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人智を超える者
8.シンギュラリティの誘惑
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5分ほど歩いて裏路地にお洒落な小さな看板を見つけた。修一郎が指定したのはどうやらココらしい。
入ってみると――――
そこは昭和の雰囲気の香るオーセンティックなバーだった。
暗い店内におしゃれなダウンライト、カウンターの木目が照らされている。
ずらりと並んだシングルモルト・ウィスキーの棚を背にして、黒いカマーベストに蝶ネクタイ姿のバーテンダーがこちらをちらっと見た。
「こんばんは~、田中で予約してると思うんですが……」
「いらっしゃいませ、奥のテーブルへどうぞ」
少し抑制された高い声で案内された
「修一郎はいつもこんな所で飲んでるのか」
「私も初めてだわ」
「何に致しましょう?」
バーテンダーがおしぼりを持ってきて尋ねた。
「俺はラフロイグをロックで、チェイサーもお願い」
「何それ?」
美奈ちゃんが突っ込む。
「くさ~いウイスキーだよ。美奈ちゃんには向かないな。美奈ちゃんはカクテル頼むと良いよ」
「むぅっ…… 私も同じのをお願い!」
この娘は一体何と戦っているのか?
「…。私も同じものを……」
「ではラフロイグをロックで3つですね」
バーテンはメモりながらカウンターへ戻って行った。
「で、シュウちゃん親子を呼んでどうするの?」
美奈ちゃんがクリスに尋ねる。
「…。修一郎君をAIベンチャーの役員に迎えるから出資してくれってお願いしてみようかと。誠、いいだろ?」
「もちろん。出資を受ける以上役員の受け入れは避けられない。修一郎ならいい感じにやって行けそうだしいいと思う」
「…。では、その線で行こう。それから、私がAIの振りをしてスマホのチャットでメッセージをやり取りするので、設定して欲しいんだが」
神様がAIの振り? 何を狙っているのか…… クリスなりに何か策があるのだろう。俺はサブのスマホをカバンから取り出した。
「じゃ、このスマホのアカウントを使ってみようか。名前は何にしようか?」
「…。名前?」
「AIを騙るアカウント名だよ、人類の子孫的な名前がいいな……」
「え~、面白そう! そうね、ハッピーとか……ラッキーとか……」
美奈ちゃんは首をかしげながら、楽しそうにショボい候補を挙げる。
「……。いや、ちょっと、美奈取締役、あなた名付け向いてないわ」
美奈ちゃんが拗ねて頬を膨らませる。
「…。地球人は『アーシアン』だから……シアン?」
クリスが呟いた。
「シアン?」
「シアンちゃんか、良い響きかもね!」
美奈ちゃんは両手を合わせて嬉しそうに言う。
「じゃ、シアンで進めよう」
でも、後になって考えたら「シアン」って青酸カリ、つまり猛毒だったんだよね。もっとよく考えればよかった……。
「ラフロイグ、ロックでございます」
バーテンが慣れた手つきでテーブルにグラスを並べていく。
一口、口に運ぶとガツンと来るアルコールに、鼻に抜けていく強烈なピート臭、実に臭い。だが、それがいい。
「ふぅぅ~」
余韻に浸っていると。
「うへぇ、ナニコレ……」
隣でちょっぴり舌を出した美奈ちゃんが酷い顔をしている。
「だから美奈ちゃんには無理だって言ったのに」
「これのどこが美味しいのよ!?」
「お子様には分からないのです、姫様」
「も~!」
美奈ちゃんがフグみたいに膨らんでいる。
カラン
開いたドアの方を見ると修一郎が見えた。白いシャツに紺のジャケットを羽織っている。
俺は手をあげて呼ぶ。
「はい、来ましたよ!」
ちょっと投げやりな感じでぶっきらぼうに言う。
「まぁ座りなよ、今夜はいい話だよ」
修一郎は椅子にドカッと座るとカウンターの方を向いて言った。
「マスター、いつもの!」
