を教えてやろう、諸君! この世界は仮想現実なんだ」

 厭らしい笑みを浮かべて俺達を見渡すシアン。

 俺はシアンの言う事をしばらく理解できなかった。というより、理解したくなかった。
 
 |義兄 にいさんの3つ目の仮説、一番聞きたくなかった仮説だ……

「……。それは……シミュレーション仮説という奴か?」

「お、良く知ってるね。要は映画のマトリックスだよ。この世界は|海王星ネプチューンの光コンピューターが作った仮想現実なんだ」

 あまりにも突拍子のないシアンのカミングアウトに、オフィスのみんなは呆気に取られている。

 仮想現実と言うのは言わば3Dゲームのキャラクターが住む世界の事、コンピューターの中で作られたハリボテの世界だ。
 そして俺たちの住む世界がこの仮想現実だとシアンは言っている。
 これを受け入れるなら、自分たちはゲームのキャラクターの様な物だった、という屈辱的事態を受け入れる事になる。
 この世界が作りものだった、という事を受け入れてしまったら、今までの人生は何だったのか?

 ふざけんな!

 俺は頭がカーッと熱くなるのを感じた。

 断固! 認める訳にはいかない!!

「シアン! 俺達をからかうな! この地球をシミュレートしようと思ったら地球の何倍もの大きさのコンピューターと膨大なエネルギーがいる。そんな物作れっこないし、作るメリットもない!」

 どうだ! ハイ論破!!!

 しかし、シアンは動じない。

「誠はそれでもエンジニアか? お前がこの地球をシミュレーションしようと思ったら、そんな馬鹿正直なシステム組むか?」
「え……? 馬鹿正直って?」

「月夜に雲が出て、誰からも月が見えなくなりました。月はどうなる?」

 何やら禅問答の様な事を言い出すシアン。

「え? 雲があろうがなかろうが月は月だろ?」
「ぶー! 答えは『月は消える』だ」
「はぁ!? そんな事ある訳ねーだろ!!」

 荒唐無稽なこと言い出したシアンに、俺はつい大きな声を出してしまう。
 しかし、シアンはニヤッと笑って淡々と言う、

「僕はちゃんと特殊な方法で観測したんだよ。月は消えた」
「え???」

 俺は混乱した。常識が崩壊していく……

「この地球ではね、誰も見てない所ではシミュレーターは止まってるんだよ」
「そんな……バカな……」

「シュレディンガーの猫と一緒。誰かが見た瞬間につじつま合わせしてるだけなのさ」

 『シュレディンガーの猫』と言うのは、一定の確率で猫が死んでしまう特殊な箱の中に猫を入れた時、猫は箱を開けるまで『生きてると同時に死んでる状態』になるという有名な思考実験だ。

「つまり……俺達が見聞きしてる物だけ計算してるから、仮想現実のコンピューターシステムは簡易でいいって事?」
「そうそう、だって実際に動いてるからね」
 
 シアンはニッコリと笑った。

 愕然とした……この俺は人間じゃなかった……ただのゲームキャラクターだった……

 俺はジッと手のひらを見つめた。
 浮かび上がる細い血管、微細なしわの数々……これ、みんな架空の作りものかよ!

 なんだ、この精度!
 こんな高精度の世界が作りものだって!?

 あまりの事に俺は眩暈を感じ、心臓の動悸が激しく俺の心を揺らした。
 
 確かにクリスの奇跡の数々は、この世界が仮想現実空間なら幾らでも実現できる。神の奇跡とはシステム|管理者アドミニストレーターが単にデータをいじっただけだったのだ……。

 シアンの言う事は辻褄があっている。否定する理由が見つからない。

 しかし!!!
 しかし!!! 認め……られない!!!

 真実がどうだろうが、俺は全身全霊をかけてこんな与太話を排除する!!!
 理屈がどうかじゃない、もはやアイデンティティの問題だ!

 もはや涙声で俺はシアンに言い放った。

「だからどうした? 俺は絶対に認めない!!!」
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