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人類を継ぐ者
34.黄泉がえりの第三岩屋
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翌日、由香ちゃんがやってきて、赤ちゃんの部屋で採血を行った。
クリスが丁寧に由香ちゃんの左腕に注射針を入れ、血を取り出す。
由香ちゃんも1リットル。身体小さい分俺よりも負担は大きそうだ。
血を抜きながらクリスは癒しの技で由香ちゃんの造血をフォローする。
癒されながら淡い光の中で由香ちゃんは言った。
「クリスさん、昨日の未来の私の話、一体どういう事なんでしょうね?」
「…。私もなぜ、彼女があんなことを言い出したのか分からないのです」
「未来の私は何かすごい伝えたがっていましたよね」
「…。そうでしたね。でも本当に伝えてしまったら因果律が狂ってしまうので伝える内容がなくなって、そもそも伝えなくなってしまうので、伝える事自体ができないのかと」
「なるほど……つまり、具体的な事は結局何一つ言えないんですね」
「…。そうですね。それに未来の可能性は無限大です。昨日出てきた彼女もその無限の可能性の一つに過ぎません。だからヤバい人が居るというのも当たってるかどうか怪しいとは思っています」
「でも、当たっている可能性もそこそこありますよね……」
「…。ありますね……」
俺が横から口を出す。
「もう一回呼んでみたらどうかな?」
クリスはちらっと俺を見ると言いにくそうに答えた。
「…。実は……すでに昨晩密かに呼んでいるんです」
「え~!なんて言ってました?」
由香ちゃんが驚いて聞く。
「…。『ヤバい人なんていない』って言ってました」
「それってどういう事?」
「…。未来の可能性は無限大なので、最初に出てきた彼女とは違う未来を生きた人が出てきたという事ですね」
「ヤバい人が居ない未来もあるって事ですね」
「…。ただ……ヤバい人が居るという未来がある事の意味は重いんですよ。いるけど発現しない事は考えられますが、その逆はないので……。あるとすれば嘘をついたという事ですが……」
「嘘をついてる感じじゃなかったなぁ」
「…。そうなんですよね……」
クリスは由香ちゃんを癒しながら目を瞑って思索にふけった。
しかし、納得いく結論は出ないようだった。
俺は血を採り終わった採血バッグを人工胎盤の上にかけて、古い血を捨てて新たに注入した。
赤ちゃんに必要な栄養は主に点滴の要領で人工胎盤経由で与えていく。酸素は人工胎盤に繋がった簡易な人工肺を使い酸素ボンベから与える。
そして、簡単な透析装置を使って人工胎盤の血は浄化される。ここで赤ちゃんの尿はこし取られるのだ。
でも、ミネラルや微量のホルモンや血液の健全性を保つためには血は新しい方がいい。
俺と由香ちゃんは変わりばんこで血を1リットルずつ提供し続けるしかない。
クリスは人工胎盤に癒しをかけ、感染症にならない様に血液の免疫を活性化させた。
赤ちゃんを見ると心持ち大きくなっているようだ。
クリスに聞くと実は成長を促進させるスキルを持っているらしく、赤ちゃんを普通より速く成長させる事もできるらしい。
このペースだとあと3か月で出産となる。
断酒もあと3か月である。
◇
寝る時間になり洗面所で準備する俺に、珍しくクリスが声をかけてきた。
「…。誠、ちょっといいかな?」
「ん? いいよ、何かな?」
俺は歯磨きを止めて答えた。
「…。もし、私が倒れるような事があったら行って欲しい所がある」
「倒れる事って……。ま、いいや、どこへ行くんだい?」
「…。江ノ島に洞窟があるだろう?」
「あ、あるね、昔行ったよ。江戸時代の石仏が並んでた」
「…。第一岩屋と第二岩屋とあるんだが、実はさらに向こうに隠された第三岩屋も有るんだ」
「え? そうなの? 全然気づかなかった」
「…。そこは大潮の干潮の時に入口がちょっとだけ顔を出す。普通は行けない」
「もしかして……そこに行くの?」
なんだか凄い命がけのアタックが必要な予感……。