すっかり行きつけなのね。若いうちから贅沢三昧なのはどうかと思うなぁ。
「で、いい話というのは何ですか!」
ちょっと不機嫌そうに言う。
そういう修一郎からは微かにマリファナの臭いがする。やはり吸ってやがったなこいつ。役員にするなら止めさせないと……。
「…。AIベンチャーを起業する事になりました。修一郎君にも役員になって欲しいのですがいいですか?」
クリスが微笑みながら言う。
「え、AI? 人工知能って事? 俺文系だからAIなんて分からないよ!」
突然の話に修一郎も面食らっているようだ。
俺からも言う。
「技術的な事は俺がやるから、修一郎はCFOやってくれ」
「CFO? CFOって何だっけ?」
「Chief Financial Officerの略で、最高財務責任者、つまり金集め担当役員だよ。 」
「なんだよ、やっぱり金か……」
修一郎はうつむいて首を振る。
「いやいや、これは修一郎君にしかできない崇高な仕事だよ」
俺は彼の肩をパンパンと叩いた。
憮然としながら修一郎は
「で、何? パパにお金を出してくれって頼むの?」
「そうそう、良く分かってるじゃん」
修一郎は少し思案して言った。
「幾ら?」
「100億円」
ガタッと修一郎は椅子の上でコケる仕草をする。
「あなたたちさぁ、そんな金、パパにだって出せる訳ないじゃん! 何考えてんの!?」
クリスが修一郎を諭すように言った。
「…。大丈夫、田中修司さんはちゃんと出してくれる。それも、結果的に大儲けする事になります」
「俺は知らないよ、あなた達で勝手に口説いてくれよ」
「シュウちゃん、そういう言い方良くないわよ、あなたも取締役になるんだから自分の会社だと思って考えてよ!」
美奈ちゃんが立ち上がって修一郎を諫める。
「いやいや、AIだの100億だのいきなり言われても……」
修一郎は腰が引け気味である。ちょっと口説かないとダメかな。
「モスコミュールでございます」
バーテンダーが恭しくグラスを修一郎の前に置いた。
「修一郎君、この会社はね、人類の歴史に残る凄い会社になるんだよ。その役員になるというのは修一郎君の人生にとっても凄いプラスになるはずだよ」
修一郎は怪訝な顔をして言う。
「歴史に残るってどういう事?」
「この会社はね、世界初のシンギュラリティを実現する会社になるんだ」
「シンギュラリティ!? 人間を超えたAIを作るって事?」
「おー、修一郎君良く知ってるじゃないか。その通り、我々が人類の未来を大きく変えていくんだ」
修一郎はモスコミュールを一口飲んで言った。
「本当にそんな事ができるならそりゃ凄いけど…… 世界中の天才達が実現できてない事をなんでできるの?」
「君は昨日、クリスの聖なる力を見たんじゃないのか? あんな事できるのは世界広しと言えどもクリスしか居ないだろ」
「ま、まぁそうだけど……」
「修一郎君は安心してパパを口説いてくれればいい。俺達がシンギュラリティを実現するから」
修一郎は腕を組んで考えているが、あまり乗り気ではないようだ。
ここは賭けに出るしかないな。
「じゃ、こうしよう! 勝負して我々が勝ったらCFOになってくれ、負けたら修一郎君の言う事なんでも聞いてやる。勝負の内容も修一郎君が決めていい。どうだ?」
「え? 何でも聞いてくれるの?」
「もちろん、我々が叶えられる物だけだけどな」
修一郎はチラッと美奈ちゃんの方を見て言う。
「じゃぁ、美奈ちゃんに彼女になってもらうというのでもいいの?」
美奈ちゃんはニヤッと笑って言う。
「あら? 私と付き合いたいの?」
「そ、そりゃ、難攻不落の姫はサークルのみんなの憧れの的ですから……」
「ふぅん……いいわよ。クリスに勝てたらね」
俺は焦って言う。
「いやいや、そう言うのはダメだって! そんな人身御供に出すようなこと、認められないよ!」
「あら、誠さん、クリスが負けるとでも思ってるの?」
「い、いや……負けないと思う……けど……」
