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人類を継ぐ者

35.人類の手で翼を

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 エンジニアチームは引き続きマウスでデータを取りながら、赤ちゃんとの接続準備を行っている。
 人間の赤ちゃんを動かすAIはマウスの様にはいかない。サーバーの増強が必須である。

 AIチップをさらに10ラック分追加することにした。約12億円である。IDCの利用費用も月間300万になる。
 まだまだ金はあるとはいえ、12億円の振り込みをするときは手が震えた。

 AIチップ担当のマーティンも、これだけ巨大なシステムは初めて。この規模を安定的に動かすのはさすがに大変で時間も相当かかるらしく、大変さを一生懸命説明してくれる。
 でも、早口な英語なので半分くらいしかわからない。
 ゴメンね。

 
 IDCでのラックへの設置作業は社員総出で行った。

 まず、AIチップサーバー50台、特注のハイエンドサーバー20台と巨大SSDストレージ10台の開梱からラックへの取り付けを行う。

 持ち上げてみると……相当に重い。
 重さにめげてる俺を横目に、マーカスがヒョイっと気軽に持ち上げる。

「マコトサーン キンニクハ セイギ ヨ!」
 そう言って笑いながら、事もなげにラックに設置していく。

 うーん、規格外。

 俺も筋トレ始めようかな……。

 美奈ちゃんは
「Sweet!(すごーい!)」
 と言ってマーカスが作った二の腕の力こぶにぶら下がっている。

 やっぱりジム通おうかな……。

 とは言え全部で80台もあるからマーカス一人に頼っていられない。
 俺はコリンとチームを組んで二人がかりでラックのレールにはめていく。

 これだけで午前がつぶれてしまった。設置するだけで大変なAIシステムってすごいスケールだな。
 
「Let's go out for lunch! (ランチ食べに行こうよ!)」

 俺はそう言ってみんなをお昼に誘った。

 すると、由香ちゃんが、

「あれ? この小さな箱はいいんですか?」
 と、隅っこの小さな段ボールを指さす。

「ん? 何それ?」

 俺は箱を開けて顔が青くなった。
 中にはたくさんの増設メモリがずらっと並んで入っていたのだ。

「うわ! メモリ増設するの忘れていた!!」

 マーティンが駆け寄ってきて、

「Holy cow! (なんてこった!)」
 と、頭を抱えている。

 計画では、50台のAIチップサーバーに増設メモリを挿してからラックに設置する予定だったのを、すっかり忘れていた。
 当然ラックに設置したままではメモリは挿せない。一度取り外さないとならない。
 3時間かけて取り付けた物をもう一度全部取り外して再設置……気が遠くなる。

「誠さん! 何してくれてんのよ!」
 美奈ちゃんがプリプリしながら俺をなじる。

「ゴメンよ、すっかり忘れてたよ……」
「私はもう力仕事なんてできないわよ!」

 いや、君は応援してただけじゃないか……と思ったが、応援は応援で大切だしなぁ。
 反論できずに立ち尽くしていると、遅れてクリスがやってきた。

 美奈ちゃんの膨らんだ頬を見て、微笑みながら

「…。迷える仔羊たちよ、どうしたのです?」
 そう言うと、美奈ちゃんが訴える。

「誠がポカやったのよ! 午前の作業が台無し!」
 ここぞとばかりにアピールする美奈ちゃん。
 
 俺はうなだれて説明する、
「メモリを挿しそこなったまま設置しちゃったんだ……」
 
 そうするとクリスは、

「…。誠よ、何を言ってるんです。挿しそこなったメモリなどありませんよ」
 と、穏やかに笑った。

「いや、クリス。ここにたくさんあ……!? あれ!? ない!!」

 箱を見ると、さっきまで確かにたくさんあったメモリが……ない……。

「…。メモリはみんな挿されてますよ。さぁお昼に行きましょう」
 そう言ってクリスはみんなをねぎらってランチへといざなった。

 試しに1台起動して見ると確かに増設メモリは認識されていた。 

 クリスが挿したのか? 一瞬で?

