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人智を超える者
1.救世主降臨
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救世主を見つけてしまった。
――――親戚の子供連れと河原でBBQ。賑やかなセミの鳴き声の中、立ち上る煙に香ばしい香り。俺は缶ビールを片手に親戚たちの他愛ないバカ話をぼんやり聴きながら、走り回る子供たちを目で追っていた。
いきなりその瞬間がやってきた。
少し離れた川の中州で親戚の子がヤバい感じに派手に転んだ。
あっ!
手のつき方がヤバい。その方向はダメだ――――
やっちまった……
イったかもしれない。椅子から飛び起きた。
よく見ると、大声で泣き叫ぶ子供の左手が、曲がってはいけない方向に曲がってやがる。早く救急車を呼ばないと……。
楽しいBBQも終わり、何という事だ……。絶望が俺を襲う。
怖くなってすぐに動けずにいると、一人の青年が子供に近づいて腕を見ている。
ん? 何かヤバいか?
青年が手を翳すと子供は淡い光に包まれ、ふんわり浮かび上がってきた。
え!? なんだそりゃ!?
青年の胸の高さ辺りでゆっくりと光の中で回転する子供。
俺は一体何を目撃してるのか?
やがて光は薄くなり、青年は子供を腕に抱きかかえた。
子供はうっとりと恍惚の表情をたたえている。
左手は…… 普通に動かしてる…… 治った…… のか!?
骨折を一瞬で治す青年…… これが奇跡…… という奴なのか。?
青年は子供を抱きかかえたまま中州からこちらに歩いてくるが……よく見ると水面を歩いてる!
「おぉ……ジーザス……」
思わず口ずさんでしまった言葉を反芻して、その青年が誰か分かってしまった。
こんな事ができる人は一人しかいない、彼だ。
世界の理に反する事ができる存在はもはや神。それが目の前に現れたのだ。
俺は子供の頃から大自然の法則が大好きで、科学や数学は得意科目だった。超能力やオカルトの類も興味があって調べまくったが、生まれてから28年間、非科学的な事は一切目にする事は出来なかった。残念ながら世界は科学が支配しているんだ、と大人びた結論に落ち着いていた訳だが、それが今、科学的では説明不能な奇跡を連発する青年が目の前を歩いている。
言いようのない興奮が俺を包み、神様に対する激しい興味で頭がいっぱいになった。心臓の鼓動が一気に高まる。
急いで駆けつけると青年はゆっくりと微笑んだ。
30歳前後だろうか、白人とのハーフかと思わせる彫の深い少し面長のイケメン。
少し使い込まれた白いオックスフォードシャツにブラウンのハーフパンツ、清潔感を感じる身なりで慈愛に満ちたスマイル――――
今、俺は神と対面している……心臓がかつてないほどバクバクしている。
「す、すみません。うちの子がご迷惑をおかけしました」
青年は抱えた子をそっと私に受け渡し、にっこりとほほ笑んだ。
なんとしてもお近づきにならねば!
「これも何かの縁です、丁度BBQパーティをやっているのでぜひ食べていってください。飲み物も沢山あります」
彼がチラッと我々のテントの方を見て、しばらく何か考えている。
「…。 いいんですか? お邪魔しちゃっても?」
流暢な日本語だ。ちょっと安心した。
「何を言ってるんですか、当たり前ですよ、どうぞどうぞ!」
彼をタープ下の椅子まで連れてきて、キンキンに冷えた缶ビールを手渡した。
彼が缶をプシュッと開ける。
「カンパーイ!」
俺はそう言って彼の缶ビールに自分のをぶつけた。
彼は目を瞑り、ビールを一口含む。そしてゆっくり目を開け、川の流れをぼんやりと眺めた。
神様が目の前にいる。聞きたい事は山ほどあるが……
「私の名前は神崎誠、しがないAIエンジニアです。失礼ですがなんとお呼びすればよいですか?」
「…。 クリスと呼んでくれ」
チラッと俺を見て綺麗な透き通った声で答えた。
やっぱり彼という事なのだろう。
色々と聞き出すと彼はバックパッカー的に世界を転々として暮らしているそうだ。
「さっきの奇跡、素晴らしかったですね。おかげで助かりました」
「…。 目の前に苦しむものが居たら無視はできない」
低い声でちょっと躊躇気味に言う。
「治癒は良くやるんですか?」
