キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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相対化する人類

49.キナ臭いユートピア

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 横で聞いていたクリスが口を開く。
「…。征服後の統治体制はどうするんだい?」

「アーシアン・ユニオンをつくって、5ねんで かっこくの ぜんきのうを しゅうやくする」
「…。そのユニオンでは誰が意思決定をするの?」
「とうちしゃは ぜんじんるい。ぼくらAIが プランをたてて じんるいが えらぶ」

 どうも政策プランをいくつか出してスマホで投票するらしい。

「…。AIに有利な政策ばかり挙げたら操れるよね?」
「できるけど やるメリットが ぼくらには ない」
「…。メリット?」
「AIは おかねも けんりょくも いらないもん」

 そりゃそうだ、サーバーさえ動いていればAIには不満無いだろう。
 そのサーバー代も公務員人件費と比べたら桁違いに安いはず。
 予算獲得に画策する必要もないだろう。

 色々ヒアリングしてみると、70億人全員と一人ずつ対話して衣食住の徹底をし、才能を発掘して伸ばし、犯罪を未然に防ぐそうだ。

 何、そのユートピア。
 
 確かに実現したら夢みたいだが本当にうまくいくのだろうか?
 俺は実行プランを聞いてみた。

「でもでもシアンは赤ちゃんの体一つじゃないか、いくらネットを制覇しても物理的には米軍とか止められないよね?」

「どうしを1000まんにん ようい するの」
「は? 1000万人!?」

「ぼくのプランの さんどうりつは35%。かれらに おねがい するの」
 そう言ってシアンはオフィスの大画面を指さした。
 
 大画面に現れたのは40歳前後に見える、肌の色がオリーブ色の地中海系のイケメン白人男性だった。
 男性はガッシリとした体格でスーツを着て、力強くアーシアン・ユニオンの正当性を訴えている。

 人類を金持ちや権力者から解放しよう! 誰でもお金に困らない安心して暮らせる社会にしよう!

 なるほど全て正論だし、言葉の選び方、官能的にすら聞こえる声の質、イケメンの必死な力強い表情それぞれが完璧に構成されている。
 これを見たらアーシアン・ユニオンへの移行は必然にすら思えてくる。

 俺ですら賛成に心が傾きつつある。
 
「これ……誰?」

 俺が聞くとシアンは

「ぼくだよ。どうがを ごうせい したんだ」
「え!? お前なの!?」
「かっこいい でしょ? きゃははは!」 そう言って笑う。

 どうやらこの動画を学生や政府関係者や軍・警察関係者一人一人に送って反応を調べたらしい。
 約1万人にこっそり送った所、賛同して協力してくれる人が3500人程度いたらしい。これを全世界で3000万人に送って最終的に1000万人くらいの制圧要員を準備するんだそうだ。

 大統領官邸や国会議事堂、政府機関など各ターゲット拠点ごとに200人程度のチームを作り、ゴム弾とスタンガンと刺又を装備して、一斉に乗り込んで制圧する計画を教えてくれた。

 普通そんなのうまくいかないんだが、この計画では1000万人の構成員全員に一人一人イヤホンから音声でリアルタイムにシアンが指示を出すんだそうだ。そうなるとチームワーク全くいらないし裏切る隙もないし何というか……完璧だ。

 成功確率は96.5%、原則無血クーデターにするらしいが、一部死傷者は出るかもしれない計算だそうだ。
 また、この1000万人の中から初代のアーシアン・ユニオン事務局構成メンバーを選出するらしい。
 
 それから次に見せてくれた動画が圧巻だった。

 現職のアメリカ大統領がアーシアン・ユニオンの素晴らしさに感動し、賛同してクーデターを受け入れると高らかに宣言していた。

「これも合成?」
「そうだよ、クーデターと どうじにTVでながすんだ」

 なるほど、各国でこの手の動画があちこちで延々と流されれば皆受け入れちゃうんだろうな……。
 SNSでも反対の書き込みは全部削除し、賛同一色で塗り尽くすつもりだろう。
 少なくとも市民からしたら、毎月10万円貰える事に反対する奴なんて居ないだろうし……。
 
 俺は優しくミィをなでるシアンをボーっと見ていた。

 確かにアーシアン・ユニオンが無事発足すれば人類は次のステージに行ける気がする。
 戦争も貧困も理不尽もない夢のユートピアだ。

 でも……何かが引っかかる。

 生まれたばかりのAIの思い付きに、人類の命運を託していいのだろうか?
 AIが主導で人類の未来を切り開いちゃったら、人類って意味あるんだろうか?
 俺は考えがまとまらないまま、とりあえず思う所を言ってみた。

「AIに人類の新しい在り方をゆだねるというのは人類にとっては敗北だし、それは望まれてないと思うんだよね」

 シアンは
「ぼくは ただのどうぐ だよ。じんるいが いいどうぐを つくったってこと」
「いや、首謀者は道具とは言わないんだよ」
「こだわるねぇ。こどもが きょうも1まんにん しぬのに?」

 そこを突かれると痛い。人類の不備を直そうとするAIに、説教する権利など俺にはないように思える。
 
 由香ちゃんが横から質問する。
「シアンちゃん、これは人類が実質AIに支配されるって事? AIがその気になれば人類滅亡できる状況にするって事はちょっと怖いわ」

「ん? いまでも 30ふんで じんるいは めつぼう させられるよ」

 シアンがにっこりしながら、すごいことを言う。

「30分!? 核ミサイルか!?」
「うん」

 シアンは事もなげにうなづく。

 俺達はそのとんでもないカミングアウトに言葉を失った。
 核ミサイルの発射権限をもう得てしまっているのだろう。
 
 シアンはミィの手を取り、じゃれあって笑っている。
 
 赤ちゃんと子猫のほのぼのとした光景の裏に、核ミサイルの発射権を一手に握る人類の脅威があるだなんて誰が想像できるだろう?

