キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻

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人智を超える者

3.救世主を悩ますもの

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 子供達を見ると皆ソファーでゴロゴロしだしている。そろそろお眠の時間の様だ。
「さて、そろそろ帰らないとな。クリスも明日フレンチ行くだろ? 今晩はうちに泊まらないか?」
 まだまだ聞きたい事は幾らでもあるし、正体も気になるのでさり気なく誘ってみる。
 
「…。いいのか?」
「何を言ってるんだ、クリスのおかげでこんなに楽しい事になっているんだから遠慮せずにうちで飲みなおそうぜ!」
「…。なら……お言葉に甘えて……」
 
「ねぇねぇ、美奈も行っちゃダメかなぁ?」
 ちょっと首をかしげて甘い声で美奈ちゃんが割り込んできた。美奈ちゃんもクリスに興味津々なのだ。
 可愛い娘にお願いされて断れる男は居ない。

「お、俺は良いけど、クリスはどうかな?」
 
 クリスは美奈ちゃんの目をじっと見ると―――

「…。私たちに付いてきたらもう二度と今までの暮らしには戻れない……。それでもいいのか?」

 え? 一体どういう事なんだ? 単に飲みなおすだけ……だよね?
 義兄 にいさんの言っていたクリスの正体の仮説が頭をよぎる……

「丁度いいわ! 今の暮らしに飽きてきた所なのよねっ!」
 美奈ちゃんは人差し指をくるっと回してちょっと小悪魔風の笑顔でほほ笑んだ
 
「…。覚悟さえあればいいんじゃないかな」
 クリスはそう言って微笑んだ。

 覚悟? いや、ちょっと待って、ちょっと待って欲しい。何があるんだ!? 心の準備が……。俺の方がもう一度考え直したいんだが……。
 
 でも、そんな事を言いだす暇も無く撤収作業に入ってしまった。
 俺は観念して、従兄弟の車で自宅まで運んでもらった。
 

       ◇



 八丁堀にある築5年の1DKのマンションが俺の家だ。都心に近いが下町だけあって家賃が安い。
 二人をコンビニに買い出しに行かせている間に部屋を頑張って片付ける。
 ヤバい物は急いで段ボールに詰めて物置に追いやった。エイエイ!
 
 急いで掃除機をかけていると二人がやってきた――――

「あら、誠さんの部屋綺麗ねっ!」
 美奈ちゃんがずかずかと奥まで入って言った。
 
「夜寝るときに帰ってくるくらいだからね。まぁ、その辺座ってよ」
 座布団を勧め、買い出ししてもらった物をテーブルに並べる。
 
「私は梅酒~っ!」
 美奈ちゃんがニコッっと笑って、梅酒の缶をプシュッと開ける。
 
 クリスはハイボールの缶を手に取って開けた。
 
 俺はビールを開けて乾杯する。
「それじゃ、明日のフレンチを祝して、カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 ゴツゴツと缶をぶつけて飲みなおし。

 ビールの少し苦い香りが鼻を抜けて幸せが染みわたる。ふぅ~

「クリスさんは何をしてる人なんですかぁ?」
 美奈ちゃんが早速クリスに絡む。

「…。ただのバックパッカーだよ」
 クリスは透き通った声で淡々と答える。

「ふぅん、いつまでバックパッカー続けるの?」
 お、ナイスな突込みだ。

「…。希望が見える……までかな……」
 ん? どういう事だ?

「今は希望が見えないの?」
 美奈ちゃんは首をかしげて不思議そうに聞く。
 
 クリスはハイボールを呷ると目を瞑って静かに言った。
「…。全くダメだな。八方ふさがりだ」

 神様が八方ふさがりだなんて、ちょっとこれはヤバくないか?
 俺はたまらず口を開いた。
「八方ふさがりって事は人類がヤバいって事……なのかな?」
 
 クリスはあごに手を当てて少しうつむき、言葉を選んでいるようだった。
「…。ヤバいというより、糸が切れた凧、という状態かな? 何をどうしたら世界が良くなるか皆目見当がつかない」
 そう言うとハイボールを一口飲んだ。

「…。昔は単純だった。病気や、飢饉や、災害や、戦争を回避するよう祈れば良かった。そうすれば世界は良くなっていった。だが、この時代にまでなってみたら何が何だか分からなくなった」
「うーん、それは、世界が複雑になったという事?」
「…。大抵の病気は病院で治るし、食べ物は捨てるほどある。衣食住完備され、安全で安心な社会になったのに、みんな常に仕事に追われ余裕無く喘いでいる。一体なぜこんな事になっているのか分からないんだ」
 そう言ってクリスは首を振って目を瞑った。
 これは確かに実に重い話だ。
 俺も美奈ちゃんも黙ってしまった。

 確かに昔に比べたら全てが改善した。夢の社会ができたはずだった。でも、人々は余裕無く暗い顔して暮らしてる。一体何が間違っているのだろうか……。
 
「お、お金……かな? みんなにお金をバ―――――っと配ったらどうかな? みんなに1億円ずつ配ったらみんな元気になりそう!」
 美奈ちゃんがオーバーに両手を広げて言う。

「1億はどうかと思うけど、お金を配るというのは確かにいい手だよね。ベーシックインカムと言って国民全員に一人毎月10万円配ろうという計画もあるよ」
 俺も前向きになる様に話を繋げる。クリスも俺を見る。