「…。 見世物じゃないし、そもそも私は病院じゃない」
ちょっと質問が悪かった。
「水をワインにしたりとかはどうですか?」
「誠よ、私とどんな関わりがあるのです。私の時はまだ来ていません」
クリスは少し笑いながら、聖書で読んだ事がある言葉を口にする。聖書ではこの後、水瓶の水を6個もワインに変えたんだよね。
そこに姉がビール片手に乱入してきた。
「あらっ、イケメン! どなた? ちょっと紹介しなさいよ!」
背中をバンバン叩かれ、ちょっとむせながら
「ちょっ、痛いよ! 彼はクリス、お前の子供の恩人だ。怪我したのを治してくれたんだ」
「え? そんな事があったの? ごめんなさい! ありがとうございますぅ~」
治したって意味、わかってないだろ……。酔っ払いめ。
「…。 礼には及ばない、ビールを貰っています。ありがとう」
「乾杯しましょ! カンパーイ!」
姉が強引にクリスの缶に缶をぶつけて大きな声を上げる。
クリスはやや苦笑気味にビールをグッと空けた。
「あら、いい飲みっぷり! お替り持ってくるわね!」
姉が裏手のクーラーボックスを漁りに行った。
「騒がしくてごめん」
「…。 気のいい姉さんだな。だが、お腹の子のためにもそろそろ酒はやめさせないと」
なんと! クリスはそんなことまで分かるのか……。
ビール缶を持って戻ってきた姉さんに、
「姉さん、二人目おめでとう、赤ちゃんできたらしいよ」
「は!? 何言ってるし!?」
「お酒はそろそろ止めて、後で妊娠検査薬買ってごらん」
「ちょっと何それ!? なんであんたに分かるのよ!?」
「俺じゃないよ、クリスにはそういうのすぐに分かっちゃうんだよ」
キッとクリスの方を向く姉さん。
「…。 元気な男の子だ」
「えっ!? えっ!? そ、そうなの??? わ、分かったわ……」
「あ、じゃぁ、みんなでワインで乾杯とかアリですか?」
俺は図々しくワインの奇跡を催促する。だって神のワイン、飲んでみたいじゃない。
「…。まぁ、お祝い事なら……」
俺はニヤッと笑って、車からミネラルウォーターの段ボールを降ろしてくる。
クリスに段ボールを見せたら頷いてくれた。
テーブルに ドンッ とミネラルウォーターの箱を置くと、
「みなさーん、姉さんに男の子が身籠りました! お祝いのワインで乾杯しましょう!」
おぉぉぉぉ! わ―――――――!!!
テーブルで歓談していた親戚連中がいきなりの宣言に驚きながら歓声を上げた。
段ボールを開けると、ペットボトルの中にルビー色の液体が光っている。
「えー!? ペットボトルのワイン~???」
義兄さんは不機嫌になる。
「俺はそんなワイン飲まないぞ! ワインは文化なんだ!」
義兄さんはこういう所、面倒くさい人なんだよな。
「まぁ、ちょっと味見だけしてみてよ」
俺はプラカップにワインを少し注ぎ、軽く回して香りをかいだ――――
……これは凄い!
立ち上る芳醇な香り、紅茶や土の香りの奥に黒トリュフが見え隠れする官能的なニュアンス……。くらくらする。
「お、おおぉぉ~!」
目を瞑って思わず声を上げてしまった。やっぱりクリスは神様だった――――
「何をもったいぶっているんだ? 貸してみろ!」
義兄さんは俺のプラカップをひったくるとすかさずワインを口に含んだ。
口に含んで3秒、義兄さんの動きが止まった。
「……」
さらにもう一口……。
そしてしばらくして……
「な、なんだこれは……。ピノ……? だよな、ピノノワール……だが……。こんな美味いピノは飲んだ事が無い……」
目をつぶったまま義兄さんが動かなくなった。
「ロマネコンティ……。そう、そうだよ、このニュアンスはそのクラスだぞ。馬鹿な……」
ワインは誤魔化しが効かない。ワインを知れば知るほどクリスのワインのすごさ、つまりクリスのすごさが分かってしまう。
妹たちも美味さに驚いている。
「いや、これなんなの? こんなの飲んじゃったらもう普通の飲めないよ~!!」
「ほんとほんと~!」
「あっ!? このチーズにすごい合うよ!」
みんな奪うようにチーズに手を伸ばす――――
う~ん、美味い!
美味い酒は人を幸せにする。
骨折の絶望から一気に神のワインで天国になった。
こんな奇跡が起こせるならもはや何でもアリだな。
どんどん、いろんな事お願いしたい!!
