上 下
62 / 78
人類を継ぐ者

46.社長+部下+AI

しおりを挟む
 最近シアンはコンピューターサイエンスに興味がある。
 技術資料を大量に延々と読み続けながら、pythonを使った簡単なコーディングまでやり始めてる。
 データベースに良く分からない膨大なデータ流し込んで、良く分からない処理をさせたりしているのを見るとそろそろシンギュラリティに到達しているのかもしれない。
 また、サーバーのセキュリティにも興味があるようで、自分でいろんなサーバーを立ててはそのセキュリティホールを丁寧に洗っていたりする。
 とても危うい技術なので積極的にはやらせたくないが、とは言え好奇心を止める訳にも行かない。
 俺がいいと言うまでは他人のサーバーのハッキングはしないという約束で許可する事にした。
 
 俺はオフィスで珈琲を飲みながら、シアンがアクセスしている外部リソースを画面に表示させて見ているんだが、最近はもう何をやっているのか全く分からない。
 以前は文字や画像だらけだったのが、最近では無数のサーバー間でバイナリのデータが延々とやり取りされてたりしてもはや俺の理解を超えている。
 世界を理解する上でインターネットの理解も必要ではあるんだけど、やり過ぎていないのかとても不安になる。
 
 ネットの世界だけだと偏るので、なるべく外出するようにはしている。
 その際は大抵由香ちゃんもついてきてくれるので助かる。

 ただ、3人の外出が続くと本当の親子みたいな錯覚がしてくるから困る。
 見た目、子連れの幸せな若夫婦の実態が社長+部下+AIという謎の組み合わせ、うーん。


 
         ◇

 
 今日はシアンお気に入りの芝生の公園に来た。
 ボールを転がしてやると

「きゃははは!」 と捕まえ、こちらに投げ返してくる。
 相当高度な事ができるようになってきた。
 
 俺が軽く蹴ってやるとシアンも蹴り返そうとして……コテン
 転んでしまった。

「おい、シアン、大丈夫か?」

 駆け寄ると

「きゃははは!」 と笑ってる。

 今度は頭は割れてない、セーフ!
 
 シアンはヒョイっと起き上がると

「きゃははは!」と、笑って上機嫌にステップを踏み始めた。

「お、踊ってみるか?」

 俺はスマホでダンスの曲を流した。

 シアンは
「きゃははは!」 と笑いながら踊り始めた。
 
 リズミカルに軽く腰を落としながら、足を開いて右行って左行って、手はクラップ。

「おぉ、いいぞ、そうだ!」

 俺が喜んで言うと由香ちゃんは

「え? なんで? シアン踊れるの!?」

 すごい驚いている。
 
 そのうちリズミカルに左右に重心を移しながら足をシュッシュと伸ばし、肩を回しながら腕を回し、収める、回して、収める。
 だんだん調子が出て来て足もクロスさせ始めた。
 
「お、いいよいいよ!」
 俺は拍手しながらシアンを応援する。
 
 ところが由香ちゃんは急に怪訝そうな表情になる。

「これ……美奈ちゃんね……」

 すごい、なぜ分かるんだ。

「マ、マウス時代に美奈ちゃんが教えたんだよ」
 
 由香ちゃんはおもむろに立ち上がると、
「シアン、ママの踊りを真似しなさい!」 そう言って踊り始めた。
 
 何だろう、美奈ちゃんのダンスをシアンが踊るのは許せないって事?
 マーキングみたいなものだろうか?
 女の子同士の関係は男にはわからん……
 
 肩を怒らせ、腕をクロスし、伸ばし折り伸ばし折り、ステップ踏みながら軽く回る。
「こうよこう!」

「きゃははは!」
 シアンは余裕でまねる。

「次から踊る時はこう踊りなさい!」
 
 由香ちゃんとシアンが並んでピッタリと息の合ったダンスを繰り広げる。
 右足、左足、右右左左、

 いいぞいいぞ!