「…。そうだ。その中に石仏があるんだが、その指さす先に行って欲しい」
「行くと何があるの?」
「…。行けば分かる」
行かないとわからない……のね。
「ま、クリスが倒れなきゃいいんだよね」
「…。そうなんだが、ヤバい人と言うのが気になっている」
いつも自信満々のクリスには珍しく慎重である。
「そもそもクリスにとってヤバい人なんているの?」
「…。人間は脅威にはならないね」
そう言って自信を見せる。
「殺されても3日後に復活するんでしょ?」
「…。ははは、まぁ3日もかからないよ」
「なら、倒される心配なんてないじゃん」
俺は少し安堵して笑った。
「…。敵が……人間だったらね……」
クリスが渋い顔で言う。
「え? 人間じゃない人がうちのチームにいるってこと?」
「…。もちろん、メンバーは全員スクリーニング済みだ。怪しい人はいない」
「だったら……」
「…。偽装されている可能性は排除できない」
そう言ってクリスは目をつむって首を振る。
「クリスを騙せるほどの敵がいる可能性……か……」
「…。万が一そういう場合になったら岩屋へ行ってほしい」
「うーん、分かった! 行ってみるよ!」
クリスは俺の目をまっすぐに見て言った。
「…。頼んだよ」
俺は笑顔でうなずいて返す。
神様に頼みごとされるなんて凄い不思議だ。
しかし……神様にも解決できないような事態で俺が役に立てるんだろうか……。
自室に戻るクリスの後姿を見ながら心細くなった。
いろんな意味で『ヤバい人』というなら美奈ちゃんだよな、お騒がせな女神様。
しかし、彼女が豹変してクリスを倒す? うーん、イメージ湧かないなぁ。
そもそもクリスを倒せるような人なら、親友の麻里ちゃんを襲ったレイプ犯くらい瞬殺してそうなもんだしな。
特別な力はないっていうのは確定してる……いや、それも偽装してたらわからんか。
クリスも分からないこと、俺が分かるわけないか。
歯ブラシを動かしながら第三岩屋をさっそく検索してみたが、ネットにはない。
多分秘密の洞窟なのだろう。
あそこは結構波が高い。大潮の時でしか行けないような所、命がけだ。ちょっと行きたくないなぁ……。
クリスには元気でいてもらわないと……。
クリスが丁寧に由香ちゃんの左腕に注射針を入れ、血を取り出す。
由香ちゃんも1リットル。身体小さい分俺よりも負担は大きそうだ。
血を抜きながらクリスは癒しの技で由香ちゃんの造血をフォローする。
癒されながら淡い光の中で由香ちゃんは言った。
「クリスさん、昨日の未来の私の話、一体どういう事なんでしょうね?」
「…。私もなぜ、彼女があんなことを言い出したのか分からないのです」
「未来の私は何かすごい伝えたがっていましたよね」
「…。そうでしたね。でも本当に伝えてしまったら因果律が狂ってしまうので伝える内容がなくなって、そもそも伝えなくなってしまうので、伝える事自体ができないのかと」
「なるほど……つまり、具体的な事は結局何一つ言えないんですね」
「…。そうですね。それに未来の可能性は無限大です。昨日出てきた彼女もその無限の可能性の一つに過ぎません。だからヤバい人が居るというのも当たってるかどうか怪しいとは思っています」
「でも、当たっている可能性もそこそこありますよね……」
「…。ありますね……」
俺が横から口を出す。
「もう一回呼んでみたらどうかな?」
クリスはちらっと俺を見ると言いにくそうに答えた。
「…。実は……すでに昨晩密かに呼んでいるんです」
「え~!なんて言ってました?」
由香ちゃんが驚いて聞く。
「…。『ヤバい人なんていない』って言ってました」
「それってどういう事?」
「…。未来の可能性は無限大なので、最初に出てきた彼女とは違う未来を生きた人が出てきたという事ですね」
「ヤバい人が居ない未来もあるって事ですね」
「…。ただ……ヤバい人が居るという未来がある事の意味は重いんですよ。いるけど発現しない事は考えられますが、その逆はないので……。あるとすれば嘘をついたという事ですが……」
「嘘をついてる感じじゃなかったなぁ」
「…。そうなんですよね……」