したいが……当然そう簡単に願い事叶えてはくれないだろうな……聞いてみるか……
俺はクリスにワインを渡して乾杯した。
「奇跡に感動しました! どういった奇跡ならお願いしてもOKですか?」
クリスは怪訝そうに俺を一瞥すると……
「…。世界のためになるお願いなら」
ですよね~、私利私欲じゃダメですよね~。当然お金も彼女も不老不死も欲しいけど、全然世界のためにはならんよね~。
俺は考える。俺はエンジニアだ。日ごろから世界の理不尽に憤慨し、技術の力で何とか世界をよくできないかよく考えている。であれば、俺の技術とクリスの神の力を組み合わせたら何かできるんじゃないか?
私利私欲は諦めて、いっちょ世界のためになんか考えるか!
「わかりました! 世界のためになるお願い、考えます!」
俺は胸を張り、笑顔でクリスにワインを掲げた。
「…。ほほう、それは楽しみだね」
クリスは笑顔でワインカップをカチッとぶつけてくれた。
そう言えば乾杯がまだだった。
「忘れてたけど、姉さんの懐妊に乾杯しよう!」
そう言ってみんなに声をかける
「おっ! そうね! じゃ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
「いや~これは本当に美味いわ~!」
◇
大騒ぎしていると綺麗な女性が声をかけて来た。
「あのぉ~、良ければ私にも一口もらえませんかぁ?」
白いワンピースに薄い迷彩のパーカーを羽織り、少し茶色のセミロングパーマの女の子。アイドルグループに居てもおかしくない、ちょっとドキッとする可愛さだ。隣の大学生グループのメンバーだろうか?
神のワインが新しい人生の扉を開けた気がした。
――――――――
※補足
本作品はSFです。ファンタジーではないので東大の工学博士の監修の下、科学的な合理性を徹底的に追求して作成されております。ですので一見非科学的なクリスの『奇跡』にも実現可能な合理性とその妥当性が盛り込まれております。ですので科学に興味のある方はどういう科学的機序が裏にあるのかを想像して推理しながら楽しんでいただくとよりお楽しみいただけます。
つまり、本作品は科学的推理小説にもなっているのです。
もちろん、クリスとは何者なのか? なぜそんな奇跡を使えるのか? も全て後半で明らかになっていきますよ!
お楽しみに!(*'▽')
また、科学的合理性があるという事はすでに誰かがこういう『奇跡』を現実世界で使ってるかもしれないという事でもあります。興味深いですよね!
あなたも現実世界のクリスを探してみてください!
――――親戚の子供連れと河原でBBQ。賑やかなセミの鳴き声の中、立ち上る煙に香ばしい香り。俺は缶ビールを片手に親戚たちの他愛ないバカ話をぼんやり聴きながら、走り回る子供たちを目で追っていた。
いきなりその瞬間がやってきた。
少し離れた川の中州で親戚の子がヤバい感じに派手に転んだ。
あっ!
手のつき方がヤバい。その方向はダメだ――――
やっちまった……
イったかもしれない。椅子から飛び起きた。
よく見ると、大声で泣き叫ぶ子供の左手が、曲がってはいけない方向に曲がってやがる。早く救急車を呼ばないと……。
楽しいBBQも終わり、何という事だ……。絶望が俺を襲う。
怖くなってすぐに動けずにいると、一人の青年が子供に近づいて腕を見ている。
ん? 何かヤバいか?
青年が手を翳すと子供は淡い光に包まれ、ふんわり浮かび上がってきた。
え!? なんだそりゃ!?
青年の胸の高さ辺りでゆっくりと光の中で回転する子供。
俺は一体何を目撃してるのか?
やがて光は薄くなり、青年は子供を腕に抱きかかえた。
子供はうっとりと恍惚の表情をたたえている。
左手は…… 普通に動かしてる…… 治った…… のか!?
骨折を一瞬で治す青年…… これが奇跡…… という奴なのか。?
青年は子供を抱きかかえたまま中州からこちらに歩いてくるが……よく見ると水面を歩いてる!
「おぉ……ジーザス……」
思わず口ずさんでしまった言葉を反芻して、その青年が誰か分かってしまった。
こんな事ができる人は一人しかいない、彼だ。
世界の理に反する事ができる存在はもはや神。それが目の前に現れたのだ。
俺は子供の頃から大自然の法則が大好きで、科学や数学は得意科目だった。超能力やオカルトの類も興味があって調べまくったが、生まれてから28年間、非科学的な事は一切目にする事は出来なかった。残念ながら世界は科学が支配しているんだ、と大人びた結論に落ち着いていた訳だが、それが今、科学的では説明不能な奇跡を連発する青年が目の前を歩いている。
言いようのない興奮が俺を包み、神様に対する激しい興味で頭がいっぱいになった。心臓の鼓動が一気に高まる。
急いで駆けつけると青年はゆっくりと微笑んだ。
30歳前後だろうか、白人とのハーフかと思わせる彫の深い少し面長のイケメン。
少し使い込まれた白いオックスフォードシャツにブラウンのハーフパンツ、清潔感を感じる身なりで慈愛に満ちたスマイル――――
今、俺は神と対面している……心臓がかつてないほどバクバクしている。
「す、すみません。うちの子がご迷惑をおかけしました」
青年は抱えた子をそっと私に受け渡し、にっこりとほほ笑んだ。
なんとしてもお近づきにならねば!
