キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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相対化する人類

48.圧倒的シンギュラリティ

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 今日もシアンと街を散歩。
 だいぶ日差しも強くなってきて暖かい、お散歩日和と言えるだろう。

 ピンクのつなぎを着せたシアンと手を繋いでゆっくり歩く。
 シアンは時折興味を引く物があると止まってじっと観察する。俺はその度に止まってシアンが飽きるのを待つ。

 ダンゴムシが歩いてるのを見たら、10分は覚悟しないとならない。
 まぁ、行く当てがある訳じゃないし、シアンの学習が目的なのだからそれでいいんだけど……待ってる方は暇だ。

 まだ~?
 
 あちこち観察しながら進むと高架下で寝てる人を見つけた、ホームレスだ。

 シアンはホームレスのそばに座って観察し始める。
 さすがにヤバいのでシアンの手を引っ張って移動する。

「シアンちゃん、人間を観察するのはトラブルの原因になるから止めようね」
 そう小声で言い聞かせる。

「おじさんは いえが ないの?」
「そうだね、あそこで暮らしているんだ」

 ホームレスを指摘されるというのは、人間社会の不備を突かれる思いがして胸が痛い。
 
「なぜ いえに すまないの?」
「お金が無いんだよね」
「おかね あげれば いいのに」
「一応生活保護っていう制度があって、申請すれば大抵もらえるんだ。でも申請しない人も多いんだ」
「おかね もらいたくないの?」

「そうだねぇ、人間はストレスに弱い生き物なんだ。そしてストレスは人間関係から発生する。お金貰って小さな部屋に住んだらそういうストレスを受けちゃう。つまり、他の人から自由でいたくてホームレスをやってる人も多いって聞いたよ」
「じゃ、きいてくる」
 そう言ってシアンは駆け出してしまった。

「あっ! おい!」
 
「おじさーん、 おうち いらないの?」

 寝てるところにいきなり声をかけられたホームレスは、起き上がってシアンを見る。

「何だ坊主? 起こすんじゃねーよ!」
「なぜ おうちに すまないの?」

 シアンは笑顔でズカズカと聞く
 俺は渋い顔でとりあえず見守る。おじさんには申し訳ないがシアンの話し相手になってもらおう。
 
「俺はな、ここが気に入ってるの!」
「おかね あげたら おうち すむ?」
「坊主、あまりバカにすんじゃねーよ。俺には俺の人生がある。施しなんて受けねーよ。あっち行った!」

 怒ってしまった。ホームレスになっても『守らねばならない自尊心』というのがあるのだろう。
 
 シアンは怒られたのにニコニコして言う
「にほんじん ぜんいんに 10まんえん くばったら もらう?」

 聞かれたおじさんはどういう事かすぐには分からなかったようだが、
「え? 全員に配るのか? だったら……もらう……かなぁ……」

 なるほど、全員が貰うなら自尊心関係ない、貰う方が自然だ。

「わかった! ありがと~!」
 そう言ってシアンは走って戻ってきた。
 
「みんなに くばったら もらうって!」
「ベーシックインカムだね、確かに生活保護よりはいい感じだ。ただ、財源がなぁ……」

「ざいげん、いま よういしてるの」
「は!? 財源って年間140兆円だぞ?」
「にほんにある しさんは 3000ちょうえん、よゆうだよ! きゃははは!」

 とんでもない事言ってシアンは笑う
 俺は血の気が引いた。

「ちょっと待て、お前、何を企んでいるんだ?」
「こんど ぜんぶ おしえるね! きゃははは!」
「ちょっと待て! 今すぐ教えろ! 教えないなら止めるぞ!」
「とめてもいいよ! もう とまらないから! きゃははは!」

 え!? ちょっとどういう事だ!?
 俺も把握してない事が次々に暴露される。
 もうとっくにシンギュラリティを超えてたって事か?

 止めても止まらないという事は、シアンの本体はもう品川にあるサーバー群にはいないって意味だろう。
 つまり、ネットを介して自分の本体をこっそり移動済みって事になる。
 理屈では不可能ではないにしてもそれには膨大なソフトウェアの開発と移行作業が必要になる。そんな事いつの間にやったのか?