「いいじゃんそれ!」
 美奈ちゃんが大きな目をして俺を指さして喜ぶ。

「でも…… 財源が足りないんだよね~」
「あらら……」
 二人して下を向く。

 これは経済システムの問題だ。
 クリスに幾ら力があったとしても毎年140兆円をクリスが生み出し続ける訳にも行かない。救世主の守備範囲外だよなこれは。
 
 そして、俺は経済よりもっと深刻な社会の問題がある事も知っていた。
 
「クリス、俺は実はもっとヤバい問題に気づいてるんだ」
「…。それは?」
 
「少子化だよ。実は日本人は2000年後には居なくなっちゃうんだ」

「え~!? どういう事それ!」
 美奈ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。

「日本人はどんどん減ってるのは知ってるよね? どんどん減ってたらいつかは居なくなるだろ? それが2000年後なんだ」
 
 クリスは目を瞑ってしばらく考えこんだ。
「…。言われればそうだな。天災でも戦争でもなく、日本を滅ぼすのは子供を産まなくなった日本人自身……という事か」
「いや~! 日本が無くなると困るぅ!」
 美奈ちゃんは両手にこぶしを握って言う。

「美奈ちゃんが生きている間には無くならないから大丈夫だって」
 俺はそう言って笑う。

「…。この問題も……対策のしようがないな……。そして、日本だけでなく文明が発達したら人類全体が少子化に陥るだろう」
 クリスが暗い顔でつぶやく。

 救世主をもってしても今の人類の滅亡は止められないという事だろう。

「クリスさんにも無理だったらもうダメって事? ねぇ誠さん!」
 美奈ちゃんが透き通った瞳で俺の目を見て訴える。
 可愛い子にそんな表情をされると……ちょっと俺ダメかも。
 
 軽く深呼吸をして気を落ちつけて丁寧に言った。
「実は俺はそれに対して一つの考えを持っているんだ。解決にはならないけど希望にはなるかも……」
 俺はクリスの目を見て言った。
「でも、この案はちょっと伝え方が難しい。言い方を考えるから少し時間をくれないか?」
 俺の案は救世主を怒らせるかもしれない、そう考えると迂闊に話せない。

 もちろん、クリスの事だからすっかりお見通しなのかもしれないが……。

「何、もったいぶってるのよ~!」
 美奈ちゃんは頬を膨らませて不満げだ。フグじゃないんだから……。

「…。誠には誠の考えがあるのだろう。話す機会を待とう」
 クリスはそう言って目を瞑った。
 
「辛気臭い話は止め! 飲みなおすぞ~! カンパーイ!」
 俺は強引に話を締めて乾杯に逃げた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 梅酒ばかり3缶を開けた美奈ちゃんが標的をクリスに変えた。 
「ねぇねぇクリスぅ、戦争ってどうやって止めたの?」

 いくら飲んでも全然酔ってるように見えないクリスは冷静に
「…。こうやって祈るんですよ」
 そう言って手を組んで見せる。

「それは分かったわ、で、本当はどうやって止めたの?」
 美奈ちゃんは上目遣いにクリスに絡む。
 おいおい、神様に絡んだらヤバいって! 俺は内心ひやひやしながらやり取りを傍観する。

「…。核弾頭には爆縮レンズ用の起爆装置がある」
 いきなり技術の話になった。首をかしげる美奈ちゃんの頭の上に、?マークが浮かんでいるのが見える気がする。

「…。そこをこうやって手刀でエイッて叩けば核兵器は無効化できる」
 そう言って空いた梅酒の缶を手に取って手刀を当てる。

 カランカラン

 梅酒の缶は真っ二つになって転がる。なぜ手刀で缶が切れるのか……

「うーん、発射された核ミサイルを手刀でとめる……のね?」
 美奈ちゃんは転がった缶を拾いながら、困惑の表情で言う

「…。何万発も核ミサイルを運用してるとたまにミスで発射され、放っておくと戦争になる。それをこうやってエイッて止める」

 確かに起爆装置を壊せば誤爆は避けられるだろうけど、どうやってミサイルの発射を検知して、どうやって超高速に飛行しているミサイルに近づいて、どうやって格納されてる弾頭に手を入れるのか、突っ込みどころ満載なんだが……。
 俺達凡人には現実感が全く無い。

「地球を守るって大変なんですね……」
 美奈ちゃんはこれ以上突っ込むのは止めたようだ。

 この時は後に実際に手刀を見る羽目になるなんて全く思いもしなかった。
 
 
          ◇


 地球から遠く離れた星の一室で誰かがつぶやいた――――

「あら、クリスはいい人見つけたようね……」
 少し青い、透き通った肌にヘーゼル色の瞳の美しい女性は、珈琲をすすりながら空中に浮かぶ映像に見入っていた。

「今度こそご主人さまを起こせるといいわね……」
 女性は椅子を回して立ち上がると窓に近づいた。

「果たして……お気に召してくれるかしら……」
 窓の外には巨大な青い星が眼下に広がり、その青い水平線から天の川が立ち上がっている。
 女性はひときわ明るく輝く星をチラッと見て目を瞑り、祈った。

 八丁堀のささやかな宴会が全宇宙から注目されているなんて、誠には気づきようもなかった。

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