「これも何かの縁です、丁度BBQパーティをやっているのでぜひ食べていってください。飲み物も沢山あります」
彼がチラッと我々のテントの方を見て、しばらく何か考えている。
「…。 いいんですか? お邪魔しちゃっても?」
流暢な日本語だ。ちょっと安心した。
「何を言ってるんですか、当たり前ですよ、どうぞどうぞ!」
彼をタープ下の椅子まで連れてきて、キンキンに冷えた缶ビールを手渡した。
彼が缶をプシュッと開ける。
「カンパーイ!」
俺はそう言って彼の缶ビールに自分のをぶつけた。
彼は目を瞑り、ビールを一口含む。そしてゆっくり目を開け、川の流れをぼんやりと眺めた。
神様が目の前にいる。聞きたい事は山ほどあるが……
「私の名前は神崎誠、しがないAIエンジニアです。失礼ですがなんとお呼びすればよいですか?」
「…。 クリスと呼んでくれ」
チラッと俺を見て綺麗な透き通った声で答えた。
やっぱり彼という事なのだろう。
色々と聞き出すと彼はバックパッカー的に世界を転々として暮らしているそうだ。
「さっきの奇跡、素晴らしかったですね。おかげで助かりました」
「…。 目の前に苦しむものが居たら無視はできない」
低い声でちょっと躊躇気味に言う。
「治癒は良くやるんですか?」
「…。 見世物じゃないし、そもそも私は病院じゃない」
ちょっと質問が悪かった。
「水をワインにしたりとかはどうですか?」
「誠よ、私とどんな関わりがあるのです。私の時はまだ来ていません」
クリスは少し笑いながら、聖書で読んだ事がある言葉を口にする。聖書ではこの後、水瓶の水を6個もワインに変えたんだよね。
そこに姉がビール片手に乱入してきた。
「あらっ、イケメン! どなた? ちょっと紹介しなさいよ!」
背中をバンバン叩かれ、ちょっとむせながら
「ちょっ、痛いよ! 彼はクリス、お前の子供の恩人だ。怪我したのを治してくれたんだ」
「え? そんな事があったの? ごめんなさい! ありがとうございますぅ~」
治したって意味、わかってないだろ……。酔っ払いめ。
「…。 礼には及ばない、ビールを貰っています。ありがとう」
「乾杯しましょ! カンパーイ!」
姉が強引にクリスの缶に缶をぶつけて大きな声を上げる。
クリスはやや苦笑気味にビールをグッと空けた。
「あら、いい飲みっぷり! お替り持ってくるわね!」
姉が裏手のクーラーボックスを漁りに行った。
「騒がしくてごめん」
「…。 気のいい姉さんだな。だが、お腹の子のためにもそろそろ酒はやめさせないと」
なんと! クリスはそんなことまで分かるのか……。
ビール缶を持って戻ってきた姉さんに、
「姉さん、二人目おめでとう、赤ちゃんできたらしいよ」
「は!? 何言ってるし!?」
「お酒はそろそろ止めて、後で妊娠検査薬買ってごらん」
「ちょっと何それ!? なんであんたに分かるのよ!?」
「俺じゃないよ、クリスにはそういうのすぐに分かっちゃうんだよ」
キッとクリスの方を向く姉さん。
「…。 元気な男の子だ」
「えっ!? えっ!? そ、そうなの??? わ、分かったわ……」
「あ、じゃぁ、みんなでワインで乾杯とかアリですか?」
俺は図々しくワインの奇跡を催促する。だって神のワイン、飲んでみたいじゃない。
「…。まぁ、お祝い事なら……」
俺はニヤッと笑って、車からミネラルウォーターの段ボールを降ろしてくる。
クリスに段ボールを見せたら頷いてくれた。
テーブルに ドンッ とミネラルウォーターの箱を置くと、
「みなさーん、姉さんに男の子が身籠りました! お祝いのワインで乾杯しましょう!」
おぉぉぉぉ! わ―――――――!!!
