キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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深層後継社 起業

13.思索の煌めき

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 超高級ホテルのだだっ広いボールルームで俺はフラッシュを浴びていた――――

 田中修司社長、俺、そしてマーカスが手を重ねて、沢山の記者のカメラの砲列で無限にシャッターが切られている。株式会社Deep Childと太陽興産の資本業務提携の記者会見を開いたのだ。
 AIの第一人者マーカスが来日するだけでもニュースになるのに、そのマーカスの会社にただの貿易会社が100億円投資するというのだからみんなビックリだ。

 記者から質問が飛ぶ
「田中社長、なぜ貿易会社がAIに投資するんですか?」
「君は馬鹿かね? 時代はAIだよ。どんな業界であれAIを制した物がテイクオールする時代に『貿易会社だからAI投資しない』なんて判断は無い。Deep Childさんの所のAIは凄い、このAIを使えば貿易事業も大きく飛躍できるし、AIそのものでも莫大な利益が考えられる。こんないい話やる以外ないだろう」
 親父さんがこう断言すると記者も黙ってしまった。正論だからな。

 続いて俺に質問。
「神崎社長、マーカスという大物をどうやって連れてこれたんですか?」
「彼は日本のアニメが大好きで、彼にとって日本は聖地らしいんですよね。聖地で仕事できるなら良いと思ったんじゃないでしょうか? また、我々は潤沢な資金で彼の活動を全面的にバックアップしますから彼としては言う事ないんじゃないでしょうか?」

 マーカスにも質問が飛ぶ
「Why did you join Deep Child? (なぜDeep Childに? )」
「ワタシ、ニホンゴチョットデキル!」
「あ、それでは、Deep Childに入った理由を教えてください」
「Deep Childサイコウ! ニホン サイコウネ!」
 そう言ってニカっと笑い、腕を組んで筋肉を誇示した。

「……。ありがとうございました……」
 マーカス、分かっててわざとはぐらかしてるだろ……。
 
 AIの第一人者マーカスの会社に出資を決めたニュースはマーケットでは好感され、株価はストップ高に達した。この日だけで100億円時価総額は増えてしまったのだ。まさにWin-Winな関係である。
 


            ◇


 
 その翌日、AIチップのエンジニア、マーティンと、マーカスの友人二人コリン(Colin)とデビッド(David)が日本にやってきた。
 
 今日はキックオフミーティング
 いよいよ開発が始まる。
 
 緊張するが社長として彼らを率いねばならない――――

 会議室に集まった皆を前に大きな声で笑顔で話す。

「Hey Guys! Thank you for your joining us! (来てくれてありがとう! )」

「Yeah!」「Yeah!」「Yeah!」

 なんだ、みんな随分テンション高いな!

 マーカスがスクっと立ちあがると、
「Hey guys! Let's pump it up!(ヤルゾ―――――!!! )」
「Yeah―――――!!!」「Yeah―――――!!!」「Yeah―――――!!!」
 全員総立ちである。
 
 あー、元気で宜しい。
 
 具体的な進め方についてホワイトボードに書きながら拙い英語で説明していった。
 
 AIの学習に無脳症の赤ちゃんを使うといってもいきなりは無理だ。
 
 まずは仮想現実空間を作り、その中で単純なロボットを動かして、それを使って学習させる。
 それがうまく行ったら次はマウスを使って学習。
 AIをマウスの身体に接続し、AIが自由にマウスの身体で現実世界を感じ、マウスの身体を動かすのだ。
 
 それもうまく行ったら最後に無脳症の赤ちゃんを使わせてもらう。
 
 結構道のりは遠い。
 
  
 また、AIの構成については図を元にみんなに説明し、センサーから得たデータをディープラーニングの組み合わせでどうやって理解にまで導くのかを解説した。(※)
 
「Oh! マコトサン! Smashing!「事象認識」ガ Loopシテル ココ イイデス!」
 マーカスは俺のプランを気に入ってくれて他のメンバーにどこが良いのかを情熱的に説明してくれた。