クリスは由香ちゃんを癒しながら目を瞑って思索にふけった。
しかし、納得いく結論は出ないようだった。
俺は血を採り終わった採血バッグを人工胎盤の上にかけて、古い血を捨てて新たに注入した。
赤ちゃんに必要な栄養は主に点滴の要領で人工胎盤経由で与えていく。酸素は人工胎盤に繋がった簡易な人工肺を使い酸素ボンベから与える。
そして、簡単な透析装置を使って人工胎盤の血は浄化される。ここで赤ちゃんの尿はこし取られるのだ。
でも、ミネラルや微量のホルモンや血液の健全性を保つためには血は新しい方がいい。
俺と由香ちゃんは変わりばんこで血を1リットルずつ提供し続けるしかない。
クリスは人工胎盤に癒しをかけ、感染症にならない様に血液の免疫を活性化させた。
赤ちゃんを見ると心持ち大きくなっているようだ。
クリスに聞くと実は成長を促進させるスキルを持っているらしく、赤ちゃんを普通より速く成長させる事もできるらしい。
このペースだとあと3か月で出産となる。
断酒もあと3か月である。
◇
寝る時間になり洗面所で準備する俺に、珍しくクリスが声をかけてきた。
「…。誠、ちょっといいかな?」
「ん? いいよ、何かな?」
俺は歯磨きを止めて答えた。
「…。もし、私が倒れるような事があったら行って欲しい所がある」
「倒れる事って……。ま、いいや、どこへ行くんだい?」
「…。江ノ島に洞窟があるだろう?」
「あ、あるね、昔行ったよ。江戸時代の石仏が並んでた」
「…。第一岩屋と第二岩屋とあるんだが、実はさらに向こうに隠された第三岩屋も有るんだ」
「え? そうなの? 全然気づかなかった」
「…。そこは大潮の干潮の時に入口がちょっとだけ顔を出す。普通は行けない」
「もしかして……そこに行くの?」
なんだか凄い命がけのアタックが必要な予感……。
「…。そうだ。その中に石仏があるんだが、その指さす先に行って欲しい」
「行くと何があるの?」
「…。行けば分かる」
行かないとわからない……のね。
「ま、クリスが倒れなきゃいいんだよね」
「…。そうなんだが、ヤバい人と言うのが気になっている」
いつも自信満々のクリスには珍しく慎重である。
「そもそもクリスにとってヤバい人なんているの?」
「…。人間は脅威にはならないね」
そう言って自信を見せる。
「殺されても3日後に復活するんでしょ?」
「…。ははは、まぁ3日もかからないよ」
「なら、倒される心配なんてないじゃん」
俺は少し安堵して笑った。
「…。敵が……人間だったらね……」
クリスが渋い顔で言う。
「え? 人間じゃない人がうちのチームにいるってこと?」
「…。もちろん、メンバーは全員スクリーニング済みだ。怪しい人はいない」
「だったら……」
「…。偽装されている可能性は排除できない」
そう言ってクリスは目をつむって首を振る。
「クリスを騙せるほどの敵がいる可能性……か……」
「…。万が一そういう場合になったら岩屋へ行ってほしい」
「うーん、分かった! 行ってみるよ!」
クリスは俺の目をまっすぐに見て言った。
「…。頼んだよ」
俺は笑顔でうなずいて返す。
神様に頼みごとされるなんて凄い不思議だ。
しかし……神様にも解決できないような事態で俺が役に立てるんだろうか……。
自室に戻るクリスの後姿を見ながら心細くなった。
いろんな意味で『ヤバい人』というなら美奈ちゃんだよな、お騒がせな女神様。
しかし、彼女が豹変してクリスを倒す? うーん、イメージ湧かないなぁ。
そもそもクリスを倒せるような人なら、親友の麻里ちゃんを襲ったレイプ犯くらい瞬殺してそうなもんだしな。
特別な力はないっていうのは確定してる……いや、それも偽装してたらわからんか。
クリスも分からないこと、俺が分かるわけないか。
歯ブラシを動かしながら第三岩屋をさっそく検索してみたが、ネットにはない。
多分秘密の洞窟なのだろう。
あそこは結構波が高い。大潮の時でしか行けないような所、命がけだ。ちょっと行きたくないなぁ……。
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