上 下
32 / 37

32. 秒速二十キロメートル

しおりを挟む
 芽依がそっと和真をハグした。

 打ちひしがれる和真を温かい体温と柔らかな香りが包んでいく。

 ひとしきり泣いて、和真は大きく息をつくと、レヴィアに聞いた。

「パパはどうなるんですか?」

「それが……、ファラリスのくさびで殺された者がどういう扱いになるかは我もわからんのじゃ……。我の権限ではもうどこにいるかすらわからん」

 レヴィアは申し訳なさそうにうつむく。

「そ、そんな……」

 と、その時だった。ズン! という衝撃音が外で響いた。

「なんじゃ?」

 窓に駆け寄ったレヴィアは目を皿のようにして固まった。

 なんと、そこには身長一キロメートルはあろうかという巨大な水のゴーレムが天をくようにそそり立っており、ゆっくりと塔を目指して歩いていたのだ。一歩進むたびに大波が立ち、激しいしぶきが立ち上っている。

「な、何ですか? あれは?」

 和真は急いで涙を手で拭うと聞いた。

「分からん。ゲルツが死んだ時に起動するように仕掛けされていたんじゃろう」

 レヴィアは試しに衝撃波を放ってみたが、水は飛び散るものの全くダメージになっていなかった。スカイツリーよりはるかに高いその巨体は多少の攻撃では全く効きそうにない。

 ゴーレムは燦燦さんさんと輝く陽の光をキラキラと反射しながらゆっくりとその巨体をねじりながら一歩ずつ迫ってくる。

「そいやー!」

 和真は五光景長の光の刃を放ったが、バシュンと音を立てて通過するだけでダメージを与えられなかった。

「こりゃダメじゃ! 逃げるぞ!」

 そう言ってレヴィアは腕をあげたが……、何も起こらなかった。

「へっ!?」

 焦って何度も繰り返すが、ワープはできなかった。

「くぅ! ゲルツめ! 空間をロックしやがった!」

 慌てて空中に画面を開き、パシパシと叩き始める。

「あ――――! こんな時にミィがいればのう……」

 レヴィアはボヤき、和真はため息をついてうなだれた。



 そうこうしているうちにもゴーレムは迫る。

「ゴーレムがもうすぐそこよ!」

 芽依が青くなって叫ぶ。

「分かっとる! が、うーん……」

 冷汗を垂らしながら画面をパシパシと叩き続けるレヴィア。



 その時だった。

「きゃははは!」

 聞き覚えのある笑い声が響き、激しい輝きを放ちながら流れ星がゴーレムを貫いた。秒速二十キロを超える超超高速で突っ込んだエネルギーは莫大で、ゴーレムの大半は一瞬にして蒸発し、大爆発を起こす。

 激しい衝撃波が大地震のように塔を揺らし、和真たちは立っていられなくなって床に転がった。

「な、なんだこりゃぁ!」

「なんだって、あのお方しかおられんよ……」
 レヴィアは諦観したように言った。

 直後、バケツをひっくり返したように多量の水が塔に降り注ぎ、塔は地響きをたてながら揺れる。

 そして、部屋に流れ込んでくる水に乗ってシアンがやってきた。

「うぃーっす!」

 青い髪からはしずくをポタポタとたらし、いつも通り上機嫌で右手を上げている。

「お、お疲れ様です」

 和真は頭を下げ、レヴィアは苦笑いで迎えた。

「少年! 五光景長を使いこなせたじゃん、偉い偉い! きゃははは!」

「あ、ありがとうございます。想いというのが何かわかった気がします」

「うんうん、いい娘じゃないか!」

 そう言ってシアンは芽依の肩をポンポンと叩く。

「えっ?」

 芽依はポカンとしている。

「式には呼んでおくれよ!」

「し、式って何の式ですか? まだ始まってもいないのに!」

 和真は顔を真っ赤にして言った。

「そんなことより、パパを……、パパがどうなってるか教えてもらえませんか?」

 絞り出すようにそう言って、恐る恐るシアンを見る。レヴィアにすらどうしようもないレベルの話ではもうシアンに頼る以外ない。

「え? パパ? 聞いてみたら?」

 そう言うと、シアンは腕を振り下ろした。ボン! と煙が上がる。

 煙が晴れていくとそこには男性がいた。

「へ?」

「あれ?」

 なんと、それはパパだった。パパも和真もお互い顔を見合わせて固まる。

「パ、パパ――――!」

 和真はパパに抱き着いた。

 そして、人目をはばからずに号泣する。

 パパは呆然としながら和真の背中をポンポンと叩いた。

 数か月間、寝食を共にして世話をしてきた愛しい息子。何度本当のことを話そうと思ったことか。

 そして突然の別れ。息子の命と引き換えなら安いものではあったが、命のスープへと溶けていく流れの中で後悔が胸をチクチクと痛めていたのだった。もっと早くカミングアウトして、親子の会話をしておきたかったと。

 和真のギュッと抱きしめる力の強さに安堵を覚え、パパも和真をギュッと抱きしめた。

「僕、頑張ったでしょ?」

 和真は涙声で言った。

「おう、自慢の息子にゃ」

「何それ、もう猫の真似しなくていいよ」

「そうだにゃ……じゃないくて、そうだな……。うーん、慣れんな」

 はっはっは。

 和真は笑い出し、パパもつられて笑った。

 二人の笑い声は部屋に響き、温かい空気が一行を包んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

処理中です...