 ただ、問題点も次々と指摘されてしまう。
 
 最終的には、最初からパーフェクトな物は作れないので一歩一歩やって解決して行こうという事でまとまった。
 
 マーカスは各認識モジュールの開発、マーティンはAIチップを使った実装、コリンとデビッドは仮想現実空間とロボットの実装を担当する事になった。
 それぞれ相当に重い仕事ではあり、一般のエンジニアではビビるレベルだ。だが、彼らにとっては楽しい遊びみたいなんだろう、皆キラキラした瞳でこれからのプランを語ってくれた。



             ◇

 
 さて、環境整備からやるぞ!
 という事で、俺とマーティンはタクシーで品川のIDCに行く。

 マーティンは白い肌に赤い毛がもじゃっとしたスマートなイケメン。グレーのパーカーを羽織り、いかにもハッカーと言う風情だ。

 IDCに入ると……寒い。サーバーは熱に弱いので冷房は常にガンガンにかかっているのだ。図書館の本棚の様に整列されてずらーっと並ぶサーバーラック群からはゴウンゴウンという冷却ファンのノイズが流れ出してくる。

 ここにあるサーバーの一つ一つがスマホアプリだったりWebページだったりを世界に向けて発信している……つまりここはインターネットの工場ともいえる場所なのだ。今回はここにラックを2本借りてAIチップのサーバー群を設置する。

 AIチップは従来のGPUの10倍くらいの処理速度を誇っている。2ラックだけでも20ラック分のパワーがあるという訳だ。
 このパワーはエンジニアにとっては垂涎ものである。

 開梱して、運んで、設置して、配線してを20回くらい繰り返し、ようやく作業終了! マーティンがキーボードを叩いて動作確認に入った。

 カタ、カタカタカタ……ターン
 カタカタカタ、ターン

「Perfect!(完璧!)」
 マーティンはニヤッと笑うと、キーボードをターン!と叩く。

 すると、サーバーのLED群が一斉に明滅を始めた――――

 まるで命を込められたかのように数億円の電子頭脳は今、輝きを放ち始めたのだ。この輝きの一つ一つが深層後継者シアンの思索となる。

 シアンが完成したらここは人類の聖地として崇められるだろう。品川の寒くてうるさいIDCが人類の歴史を作っていくのだ。



           ◇


 
 オフィスに戻ると皆真剣にキーボードを叩いている。
 
 いい雰囲気だ、頑張ってくれよ~

 俺ができるのは……環境整備……くらいかな?
 
 買ったばかりのオーディオセットでスローなジャズを流す――――

 歪みのないすっきりとしたベースの低音に、伸びのある高音のサックスが部屋を満たす。
 気持ちいいお洒落な空間の出来上がり。

 次は……珈琲かな?

 珈琲豆を冷凍庫から出してきてミルで丁寧に粗挽きをしてみる。ふわぁと少し焦げたような珈琲の香りが立ち上る。

 おぉ……いいね……

 実は珈琲は飲む時よりもこの瞬間の方が好きだ。この瞬間のために珈琲を入れているようなものだ。脳髄を揺るがす官能な香り……。これだから珈琲は止められない。

 香りに引き寄せられて美奈ちゃんがやってくる。

「誠さん、珈琲入れるの? 美奈にもちょうだい!」
 ニコニコしながらせがんでくる。

「はいはい、ちょっと待っててね!」
 ミル挽く腕にも力が入る。

 すると、クリスが現れて珈琲豆を摘まんでポリポリ食べはじめた。

「えっ!? 珈琲豆って食べて大丈夫なの!?」
 俺が驚いていると、

「…。スマトラ島のマンデリンだね。いい豆だ」
 と、ニコニコしている。

 それを見てた美奈ちゃんも

「私も~!」
 と言って珈琲豆を食べ始めた。

「え~!? ちょっと! 今入れるから待ってて!!」

 するとマーカス達も集まってきて

「Oh! Japanese style!(日本式だ!)」
 と言って次々と珈琲豆を食べ始めた。
 いかん! 日本文化が誤解されている!

「NO! NO! It’s Chris style!(違う! クリス式だよ!)」

「オー! オイシイ ネー!」
 マーカスは無駄に上腕二頭筋を膨らまして喜んでいる。
 マーティン達もみんな喜んで次々と珈琲豆をつまんでいる。

 …… んー? 本当に美味いの???