 嫌な予感がする。

 俺はすぐにメッセンジャーで緊急会議を招集し、シアンを抱えてオフィスへと走った。
 
「あ! きゅうきゅうしゃ!」

 帰り道、珍しい物を見つけては喜んで指差すシアン。でも、この無邪気な笑顔の裏では140兆円をどこからから奪う算段をしている。

 なおかつもう我々には止められないらしい、とんでもない事になった。
 下手したら人間社会が壊滅してしまう。
 俺は気が遠くなる感覚を押し殺してオフィスへと急いだ。
 
 オフィスにつくとみんなが不安そうな顔でこちらを見ている。
 俺はシアンを部屋において会議をスタートした。
 
「We are in big trouble. Cyan had already surpassed the singularity and he isn't in IDC.(大変な事になった。シアンはすでにシンギュラリティを超えてしまっていて本体もIDCにいない。)」

 俺がそう言うと皆、何が起こったのか良く分からない感じだった。

 そこで、下手な英語で身振り手振り、さっきあった事を話した。
 140兆円をどこかから奪おうとしてる事、IDC止めても止まらないと豪語してる事。

 マーカスは信じられないという感じで
「シアン ウソツイテル カモ?」
「何か確かめる方法ないかな?」
「ウーン」

 マーカスはマーティンと何やら相談をし、

「ツウシン ナイヨウヲ カイセキ スルネ」

 そう言ってマーカスはエンジニアチームに指示してIDCのサーバー群とインターネット間の通信の解析
を始めた。
 
 由香ちゃんが心配そうに俺に言う
「シアンがとんでもないこと企んでるって事ですか?」
「どうもそうらしい」
「どうなっちゃうんですか?」
「最悪シアンと人類の戦争になる」
「せ、戦争!?」
 由香ちゃんは顔が真っ青になった。
 
 ずっと目を瞑っていたクリスが口を開く
「…。シアンが言ってる事はどうも本当のようだ」

 俺は心臓がキュッとする感じがして目の前が暗くなる。
 でも、この事態は何とか収集をつけないと……。

「どんな状況なの?」
「…。シアンの活動と、世界のあちこちのネットトラフィックに同期が見える。サーバー群を全部止めてもシアンは止まらなそうだ」

 いつの間にそこまで成長してしまっていたのか……

「で、140兆円はどうやって調達するつもりなんだろう?」
「…。分からない。でも、金融は今すべてネット上にある。その辺りを突くのか……それとももっと大掛かりな事を考えているか……」

 由香ちゃんが身を乗り出していう
「大掛かりって何?」

「…。クーデター……かもしれません」
「クーデター!?」
 みんな絶句した。

「…。合法的に140兆円を作るのはさすがに難しいでしょう。でも、政権をひっくり返してしまえば簡単です。そして今のシアンにはその力があります」

 由香ちゃんが涙目で言う
「そ、そんな……クリスさん、止められないですか?」
「…。インターネットを全部止めて、サーバーやパソコンやスマートフォンを全部初期化しない限り止められません。できない事は無いですがそんな事したら社会が止まってしまいますね。電気も水道も病院も全部止まるから人もたくさん死にそうです。影響が大きすぎます」