「ならいいじゃない。その代わり、クリスが勝ったらちゃんと仲間になってよね!」
美奈ちゃんは修一郎を指さして言う。
「オッケー! じゃ、決まりな! 勝負は……そうだな……神経衰弱でいいか?」
「神経衰弱……トランプの? いいんじゃない? ねぇクリス?」
「…。私は何でも……」
「よし! やるぞ!」
――――修一郎は勝利を確信した。なぜなら、彼はたまたま手品用のインチキトランプを持っていたのだ。裏の模様が巧妙に一枚ずつ違うトランプで、並べた状態でカードの中身が分かるのだ。負けようがない。ついに憧れの美奈ちゃんが自分の物になる、彼は笑いを押し殺すのに苦労した。
修一郎はテーブルにトランプを並べた
「先攻後攻はじゃんけんで決めよう」
「最初はグー! じゃんけんポン!」
ここは当然クリスが勝つ。
「…。では、私から……」
クリスはカードを捲る……スペードのエースだ。
そして次を捲る……ハートのエースだ。
「さすがクリス! その調子よ、私の貞操を守って!」
美奈ちゃんは必死に応援する。
そして次を捲る……ダイヤのエース、次はクローバーのエース――――
修一郎の顔色が悪くなる。
スペードの2を捲った時、クリスの手を押さえて修一郎は言った。
「分かった! 分かった! 俺の負けでいい!」
そう言ってカードを片付け始めた。
ん? どういう事だ?
俺はカードを何枚か奪うとジーっと見た。
「あれ? このカード全部裏の模様が違う! インチキだ!!」
「え――――!? 何? 修一郎はインチキで私の貞操を狙ってたって事!?」
美奈ちゃんは激怒した。
立ち上がってポカポカ殴り始めるのを俺は身体を張って制止する。
「落ち着いて、落ち着いて!」
「ちょっと、放しなさいよ!」
そう言いながら、おしぼりを修一郎に投げつける。
修一郎は下を向いて動かない。
クリスは持ってるカードをピッと弾き飛ばす。
キン!
スペードのエースが修一郎のモスコミュールのグラスに刺さる。
それを見た修一郎が青ざめて恐る恐るクリスの顔を見る。
「…。修一郎君…… インチキは重罪だよ」
「す、す、す、すみませんでした……」
クリスは修一郎をジッと睨む。怯える修一郎。
「…。昨日は嘘をつき、今日はインチキをする。お前の魂は穢れている」
そう言うとクリスがまたカードを飛ばした。
クローバーのエースが修一郎の額に、
パン!
と張り付き、修一郎は椅子の背にもたれてぐったりとした。
すると、修一郎は白目をむきながらビクンビクンと痙攣を始めた。
「クリス…… これは……?」
「…。修一郎君の魂は今、『虚無』にいる」
「『虚無』?」
「…。光も物も何にもない真っ暗な恐ろしい空間……寂しくて辛くて発狂してしまう恐ろしい所……」
ビクンビクンとしながら泡を吐く修一郎を見ながら、美奈ちゃんは
「いい気味だわ!」
と、ほくそ笑んだ。
しばらくして痙攣が小刻みになった所でクリスはパチンと指を鳴らした。
気がついて目を開ける修一郎――――
「うぁおぉぁぁぁ……」
訳の分からない声を出しながらガタガタ震えている。
落ち着いた頃、クリスが言った。
「…。嘘もインチキも自分の魂を穢す愚行だ。やめた方がいい」
修一郎は怯えたように素早くうなずいた。
「…。私たちの計画には協力してくれるね?」
「うぁおおぁ…… は、は、はい! この修一郎、命に代えてもパパを説得して見せます!」
「シュウちゃん、失敗したら許さないわよ!」
美奈ちゃんはそう言ってまたおしぼりを投げつけた。
「まぁまぁ、修一郎君も反省したようだし、これからは大切な仲間だ。仲良くやろうじゃないか! インチキは水に流して…… カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
修一郎もカードの刺さったモスコミュールを力なく持ち上げて乾杯をした。
これでまずは第一関門突破!