テーブルで歓談していた親戚連中がいきなりの宣言に驚きながら歓声を上げた。
段ボールを開けると、ペットボトルの中にルビー色の液体が光っている。
「えー!? ペットボトルのワイン~???」
義兄さんは不機嫌になる。
「俺はそんなワイン飲まないぞ! ワインは文化なんだ!」
義兄さんはこういう所、面倒くさい人なんだよな。
「まぁ、ちょっと味見だけしてみてよ」
俺はプラカップにワインを少し注ぎ、軽く回して香りをかいだ――――
……これは凄い!
立ち上る芳醇な香り、紅茶や土の香りの奥に黒トリュフが見え隠れする官能的なニュアンス……。くらくらする。
「お、おおぉぉ~!」
目を瞑って思わず声を上げてしまった。やっぱりクリスは神様だった――――
「何をもったいぶっているんだ? 貸してみろ!」
義兄さんは俺のプラカップをひったくるとすかさずワインを口に含んだ。
口に含んで3秒、義兄さんの動きが止まった。
「……」
さらにもう一口……。
そしてしばらくして……
「な、なんだこれは……。ピノ……? だよな、ピノノワール……だが……。こんな美味いピノは飲んだ事が無い……」
目をつぶったまま義兄さんが動かなくなった。
「ロマネコンティ……。そう、そうだよ、このニュアンスはそのクラスだぞ。馬鹿な……」
ワインは誤魔化しが効かない。ワインを知れば知るほどクリスのワインのすごさ、つまりクリスのすごさが分かってしまう。
妹たちも美味さに驚いている。
「いや、これなんなの? こんなの飲んじゃったらもう普通の飲めないよ~!!」
「ほんとほんと~!」
「あっ!? このチーズにすごい合うよ!」
みんな奪うようにチーズに手を伸ばす――――
う~ん、美味い!
美味い酒は人を幸せにする。
骨折の絶望から一気に神のワインで天国になった。
こんな奇跡が起こせるならもはや何でもアリだな。
どんどん、いろんな事お願いしたい!!
したいが……当然そう簡単に願い事叶えてはくれないだろうな……聞いてみるか……
俺はクリスにワインを渡して乾杯した。
「奇跡に感動しました! どういった奇跡ならお願いしてもOKですか?」
クリスは怪訝そうに俺を一瞥すると……
「…。世界のためになるお願いなら」
ですよね~、私利私欲じゃダメですよね~。当然お金も彼女も不老不死も欲しいけど、全然世界のためにはならんよね~。
俺は考える。俺はエンジニアだ。日ごろから世界の理不尽に憤慨し、技術の力で何とか世界をよくできないかよく考えている。であれば、俺の技術とクリスの神の力を組み合わせたら何かできるんじゃないか?
私利私欲は諦めて、いっちょ世界のためになんか考えるか!
「わかりました! 世界のためになるお願い、考えます!」
俺は胸を張り、笑顔でクリスにワインを掲げた。
「…。ほほう、それは楽しみだね」
クリスは笑顔でワインカップをカチッとぶつけてくれた。
そう言えば乾杯がまだだった。
「忘れてたけど、姉さんの懐妊に乾杯しよう!」
そう言ってみんなに声をかける
「おっ! そうね! じゃ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
「いや~これは本当に美味いわ~!」
◇
大騒ぎしていると綺麗な女性が声をかけて来た。
「あのぉ~、良ければ私にも一口もらえませんかぁ?」
白いワンピースに薄い迷彩のパーカーを羽織り、少し茶色のセミロングパーマの女の子。アイドルグループに居てもおかしくない、ちょっとドキッとする可愛さだ。隣の大学生グループのメンバーだろうか?
神のワインが新しい人生の扉を開けた気がした。
――――――――
※補足
本作品はSFです。ファンタジーではないので東大の工学博士の監修の下、科学的な合理性を徹底的に追求して作成されております。ですので一見非科学的なクリスの『奇跡』にも実現可能な合理性とその妥当性が盛り込まれております。ですので科学に興味のある方はどういう科学的機序が裏にあるのかを想像して推理しながら楽しんでいただくとよりお楽しみいただけます。
つまり、本作品は科学的推理小説にもなっているのです。
もちろん、クリスとは何者なのか? なぜそんな奇跡を使えるのか? も全て後半で明らかになっていきますよ!
お楽しみに!(*'▽')
また、科学的合理性があるという事はすでに誰かがこういう『奇跡』を現実世界で使ってるかもしれないという事でもあります。興味深いですよね!
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