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17. 真紅のキノコ雲

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 翌日の夕方、ミィが和真のベッドで丸くなって昼寝をしていると、ドタドタドタと足音がしてバーンとドアが開いた。
「芽依ちゃん参上!」
 横にしたピースサインを目に当ててノリノリの芽依が現れる。
 しかし、部屋は静まり返っていた。
「あ、あれ……」
「和真なら図書館だよ、ふわぁぁぁ」
 ミィがあくびをする。
「な、なんだぁ、つまんないの!」
 芽依はそう言ってミィを抱き上げ、モフモフのお腹に頬ずりをする。
「おわぁ、ちょ、ちょっと! なんでみんなそれやるにゃ!?」
 慌てるミィ。
「だって、気持ちいいんだもーん」
 芽依は思いっきりミィを吸って満足すると、ドスンとベッドに座った。そして、ミィをひざに乗せ、頭をなでながら聞いた。
「いつ頃帰ってくるかなぁ?」
「どうかにゃ? スマホで聞いてみたら?」
 そう言ってミィはうーんと伸びをした。
 芽依はそんなミィをじっと見つめる。そして聞いた。
「ミィはさ、何者なの?」
「え? ただのネコだにゃ? ふわぁぁ」
 再度大あくびのミィ。
「ぬいぐるみのネコは話さないし、コーディングもしません! もしかして……、何か企んでる?」
 芽依はミィの黄金の瞳をのぞき込む。
「企むって……何を?」
 ミィは自分の腕をペロペロと毛づくろいしながら答える。
「うーん、和ちゃんに取り入って何かを奪おうとか……ないか」
「ははっ! ないねぇ、メリットなんか全くないにゃ」
「それよ! 何のメリットもないのになぜこんなことやってるの?」
「な、なぜ?」
 ミィは言葉に詰まった。
「なんかねぇ、ちょっと怪しいんだよね、キミ」
 芽依はミィを抱き上げてじっと見つめる。
「じゃあ、芽依はなぜ和真を手伝うのかにゃ?」
「そ、それは……、ほら、お金いっぱい使えるし!」
「お金なかったら手伝わないのかにゃ?」
「え? いや、そんなこと……ないけど……」
「ふふっ、僕も芽依と同じにゃ」
 嬉しそうに笑うミィ。
「お、同じって……。もう、なんか調子狂っちゃうわね」
「僕はこの仕事が終わるまでだから、後は芽依ちゃんに託すにゃ」
 ミィはそう言うとピョンと飛んでベッドの下の隙間に入り込んでいった。
「え? 終わったらいなくなっちゃうの?」
 ミィは返事をしなかった。
「ねぇ、ミィったらぁ……」
 いくら声をかけても返事はなかった。
 ミィは一時的な傭兵ようへいということらしい。しかし、それにしてはやけに親身に和真の世話を焼いている。芽依は首をひねり、そして大きくため息をついた。

         ◇

 それから数か月、芽依は協力者とわなの準備、和真たちはテロリストの追跡方法の研修に精を出し、ついに出撃の日を迎えた。
 本当はもう少し準備を詰めたかったが、ここのところテロリストたちによるハッキングが激しくなり、近々また大きな攻撃が予想されている。一刻も早いテロリストの発見のため、見切り発車的に出撃となったのだ。

「はーい! 行くわよ!」
 芽依の掛け声で一行はメタバースへとダイブしていく。
 見えてきたのは一面火の世界だった。
「うわぁ! 何これ?」
 驚く和真に芽依は嬉しそうに説明する。
「ここはメタバース最大のワールド、『メタ・フレイム』よ。今一番勢いがあるんだから!」
 目の前に立ち上っているのは真紅に光り輝く巨大なキノコ雲。熱気で揺らぐ陽炎かげろうの向こうに揺らめくモコモコとした灼熱の造形に、和真は先日の核攻撃を思い出し、思わずブルっと体が震えた。
 もちろん、これを作った人は本物のキノコ雲なんて見たことないんだろう。でも、実際に体験した和真にとっては受け入れがたいジョークであり、思わずため息をついた。

「はい! ボーっとしてないで行くわよ」
 芽依はそう言うとミィを抱きかかえ、ツーっとキノコ雲へと飛んでいく。
「あぁ、待ってよぉ!」
 和真は目をギュッとつぶり、意を決すると芽依を追いかけた。