後は親父さんを口説くだけである。しかし……100億円だからなぁ……うまくいくかなぁ……
美奈ちゃんはラフロイグを舐めてまた渋い顔をしている。無理しなくていいのに。
入ってみると――――
そこは昭和の雰囲気の香るオーセンティックなバーだった。
暗い店内におしゃれなダウンライト、カウンターの木目が照らされている。
ずらりと並んだシングルモルト・ウィスキーの棚を背にして、黒いカマーベストに蝶ネクタイ姿のバーテンダーがこちらをちらっと見た。
「こんばんは~、田中で予約してると思うんですが……」
「いらっしゃいませ、奥のテーブルへどうぞ」
少し抑制された高い声で案内された
「修一郎はいつもこんな所で飲んでるのか」
「私も初めてだわ」
「何に致しましょう?」
バーテンダーがおしぼりを持ってきて尋ねた。
「俺はラフロイグをロックで、チェイサーもお願い」
「何それ?」
美奈ちゃんが突っ込む。
「くさ~いウイスキーだよ。美奈ちゃんには向かないな。美奈ちゃんはカクテル頼むと良いよ」
「むぅっ…… 私も同じのをお願い!」
この娘は一体何と戦っているのか?
「…。私も同じものを……」
「ではラフロイグをロックで3つですね」
バーテンはメモりながらカウンターへ戻って行った。
「で、シュウちゃん親子を呼んでどうするの?」
美奈ちゃんがクリスに尋ねる。
「…。修一郎君をAIベンチャーの役員に迎えるから出資してくれってお願いしてみようかと。誠、いいだろ?」
「もちろん。出資を受ける以上役員の受け入れは避けられない。修一郎ならいい感じにやって行けそうだしいいと思う」
「…。では、その線で行こう。それから、私がAIの振りをしてスマホのチャットでメッセージをやり取りするので、設定して欲しいんだが」
神様がAIの振り? 何を狙っているのか…… クリスなりに何か策があるのだろう。俺はサブのスマホをカバンから取り出した。
「じゃ、このスマホのアカウントを使ってみようか。名前は何にしようか?」
「…。名前?」
「AIを騙るアカウント名だよ、人類の子孫的な名前がいいな……」
「え~、面白そう! そうね、ハッピーとか……ラッキーとか……」
美奈ちゃんは首をかしげながら、楽しそうにショボい候補を挙げる。
「……。いや、ちょっと、美奈取締役、あなた名付け向いてないわ」
美奈ちゃんが拗ねて頬を膨らませる。
「…。地球人は『アーシアン』だから……シアン?」
クリスが呟いた。
「シアン?」
「シアンちゃんか、良い響きかもね!」
美奈ちゃんは両手を合わせて嬉しそうに言う。
「じゃ、シアンで進めよう」
でも、後になって考えたら「シアン」って青酸カリ、つまり猛毒だったんだよね。もっとよく考えればよかった……。
「ラフロイグ、ロックでございます」
バーテンが慣れた手つきでテーブルにグラスを並べていく。
一口、口に運ぶとガツンと来るアルコールに、鼻に抜けていく強烈なピート臭、実に臭い。だが、それがいい。
「ふぅぅ~」
余韻に浸っていると。
「うへぇ、ナニコレ……」
隣でちょっぴり舌を出した美奈ちゃんが酷い顔をしている。
「だから美奈ちゃんには無理だって言ったのに」
「これのどこが美味しいのよ!?」
「お子様には分からないのです、姫様」
「も~!」
美奈ちゃんがフグみたいに膨らんでいる。
カラン
開いたドアの方を見ると修一郎が見えた。白いシャツに紺のジャケットを羽織っている。
俺は手をあげて呼ぶ。
「はい、来ましたよ!」
ちょっと投げやりな感じでぶっきらぼうに言う。
「まぁ座りなよ、今夜はいい話だよ」
修一郎は椅子にドカッと座るとカウンターの方を向いて言った。
「マスター、いつもの!」
すっかり行きつけなのね。若いうちから贅沢三昧なのはどうかと思うなぁ。
「で、いい話というのは何ですか!」
ちょっと不機嫌そうに言う。
そういう修一郎からは微かにマリファナの臭いがする。やはり吸ってやがったなこいつ。役員にするなら止めさせないと……。
