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32. 秒速二十キロメートル

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 芽依がそっと和真をハグした。

 打ちひしがれる和真を温かい体温と柔らかな香りが包んでいく。

 ひとしきり泣いて、和真は大きく息をつくと、レヴィアに聞いた。

「パパはどうなるんですか?」

「それが……、ファラリスのくさびで殺された者がどういう扱いになるかは我もわからんのじゃ……。我の権限ではもうどこにいるかすらわからん」

 レヴィアは申し訳なさそうにうつむく。

「そ、そんな……」

 と、その時だった。ズン! という衝撃音が外で響いた。

「なんじゃ?」

 窓に駆け寄ったレヴィアは目を皿のようにして固まった。

 なんと、そこには身長一キロメートルはあろうかという巨大な水のゴーレムが天をくようにそそり立っており、ゆっくりと塔を目指して歩いていたのだ。一歩進むたびに大波が立ち、激しいしぶきが立ち上っている。

「な、何ですか? あれは?」

 和真は急いで涙を手で拭うと聞いた。

「分からん。ゲルツが死んだ時に起動するように仕掛けされていたんじゃろう」

 レヴィアは試しに衝撃波を放ってみたが、水は飛び散るものの全くダメージになっていなかった。スカイツリーよりはるかに高いその巨体は多少の攻撃では全く効きそうにない。

 ゴーレムは燦燦さんさんと輝く陽の光をキラキラと反射しながらゆっくりとその巨体をねじりながら一歩ずつ迫ってくる。

「そいやー!」

 和真は五光景長の光の刃を放ったが、バシュンと音を立てて通過するだけでダメージを与えられなかった。

「こりゃダメじゃ! 逃げるぞ!」

 そう言ってレヴィアは腕をあげたが……、何も起こらなかった。

「へっ!?」

 焦って何度も繰り返すが、ワープはできなかった。

「くぅ! ゲルツめ! 空間をロックしやがった!」

 慌てて空中に画面を開き、パシパシと叩き始める。

「あ――――! こんな時にミィがいればのう……」

 レヴィアはボヤき、和真はため息をついてうなだれた。



 そうこうしているうちにもゴーレムは迫る。

「ゴーレムがもうすぐそこよ!」

 芽依が青くなって叫ぶ。

「分かっとる! が、うーん……」

 冷汗を垂らしながら画面をパシパシと叩き続けるレヴィア。



 その時だった。

「きゃははは!」

 聞き覚えのある笑い声が響き、激しい輝きを放ちながら流れ星がゴーレムを貫いた。秒速二十キロを超える超超高速で突っ込んだエネルギーは莫大で、ゴーレムの大半は一瞬にして蒸発し、大爆発を起こす。

 激しい衝撃波が大地震のように塔を揺らし、和真たちは立っていられなくなって床に転がった。

「な、なんだこりゃぁ!」

「なんだって、あのお方しかおられんよ……」
 レヴィアは諦観したように言った。

 直後、バケツをひっくり返したように多量の水が塔に降り注ぎ、塔は地響きをたてながら揺れる。

 そして、部屋に流れ込んでくる水に乗ってシアンがやってきた。

「うぃーっす!」

 青い髪からはしずくをポタポタとたらし、いつも通り上機嫌で右手を上げている。

「お、お疲れ様です」

 和真は頭を下げ、レヴィアは苦笑いで迎えた。

「少年! 五光景長を使いこなせたじゃん、偉い偉い! きゃははは!」

「あ、ありがとうございます。想いというのが何かわかった気がします」

「うんうん、いい娘じゃないか!」

 そう言ってシアンは芽依の肩をポンポンと叩く。

「えっ?」

 芽依はポカンとしている。

「式には呼んでおくれよ!」

「し、式って何の式ですか? まだ始まってもいないのに!」

 和真は顔を真っ赤にして言った。

「そんなことより、パパを……、パパがどうなってるか教えてもらえませんか?」

 絞り出すようにそう言って、恐る恐るシアンを見る。レヴィアにすらどうしようもないレベルの話ではもうシアンに頼る以外ない。

「え? パパ? 聞いてみたら?」

 そう言うと、シアンは腕を振り下ろした。ボン! と煙が上がる。

 煙が晴れていくとそこには男性がいた。

「へ?」

「あれ?」

 なんと、それはパパだった。パパも和真もお互い顔を見合わせて固まる。

「パ、パパ――――!」

 和真はパパに抱き着いた。

 そして、人目をはばからずに号泣する。

 パパは呆然としながら和真の背中をポンポンと叩いた。

 数か月間、寝食を共にして世話をしてきた愛しい息子。何度本当のことを話そうと思ったことか。

 そして突然の別れ。息子の命と引き換えなら安いものではあったが、命のスープへと溶けていく流れの中で後悔が胸をチクチクと痛めていたのだった。もっと早くカミングアウトして、親子の会話をしておきたかったと。

 和真のギュッと抱きしめる力の強さに安堵を覚え、パパも和真をギュッと抱きしめた。

「僕、頑張ったでしょ?」

 和真は涙声で言った。

「おう、自慢の息子にゃ」

「何それ、もう猫の真似しなくていいよ」

「そうだにゃ……じゃないくて、そうだな……。うーん、慣れんな」

 はっはっは。

 和真は笑い出し、パパもつられて笑った。

 二人の笑い声は部屋に響き、温かい空気が一行を包んだ。
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