上 下
34 / 37

34. 幻彩詠香江

しおりを挟む
 シアンはジョッキを高々と掲げて嬉しそうに言った。

「それでは、勝利を祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」「乾杯!」

 和真と芽依はウーロン茶のグラスをカチンとぶつけた。

 シアンとレヴィアは一気に飲み干して、次のジョッキに手をかける。

「んで、どうすんの? この仕事続ける?」

 シアンはジョッキを傾けながら和真に聞いた。

「そうですね、僕にも守りたい存在ができたので、ぜひ」

「守りたい存在?」

 芽依はけげんそうに和真を見る。

「ふふーん。その辺りはっきりしないと」

 シアンはニヤッと笑った。

「え? 今ですか?」

「今でしょ!」「今でしょ!」

 シアンとレヴィアが仲良くハモる。

 和真は芽依をチラッと見てポッと赤くなって言った。

「いや、それはこんな焼き肉屋じゃなくて、もっとムードあるところじゃないと!」

「ムード? 例えば?」

 和真は両手を広げながら、

「なんかこう、綺麗な夜景がブワ――――っと広がっているような……」

 と説明していると、目の前にはゴージャスな夜景が広がった。

「へっ!?」

 唖然とする和真。どこかの高層ビルの屋上に転送されていたのだ。

 南国特有の湿気を含んだ風がほほをなで、港の向こうには超高層ビル群が煌びやかなライトアップをされて並んでいる。

「何なのこれ!?」

 隣で芽依が驚いている。

「こ、これは……」

 和真は辺りを見回して、派手な漢字の看板が並んでるのを見つける。どこかで見覚えがあると思っていたら、香港だった。

 ビクトリアハーバーの向こう側には高さ五百メートル近いスカイ100の摩天楼をはじめ、華やかな輝きを放つ高層ビルがずらりと立ち並んでいる。

「うわぁ、素敵ねぇ……」

 芽依は瞳にキラキラと夜景を映しながらうっとりしている。

 和真はそんな芽依の美しい横顔に見とれ……、そして、苦笑をすると大きく息をつき、芽依の手を取った。

「あ、あのさぁ、芽依?」

「な、なに?」

 ちょっと構える芽依。

「今回のことで、俺、気づいちゃったんだ」

「……。なにを?」

「俺、芽依を失うことに耐えられないんだ……」

「……」

「失うかもしれないと思った時、自分の全てをなげうってでも守りたいって……、思ったんだ」

 芽依はうつむき、ギュッと手を握り締めた。

「だから……、ずっと……、そばにいさせてほしい」

 芽依は下を向いたまま動かなくなった。

「ダ、ダメ……かな?」

 芽依はふぅと大きく息をつき、ぽつりぽつりと話し始めた。

「実は……、私……、謝らなきゃいけないことがあるの……」

「えっ!? な、何?」

 予想外のただ事ではない雰囲気に和真は心臓がキュッとする。

「和ちゃんが不登校になる前、事件があったじゃない。あれ、私のせいなの……」

「えっ?」

 高校に入りたての頃、和真は同級生に囲まれて小突き回されたことがあった。

『お前、何スカしてんだよ?』『一匹狼気取りかよ!』『目障りなんだよ! てめーは!』

 そんな罵声を浴びせられながら理科準備室で代わる代わる蹴られたのだ。そして、その事件を機に登校をやめてしまっていたのだ。

 当時、パパを死なせたことによるすっきりとしない重苦しい気持ちの中で、人付き合いが億劫おっくうとなって浮いていたので、それが原因だと思っていた。

「あの男子たち、なんか私の親衛隊なんだって。頼みもしないのに勝手に応援してるらしいの。そして、私が和ちゃんに声かけて、和ちゃんが素っ気ない態度をしてたから彼らの憎悪を煽ったらしいの……」

 はっはっは!