      ◇

 キノコ雲に触ると入口が開き、通路を行くと中は超巨大スタジアムのようになっていた。

「うわぁ、広いなぁ……」
 フロアにはフリーマーケットのように多くの人が多彩なデジタルアイテムを出品し、大勢の人でごった返していた。奥のステージではライブが行われており、派手なパフォーマンスが披露され、それを何万人もの人が一緒に踊りながら楽しんでいる。
 また、ショッピングモールの吹き抜けのように、周囲にはショップが所狭しと並んだフロアが囲んでおり、ずっと上の方まで連なっていた。
 よく見ると、中央に出ている企業ブースみたいなところに巨大な芽依の犬の絵が回っている。
「え? あれ、芽依の落書きだ!」
「落書きじゃないって言ってるでしょ!」
 芽依は頬を膨らませて和真をにらむ。
「ご、ごめん、あそこ借りたの?」
「そうよ? 三千万円もしたんだから」
 そう言いながら芽依はツーっとブースへ向かって飛んでいく。
「さ、三千万円……」
 和真は唖然として小さくなっていく芽依を見つめる。
「大丈夫、元は取れるにゃ」
 ミィも気軽にそう言うと芽依を追いかけた。
「いやぁ……、何なんだこの世界は!?」
 和真は髪をくしゃくしゃっとかきむしると、二人の後を追った。

       ◇

 ブースには犬の絵が陳列され、色とりどりの格好をしたアバターたちが所狭しと絵を眺め、好き勝手に値踏みをしていた。
 また、絵が売れるたびに花火がポンポンと上がり、歓声が続く。まさに熱狂のるつぼだった。
 芽依がやってくると、見つけたファンがどっと芽依を取り囲む。
「僕、三枚も買っちゃいましたよ!」「私なんて五枚だわ!」
「新作はいつになりますか?」
 芽依はもみくちゃにされながら、
「あ、ありがとう! 今後の予定はdiscordを見てね!」
 そう言いながらファンと一人ずつ握手をしていく。
 しかし、芽依を取り囲む人は増えるばかり。とても全員対応していられない。

「あっ! もうこんな時間! これからステージで発表するから見ててね!」
 そう言って、ツーっと飛び上がり、何とか逃げ出してくる。
 
「あれは……仲間のサクラ?」
 怪訝そうな顔で和真が聞くと、
「いやいや、ただのファンよ。もー、大人気なの、分かる?」
 と、芽依はちょっとうんざりした顔で答えた。
「ふはぁ、おみそれしました」

 芽依はチューっとジュースを吸うと、
「じゃ、ステージ行ってくるから」
 そう言い残してステージの裏手へと飛んでいった。
「ステージだって!?」
 和真は思わずミィを見る。しかし、ミィは涼しい顔で言う。
「そうにゃ。テロリストにどんどんアピールしないとダメにゃ」
 描いた絵にたくさんのファンがいて、もみくちゃにされ、ステージに上がる。それは和真には想像もしなかった世界であり、芽依がなんだか手の届かないところへ行ってしまったような焦りを感じた。

       ◇

「レディース! エンド、ジェントルメン! これより新作発表会を行います。トップバッターはピクセルアートの新星『May』!」
 司会者に案内されて芽依がステージに現れる。
 わぁぁぁ! Mayちゃーん!
 会場に歓声が上がる。
「はーい! 皆さん! うちの可愛い犬ちゃん、楽しんでくれてるかな?」
 と、会場に向かって手を振ると、うぉぉぉぉ! と、地響きのような歓声が巻き起こった。一気にヒートアップする会場。
「え? これ、どういうこと?」
 会場の人たちもみんな芽依のファンらしい。和真は唖然としてミィに聞く。
「一枚四万円で一万枚を売りに出して、すでに完売してるにゃ」
「は!? なんで?」
「仲間たちが八千枚買ったんだけど、二千枚は一般人にゃ」
「……。それ、マズくないの?」
「どこもやってることにゃ」
 ミィは肩をすくめる。
「じゃ、盛り上がってる人たちはその一般人ってこと?」
「そうにゃ。絵はすでに二十万円でやり取りされているので、買った人はすでに大儲けにゃ」
「え……」
 和真は耳を疑った。犬の落書きが四万円で売られているというのもクレイジーだと思っていたのに、そんなのを二千人も買って、なおかつ高騰してるという。
「これがNFTの世界にゃ」
 ミィはあきれたように首を振った。
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