 俺も恐る恐る豆を一粒つまんで食べてみた――――
 
 ……あれ?……美味い。

 上質なエスプレッソを飲んだ時の様な濃厚な珈琲の旨味がガツンとダイレクトに入ってくる。悪くないかも知れない……

「なんだ、凄い美味いじゃないか!」

 みんなで結構な量の珈琲豆を食べてしまった。

 でも、なぜ普通は珈琲豆を食べないのかすぐに理由が分かった。珈琲豆の破片がいつまでも口の中に残って気持ち悪いのだ。

「うぇぇ~」
 美奈ちゃんは渋い顔してちょっと舌を出してる。

 やっぱりこれからは普通に入れよう。




――――――――

※補足 (ストーリーには関係ない技術的補足です)

 今の人工知能はディープラーニングがメインだが、ディープラーニングはパターン認識しかできない。つまり、「似たような物」を探すのは凄い得意で人間を凌駕しているが、逆に言うと似たような物を探す事しかできない。囲碁や将棋が強いのも単に優位になった過去のパターンを膨大に学習してるからなだけに過ぎない。

 例えばサッカーのシュートシーンを見せた時に、ディープラーニングはこのシーンはサッカーのシーンとは判断してくれるものの、なぜFWがボールを蹴っているのか、なぜキーパーは止めようとしているのかは全く認識できない。

 さすがにこれを『知能』とは呼べない。

 そこで、誠はディープラーニングのモジュールを複数組み合わせ、各モジュール内では単に似たものを探す事しかしていないにもかかわらず、全体では事象を理解できる様な情報処理システムを考案した。




 具体的には図1における「要素抽出」、「意図認識」、「シーン認識」、「事象認識」が似たものを探すディープラーニングモジュールになっている。ここではサッカーのシュートシーンの画像をそれぞれの要素に分解して過去の似たようなケースと比較して、例えば「サッカーボール」、「キーパー」、「FWの選手」、「ボールを蹴る選手」と言ったようなありとあらゆる切り取り方でシーンの要素を抽出する。

 抽出した要素は「シーン認識」モジュールで似たような要素で構成されるシーンを沢山洗い出してくる。例えば「サッカー」、「喧嘩」、「祭り」などである。
 さらに「意図認識」モジュールではシーンと要素の組み合わせを用いて過去のデータからどういう意図のアクションに似ているかを洗いだしてくる。
 これら複数の要素、シーン、意図がそれぞれ妥当なレベルにマッチするまで事象認識モジュールは何度も照合を続ける。
 その結果、最終的に一番妥当性が高い解、「サッカー」のシーンにおいて「キーパーがセーブしようとしている」、「FWの選手がシュートしている」
が選ばれる。
 これができれば広い意味で知能と呼んで構わないだろう。




 理解が終わったら次に行動である。図2に簡単な流れ図を書いた。行動には意欲が必要だ。つまり人間であれば情動であったり責務であったり何らかの世界に対する意欲が重要になる。誠のシステムでは理解内容が自分、および自分が所属するコミュニティにおいてどういう価値があるのかを評価し、その評価内容から可能性のある行動を全部洗いだす。
 続いてそれぞれの行動について、行った場合どういう影響があるのかを評価する。そして最終的にコストとリスクと嬉しさについて評価し、最終案を選択する。この例では「応援」する事を選択した。

 ただ、人間は常に学習しながら動いている。つまり推論しながらも同時に新たに学んでいる。だから学習プロセスを同時に動かす仕組みを別途組み込まないといけない。また、現実世界では常に新しいイベントがとめどなく発生している。だから時系列処理が必要になる。つまり、どこからどこまでの空間、時間を一つのシーンとするのか? それが時間的に前後や空間的に近隣のシーンとどれだけ関係しているのか? も評価対象にしなくてはならない。

 これらは簡単な問題ではないが、膨大なコンピューターパワーでいつかは実装できてしまう日がやってくる。そしてそれがシンギュラリティなのだ。

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