 気持ちのいい芝生の公園で、赤ちゃんと女の子が楽しそうに踊る姿、
 うーん、いい絵だ……
 人生ってこういう幸せを集める旅なんだよな……

 と、感慨にふけっていたら
 二人がクルっと回った所でパチパチという拍手が上がる。
 ふと後ろを見るとなんとたくさんのギャラリーが!
 スマホで撮ってる人までいる!
 ヤバい!
 
「あー、ごめんなさい! 見世物じゃないので撮影はご遠慮くださーい!!! 本日のダンスは終了でーす!」

 俺はそう言ってギャラリーを解散させたが、一人名刺を出してくる男がいる。
 嫌な奴に見つかったな……。

 名刺には「YTプロダクション 佐川雄二」とある。
 最近YouTuberをたくさん抱えて羽振りの良い会社だ。
 
「先ほどのお子様のダンス! 最高でした! ぜひ、ネットで動画を配信させてください!」

 ほうら来た。穴の開いたジーンズに小汚いカーキ色のジャケット、業界人っぽい風貌だ。

 俺は冷静に冷徹に、
「どんなにウケようがお金になろうがうちは絶対にやりませんのでお引き取りください」
「いやいや、そうおっしゃらずに、1億PVで年収4億、どうですか?」

 金で釣ろうとする、困った奴だ。

「うちは見世物は絶対にやりません」
「お子さんの才能を花開かせたいと思いませんか?」
「うちの子の才能はダンスだけではないので間に合ってます」

 俺は帰りの片づけをしながら追い払い続けた。

「お話しだけでも聞いてくださいよぉ」
 しつこい……が……変に付きまとわれても困るので話してやるしかない。
 
 俺は深呼吸を一回して気持ちを落ち着けてから、佐川に向き合った
「我々はお金も名声もいらないんです。なぜだと思いますか?」
 淡々と言った。

「え?……な、なぜでしょう……ね?」
「我々は蘇ったキリストを尊師として崇める新興宗教の団体だからです。人類の救済以外に興味はありません」
「え? 宗教? ……ですか?」
「そうです。たまにあなたの様に我々のファミリーにちょっかいを出してくる人が居ます。これ、非常に困るんです。先日、そういう男の一人がマンションの10階から墜ちました」
「え!?」
 佐川の顔が引きつる。

「『うぎゃぁぁぁ~!』と言って墜ちていきました。今でも耳に残っています。でも、これで彼の魂は救済されました。今頃は天国で幸せに暮らしているでしょう」

 俺はそう言って十字を切り、目を瞑って手を合わせた。

「……」
 佐川は固まってしまった。

「まぁ、信じられないでしょうね。それでは神の力の一端をお見せしますか」

 俺はシアンを抱きかかえると名刺を渡した。

「このおじさんの事を教えて。自由にやっていいから」
「さがわ?」
「そうそう、さがわゆうじさん」
「きゃははは!」
 シアンはそう嬉しそうに笑うと目を瞑った。
 
「なんで……赤ちゃんが漢字読めるんですか?」
 佐川がビビりながら聞いてくる。

「この子は選ばれた神の子です。漢字など読めて当たり前です」
 俺は偉そうに言う。

 するとシアンが淡々と情報を話し始めた

「とうきょうと せたがやく たいしどう 3ちょうめ ×‐× さがわ ともこ、 さがわ ゆい、 たいしどう だいにしょうがっこう 3ねん」

 まずは会社のサーバーに入って、年末調整のデータか何かを引っ張ってきたようだ。
 
「な、なんでそんな事分かるんだ!?」
 佐川は驚く
 
「神の子の力が分かりましたか?」
「い、いや、こんな力があるんだったら、もっとPV稼げるじゃないですか!」
 まだ諦めないようだ。
 
「かわかみ えみ と なかよし」
 そうシアンが言うと佐川の顔色が変わった。
 今度は佐川のメールかSNSのアカウントをハックしたようだ。

 リアルタイムで次々と個人情報をハックし続ける赤ちゃん。
 確かに俺たちが作ったAIではあるが……なんかやり過ぎ感ないかコレ……?
 自由にやらせたのは失敗だったかもしれない。
しおりを挟む

処理中です...