 あっという間に50台の筐体の中にどうやって挿したのか俺には全く分からなかった。
 物理的には不可能だ。

 さらに正しい位置のスロットに正しく挿さないとメモリは認識されない。
 クリスがなぜ正しい位置を知っていたのか想像を絶する。

 ランチに行く道すがら、美奈ちゃんはご機嫌で話しかけてくる。

「あんな事できるなら、クリスに頼んだら完成したシアンが出てくるんじゃないの?」
 あんまり考えたくないが、その可能性は否定できない。
 俺が考え込んでいるとさらに追い打ちをかけてくる。

「料理番組みたいに、『はい、完成したシアンがこちらです』って後ろから出してくれるんじゃない?」
 そう言ってケタケタ笑った。
 俺はちょっとイラついて、

「いや、人類の後継者は人類が作らないとダメだ。神様に頼っちゃダメ!」
 俺がそう反駁すると、

「もう十分頼ってるじゃん」
 美奈ちゃんはそう言って意地悪な顔して笑う。

「いや、あくまでもサポートの範囲だから……」
 と、答えたものの確かに痛いところを突かれてる。

 でもまぁ、クリスに『完成したシアン出して』って頼んで出てくるとも思えないしな。
 やっぱり自分たちでやり遂げないとダメだろうな。

 と、ここまで考えて気が付いた。クリスは人類の後継者くらい自分で作れるはずなのになぜ作らないんだろう? 最初は『AI分からないから』と言ってたけど、AIシステムを相当理解してる節がある。絶対作れるね。

 ではなぜ自分で作らないで俺たちにやらせるんだろう?
 やっちゃいけない規則でもあるんだろうか?
 いやいや、神様縛る規則とかあまり現実味ないな……。

 だとすると、人類の後継者作りを人類にやらせる事そのものに意味があると考えている?

 ここにクリスが何者かを解くカギがあるかもしれない。クリスは傍観者として人類の発展を見守ることに徹する存在……つまり、実験者であり観察者ってことだな。クリスは人類を実験台にして何かを観察しているんだ。しかし、何のために?
 
 ランチにはペンネアラビアータを頼んだんだが、味がよくわからなかった。


           ◇


 午後は400Gbスイッチなどのネットワーク機器の取り付け作業から開始。

 取り付け終わると最後に、それぞれを繋ぐネットワークケーブルの配線が待っている。
 これが一番大変だった。

 事前に設計図は書いてきたものの、実際には用意してきたケーブルが短すぎたりして、てんやわんやだった。

 美奈ちゃんは短いケーブルを強引に引っ張って、

「あとチョットなのよね……えいえい!」
「No! No! Mina-chan!! (ダメダメ! 美奈ちゃん!)」
 と、マーティンに怒られていた。

 LANケーブルは引っ張ったら壊れます!

「でも長いの使うと随分余るのよね……。美しくないのよ……」
 でも、壊しちゃダメよ。

 由香ちゃんは段ボール箱を潰して縛ったり、梱包材をゴミ置き場に持っていったり後方支援だ。
 段ボール箱だけで100箱以上ある訳だから決して楽ではない。
 それでもみんなに気を配ってくれる。

「はい、誠さんどうぞ!」
 温かいお茶のペットボトルを持ってきてくれた。

 IDCの中はエアコン全開なのでめちゃくちゃ寒いのだ。
 厚着をしていないと凍死してしまう。まるで冬山だ。
 

 みんなの頑張りで夕方にはラック設置作業は完了。
 続いて動作チェックに入る。

「Oh! line B34-G55 seems dead! (接続が死んでる!)」
 マーティンが叫ぶ。

 俺は指定のケーブルを探すが……無数に並ぶケーブルの山でどれだかわからん!
 総出でケーブル探しである。

「見つけたわよ!」
 美奈ちゃん、お手柄である。

 でも、そこ、美奈ちゃんの担当だよね?

「これも引っ張って壊しちゃったんじゃないの?
「濡れぎぬよ! 濡れぎぬ!」
 そう言いながら目を合わそうとしない。

 ケーブルを変えたら繋がったのでやはりケーブルの問題のようだ。
「ケーブルは精密品だからね、要注意!」
「アイアイアサー!」
 美奈ちゃんは敬礼して答えるが目は合わそうとしない。も~!
 
 その後も何カ所か不具合があり、その度に試行錯誤しながら直していった。
 結局朝から頑張って終わったのは深夜、皆もうへとへとである。

 でも、マーティンを見ると……ラックを見てうっとりとしている。
 12本に渡るラックにキラキラと明滅する一面のLEDランプ群は、苦労してきた我々にとってはイルミネーションの様に美しい。

 AIチップを使ったので12本で済んでいるが、計算能力自体はラック100本分に相当する。
 まさに人類の英知を凝縮した至高の12本のラック、人類の後継者にふさわしい佇まいである。

 ここにAIの魂を宿すのだ!

「The future of humanity is here!(人類の未来はここにある!)」
 俺がそう声を上げると、

「Yeah!」「There you go!」「Woo-hoo!」
 そう言いながらみんなでハイタッチをやりあった。
 
 見てろよ、シアン、人類が人類の手でお前に翼を与えてやる! 
 
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