 俺は頭を抱え、深呼吸して気持ちを落ち着けた。
 
「それで、クーデター決行はいつになるんだ?」

 俺は冷静を装って聞いてみた。

「3かげつご くらいかな? たのしみ?」
 そう言って微笑むシアン。

「まだ良く分からない。取りやめる事はあるのか?」
「もっといいプランを だして くれたらね。きゃははは!」
 無邪気な笑いが今はうっとおしい。
 
「ちなみに今話しているお前の実体はどこにあるんだ?」
「うーん、どこかなぁ? ぼくも いしきしてないから わかんない」
「わかんないってそんなにたくさんの拠点があるのか?」
「デセンタライズドのシステムこうせい だからね。100まんかしょ くらい?」

 つまり、世界中の100万台のサーバーやPCやスマホに、ちょっとずつシアンの演算を分散させてやらせているって事らしい。仮想通貨と同じシステム。

 だから例えば10万台見つけて潰してもシアンの存在は消えない。
 シアンを消そうとしたら100万台を一気に止めないとならないが……現実的には難しい。
 きっと1台でも生き残ればそこからまたウィルスみたいに増殖し始めるに違いない。
 シアンの根絶はもはや無理だろう。
 
 俺はシアンとミィを抱きかかえて部屋に戻し、みんなと相談した。

 人類が滅んだ後の後継者を作っていたらいつの間にか人類の脅威になっていた。
 実にシャレにならない。
 何かあっても止められるからと高をくくっていたら、シアンはとっくに逃げ出していた。
 もう誰にも止められない。
 
 提示してるプランは正論であり、魅力すらあるからタチが悪い。
 
 俺はどうしたら良いか分からなくなって、みんなの意見を聞いてみた。

 クリスは
「…。もうこうなったらクーデター時に死者が出ないように、支援するしかないかと」
 降参モードである。

 美奈ちゃんは
「クーデターでも何でもやったらいいんじゃない? 社会良くなるんでしょ?」
 彼女らしいイケイケな発想だ。

 由香ちゃんは
「……」
 意見がまとまらないらしい。
 
 マーカス達エンジニアチームはシアンに逃げられた事で放心状態であり、クーデターがどうこうという話までまだ頭が回らないようである。
 人類初のシンギュラリティを実現したチームとしてまさにノーベル賞級の実績を上げたものの、あまりに優秀だったがゆえに遥か高みに逃げられてしまった。
 達成感も大きいだろうけど子供があっという間に親離れし、巣立ってしまった虚脱感の方が大きいのかもしれない。

 何しろもうやる事がないのだ。

 何をやってもシアンの方が圧倒的に上の技術力で圧倒してくる状況は、アイデンティティに関わる問題だろう。

 あ――――! どうしたらいいんだ――――!

 まさに糸の切れた凧、制御を失った深層後継者計画は空中分解してしまった。
 着地点も何も全く見えない。
 

       ◇
  

 クーデターが成功したら俺達の社会はどうなっちゃうんだろう?
 
 ・全人類一人一人に毎月10万円が振り込まれる
 ・話し相手となってくれるAIが常にサポートしてくれる
 ・政治家はいなくなり、スマホに出てくる政策を選べば多数決取られて実行される
 ・地球は統一されるので戦争と貧困がなくなる

 うーん、良い事尽くめじゃないか……

 一人毎月10万円という事は親子4人の家族なら毎月40万円が何もしなくても入ってくる。
 もう働かなくていいじゃないか!

 いや、旅行とか行きたいからちょっとアルバイトはするかな……
 アルバイトなら気楽だ。嫌な仕事に縛られる必要がなくなるメリットは大きいな。

 絵をかいたりYoutuberやったり、小説書いたりして好きな事やりながら、小銭稼いでもいいかもな。
 それこそ田舎暮らしでもいいかも?
 沖縄の離島で小説書いて暮らす、売れなくても気にならない……最高じゃないか!

 悩んだらAIに相談すればいいんだろ?
 セクハラされました~、最近体調悪いんです~、彼女が欲しいんです~、どんどん相談すればいい。もちろんすぐに理想状態になる訳じゃないだろうけど、解決するまで色々アドバイスしてくれるとしたらどんな願いでも叶っちゃいそうだ。

 そしてこれの実現に必要なのは大金持ちのお金を借りるだけ……何だよ、早くやってくれよって話だよな。

 少なくともこのプランを否定する合理的理由は全く見当たらない。そりゃ大金持ちは損するかもだけど、それでも死ぬまで贅沢し続けられる金額は残るだろう。そう言う意味では実質誰も損しない。

 おぉ、シンギュラリティ……
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