 つい、和真は笑ってしまった。

「な、何がおかしいのよ!」

「そんなの芽依のせいじゃないじゃないか」

「いや、でも……」

「俺が上手く人付き合いしてたらそんなのうまくかわせてたはずなんだよ。結局は生き方が定まってない自分のせいさ」

「和ちゃん……」

 芽依はギュッと和真の手を握った。

「そんなの気に病むなよ。俺がこうやって苦難を乗り越え、生きる道を見出せたのはすべて芽依のおかげさ。そして、その道をぜひ一緒に歩いてほしいんだ」

 和真は真剣な目で芽依の顔をのぞき込む。

「いつの間に……」

「えっ?」

「いつの間にそんなに大人になっちゃったのよ」

 芽依はちょっと膨れる。

「ダメかな?」

 芽依はしばらく目を閉じて考える。

「メタバースを始めたのも、NFTを売り始めたのも……」

「え?」

「みんな和ちゃんのことを考えてのことだったのよ」

 芽依は和真をチラッと見る。

「そ、それは……」

「引きこもりでも自立できるじゃない」

「え? それじゃ、俺のために頑張ってたの?」

「そうよ、だって……、責任感じてたんだから……」

 芽依はそう言ってうつむく。

 和真はそっと芽依のほほを撫で、顔を上げさせると、

「ありがとう……」

 と、言って芽依の目をじっと見つめた。芽依も見つめ返す。

 キュッキュッと芽依の瞳が動き、夜景の輝きが煌めく。

 すると、芽依は急にチュッと和真の唇を奪った。

「えっ?」

 いきなりのことに驚き、固まる和真。

「新しい道見つけたんでしょ? 私も連れてってよ、その世界に」

 キラキラとした笑顔を見せる芽依。

 和真はそっと自分の唇をなで、目を白黒させていたが、ふぅと大きく息をついてニコッと笑うと言った。

「ちょっと、危ない世界だけど……いい?」

「守ってくれるんでしょ?」

「もちろん、命がけで……」

 そう言うと和真は芽依を抱き寄せた。

 香港のゴージャスな夜景を背景に二人は見つめ合う。

 丁度その時、午後八時から始まる「シンフォニー・オブ・ライツ(幻彩詠香江)」がスタートし、高層ビルから鮮烈なレーザーライトの群れが夜空に放たれた。

 そして、にぎやかな、楽しい音楽が鳴り響き二人を包む。

 そっと目をつぶる芽依。

 えっ!?

 和真は動揺した。これはそういうことに違いない。違いないが……。

 ぷっくりと美味しそうなみずみずしい芽依の唇を見つめ、困惑する和真。

 同じ道を歩むと言ってくれた芽依。愛しい芽依……。

 その時、和真の心の奥から芽依に対する愛しい想いが、怒涛のように湧き上がってくる。

 そう、自分はこの娘と生きていく。これからは二人で一つなのだ。

 和真は吸い寄せられるように芽依に近づき、そっと唇を重ねた。

 ずっと見守ってくれていた大切な幼馴染。二人の想いは今一つに重なったのだった。

 

 レーザー光線が夜空に瞬き、派手な演出が続くビクトリアハーバー。それはまるで二人のためのように、愛を確かめあう二人を彩っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきた!?

月城 友麻
SF
キリストを見つけたので一緒にAIベンチャーを起業したら、クーデターに巻き込まれるわ、月が地球に落ちて来るわで人類滅亡の大ピンチ!? 現代に蘇ったキリストの放つ驚愕の力と、それに立ちふさがる愛くるしい赤ちゃん。 さらに、自衛隊を蹴散らす天空の城ラピ〇タの襲撃から地球を救うべく可愛い女子大生と江ノ島の洞窟に決死のダイブ! 楽しそうに次元を切り裂く赤ちゃんとの決戦の時は近い! 愛は地球を救えるか?            ◇ AIの未来を科学的に追っていたら『人類の秘密』にたどり着いてしまった。なんと現実世界は異世界よりエキサイティングだった!? 東大工学博士の監修により科学的合理性を徹底的に追求し、人間を超えるAIを開発する手法と、それにより判明するであろう事実を精査する事でキリストの謎、人類の謎、愛の謎を解き明かした超問題作! この物語はもはや娯楽ではない、予言の書なのだ。読み終わった時、現実世界を見る目は変わってしまうだろう。あなたの人生も大きく変貌を遂げる!? Don't miss it! (お見逃しなく!) あなたは衝撃のラストで本当の地球を知る。 ※他サイトにも掲載中です https://ncode.syosetu.com/n3979fw/

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...