「…。AIベンチャーを起業する事になりました。修一郎君にも役員になって欲しいのですがいいですか?」
クリスが微笑みながら言う。
「え、AI? 人工知能って事? 俺文系だからAIなんて分からないよ!」
突然の話に修一郎も面食らっているようだ。
俺からも言う。
「技術的な事は俺がやるから、修一郎はCFOやってくれ」
「CFO? CFOって何だっけ?」
「Chief Financial Officerの略で、最高財務責任者、つまり金集め担当役員だよ。 」
「なんだよ、やっぱり金か……」
修一郎はうつむいて首を振る。
「いやいや、これは修一郎君にしかできない崇高な仕事だよ」
俺は彼の肩をパンパンと叩いた。
憮然としながら修一郎は
「で、何? パパにお金を出してくれって頼むの?」
「そうそう、良く分かってるじゃん」
修一郎は少し思案して言った。
「幾ら?」
「100億円」
ガタッと修一郎は椅子の上でコケる仕草をする。
「あなたたちさぁ、そんな金、パパにだって出せる訳ないじゃん! 何考えてんの!?」
クリスが修一郎を諭すように言った。
「…。大丈夫、田中修司さんはちゃんと出してくれる。それも、結果的に大儲けする事になります」
「俺は知らないよ、あなた達で勝手に口説いてくれよ」
「シュウちゃん、そういう言い方良くないわよ、あなたも取締役になるんだから自分の会社だと思って考えてよ!」
美奈ちゃんが立ち上がって修一郎を諫める。
「いやいや、AIだの100億だのいきなり言われても……」
修一郎は腰が引け気味である。ちょっと口説かないとダメかな。
「モスコミュールでございます」
バーテンダーが恭しくグラスを修一郎の前に置いた。
「修一郎君、この会社はね、人類の歴史に残る凄い会社になるんだよ。その役員になるというのは修一郎君の人生にとっても凄いプラスになるはずだよ」
修一郎は怪訝な顔をして言う。
「歴史に残るってどういう事?」
「この会社はね、世界初のシンギュラリティを実現する会社になるんだ」
「シンギュラリティ!? 人間を超えたAIを作るって事?」
「おー、修一郎君良く知ってるじゃないか。その通り、我々が人類の未来を大きく変えていくんだ」
修一郎はモスコミュールを一口飲んで言った。
「本当にそんな事ができるならそりゃ凄いけど…… 世界中の天才達が実現できてない事をなんでできるの?」
「君は昨日、クリスの聖なる力を見たんじゃないのか? あんな事できるのは世界広しと言えどもクリスしか居ないだろ」
「ま、まぁそうだけど……」
「修一郎君は安心してパパを口説いてくれればいい。俺達がシンギュラリティを実現するから」
修一郎は腕を組んで考えているが、あまり乗り気ではないようだ。
ここは賭けに出るしかないな。
「じゃ、こうしよう! 勝負して我々が勝ったらCFOになってくれ、負けたら修一郎君の言う事なんでも聞いてやる。勝負の内容も修一郎君が決めていい。どうだ?」
「え? 何でも聞いてくれるの?」
「もちろん、我々が叶えられる物だけだけどな」
修一郎はチラッと美奈ちゃんの方を見て言う。
「じゃぁ、美奈ちゃんに彼女になってもらうというのでもいいの?」
美奈ちゃんはニヤッと笑って言う。
「あら? 私と付き合いたいの?」
「そ、そりゃ、難攻不落の姫はサークルのみんなの憧れの的ですから……」
「ふぅん……いいわよ。クリスに勝てたらね」
俺は焦って言う。
「いやいや、そう言うのはダメだって! そんな人身御供に出すようなこと、認められないよ!」
「あら、誠さん、クリスが負けるとでも思ってるの?」
「い、いや……負けないと思う……けど……」
「ならいいじゃない。その代わり、クリスが勝ったらちゃんと仲間になってよね!」
美奈ちゃんは修一郎を指さして言う。
「オッケー! じゃ、決まりな! 勝負は……そうだな……神経衰弱でいいか?」
「神経衰弱……トランプの? いいんじゃない? ねぇクリス?」