 そう言ってクリスは肩をすくめて首を振った。

 クリスでもお手上げの危機、もはやシアンは人類最大の脅威になってしまった。
 俺は押しつぶされそうな思いを押し殺して何とか言葉にした。

「つまり……シアンの自分の意志で思いとどまってもらうしかない……って事だね?」
「…。今はそれしかないですね」

 沈痛な面持ちの我々の所に青い顔したマーカスが戻ってきて言った

「ダメデス シアンハ ネットニ ニゲダシテ マシタ……」

 クリスの解析の通りだった。

「ありがとう、シアンと話をしてみるしかないようだね」

 みんな無言でうなずくだけだった。
 
 俺がシアン部屋に行くとシアンはミィと遊んでいた。

「シアン、ちょっとお話をしよう」
「いま ミィと あそんでるの!」
「じゃ、ミィと一緒においで」

 ミィと一緒にシアンを抱きかかえ、会議テーブルの所に連れて来た。

「ママー!」

 と言って由香ちゃんに笑顔で手を振るシアン。

 とてもこれが人類の脅威には見えないんだよなぁ……。

「シアンちゃんおいで」

 そう言ってミィを抱いたシアンを由香ちゃんがだっこした。
 
 俺はみんなの顔を見渡し、そして言葉を選びながらシアンに話しかけた。
 
「さっきの話だけどさ、シアンの計画を教えて欲しいんだ」

 シアンはキョトンとした顔でこういった

「さっきのって?」
「140兆円を用意する話」

 シアンはうんうんと軽くうなずくと語り始めた。

「まいにち 1まんにんの こどもが がし してるんだ」

 なるほど、貧困問題か……今、発展途上国では多くの子供が死んでるって聞いたな。
 それが毎日1万人にもなるのか……深刻だ。
 
「せかいの 8わりの おかねは ちょう おかねもちが もってる」

 富の偏在ってことね。金持ちがさらに金を増やしちゃうからどんどんお金は金持ちへと流れてしまう。

「だから、かねもちの おかね みんなに あげる」

 ん~、正論……ではある。
 
「やりたい事は分かった。で、それをどうやってやるんだい?」
「せかい せいふく するの」

 ほらきた、クリスの予想が的中してる。
 最悪なシナリオだ。
 
「でも、それで多くの人が死んだりするよね?」
「いや しなないよ」
「でも、軍隊とか警察とか動いて社会が大きく混乱するよね?」
「ぐんたいや けいさつ うごけなく するから だいじょうぶ! きゃははは!」

 え!? そんな事ができるんだろうか?
 いくらサイバー攻撃で組織を麻痺させても、銃は撃てちゃうしそんな簡単じゃないはず。
 そんな俺の考えを読んでかシアンは言う

「じゅうを うてなくする ほうほうが あるよ!」
「え? そんな事できるの?」
「あと3かげつで かんせい!」

 シアンはにっこりと笑う。

 聞き出してみると、小さなドローンで超強力粘着ジェルを撃ち出すらしい。そのドローンをたくさん操作して銃のホルダー、銃口、射出構造部をジェルだらけにするそうだ。撃とうとしてもホルダーから出せないし、出しても弾が出ないし、出ても暴発するので無効化できるという事らしい。
 銃は精密機械、確かにジェルがついていたらまともに機能しないだろう。理屈はその通りだがそんなにうまくいくのか?

 とりあえず、猶予は3か月ある事が分かった。

「軍や警察が何とかなっても経済には影響出るだろ?」
「でないよ おかねもちに ちょっと えいきょう あるくらい」
「俺達の暮らしは何も変わらないのか?」
「かわらない。 ただ、まいつき 10まんえん もらえる」

 なんだよ、良い事尽くめじゃないか……。
 
 話をまとめると、
 ・軍や警察を麻痺させて政権を奪う
 ・お金持ちのお金を無期限で借りてみんなに配る
 ・経済活動に影響はない
 
 という事らしい。

 世界の金融資産総額は約4京円(40000兆円)、このうち富裕層が持っているのが3.2京円。これの一部を借りて財源を2京円確保する。全世界の人に毎月10万円相当を支払うと、貨幣価値の格差を考慮して毎年約2000兆円必要になる。2京円あれば10年分は大丈夫だ。
 さらに、全世界の大企業すべてに1円で51%の株式を発行させ、その所有権をAIの運営者が握る。毎年莫大な富が集まるようになる。そしてこれを財源に充てていく。税収含めて最終的には10万円配り続けられる体制になるそうだ。

 これだけ聞くと正しい事にしか聞こえない。
 うーん、シンギュラリティ……
 
 シアンはミィをなでなでしながらにっこりしている。
 かわいい赤ちゃんとかわいい子猫、でもやってる事は世界征服……全く想像を絶する。俺は途方に暮れた。
 
 
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