「…。私は何でも……」
「よし! やるぞ!」
――――修一郎は勝利を確信した。なぜなら、彼はたまたま手品用のインチキトランプを持っていたのだ。裏の模様が巧妙に一枚ずつ違うトランプで、並べた状態でカードの中身が分かるのだ。負けようがない。ついに憧れの美奈ちゃんが自分の物になる、彼は笑いを押し殺すのに苦労した。
修一郎はテーブルにトランプを並べた
「先攻後攻はじゃんけんで決めよう」
「最初はグー! じゃんけんポン!」
ここは当然クリスが勝つ。
「…。では、私から……」
クリスはカードを捲る……スペードのエースだ。
そして次を捲る……ハートのエースだ。
「さすがクリス! その調子よ、私の貞操を守って!」
美奈ちゃんは必死に応援する。
そして次を捲る……ダイヤのエース、次はクローバーのエース――――
修一郎の顔色が悪くなる。
スペードの2を捲った時、クリスの手を押さえて修一郎は言った。
「分かった! 分かった! 俺の負けでいい!」
そう言ってカードを片付け始めた。
ん? どういう事だ?
俺はカードを何枚か奪うとジーっと見た。
「あれ? このカード全部裏の模様が違う! インチキだ!!」
「え――――!? 何? 修一郎はインチキで私の貞操を狙ってたって事!?」
美奈ちゃんは激怒した。
立ち上がってポカポカ殴り始めるのを俺は身体を張って制止する。
「落ち着いて、落ち着いて!」
「ちょっと、放しなさいよ!」
そう言いながら、おしぼりを修一郎に投げつける。
修一郎は下を向いて動かない。
クリスは持ってるカードをピッと弾き飛ばす。
キン!
スペードのエースが修一郎のモスコミュールのグラスに刺さる。
それを見た修一郎が青ざめて恐る恐るクリスの顔を見る。
「…。修一郎君…… インチキは重罪だよ」
「す、す、す、すみませんでした……」
クリスは修一郎をジッと睨む。怯える修一郎。
「…。昨日は嘘をつき、今日はインチキをする。お前の魂は穢れている」
そう言うとクリスがまたカードを飛ばした。
クローバーのエースが修一郎の額に、
パン!
と張り付き、修一郎は椅子の背にもたれてぐったりとした。
すると、修一郎は白目をむきながらビクンビクンと痙攣を始めた。
「クリス…… これは……?」
「…。修一郎君の魂は今、『虚無』にいる」
「『虚無』?」
「…。光も物も何にもない真っ暗な恐ろしい空間……寂しくて辛くて発狂してしまう恐ろしい所……」
ビクンビクンとしながら泡を吐く修一郎を見ながら、美奈ちゃんは
「いい気味だわ!」
と、ほくそ笑んだ。
しばらくして痙攣が小刻みになった所でクリスはパチンと指を鳴らした。
気がついて目を開ける修一郎――――
「うぁおぉぁぁぁ……」
訳の分からない声を出しながらガタガタ震えている。
落ち着いた頃、クリスが言った。
「…。嘘もインチキも自分の魂を穢す愚行だ。やめた方がいい」
修一郎は怯えたように素早くうなずいた。
「…。私たちの計画には協力してくれるね?」
「うぁおおぁ…… は、は、はい! この修一郎、命に代えてもパパを説得して見せます!」
「シュウちゃん、失敗したら許さないわよ!」
美奈ちゃんはそう言ってまたおしぼりを投げつけた。
「まぁまぁ、修一郎君も反省したようだし、これからは大切な仲間だ。仲良くやろうじゃないか! インチキは水に流して…… カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
修一郎もカードの刺さったモスコミュールを力なく持ち上げて乾杯をした。
これでまずは第一関門突破!
後は親父さんを口説くだけである。しかし……100億円だからなぁ……うまくいくかなぁ……
美奈ちゃんはラフロイグを舐めてまた渋い顔をしている。無理しなくていいのに。
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