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41. 強制送還

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「え? し、尻?」

 ボトヴィッドは何を言われたのか分からなかった。

「これだ!」

 ベンはボトヴィッドのベルトをガシッとつかんで持ち上げ、てのひらでぼうっと青く光る魔法陣をパン! とボトヴィッドの尻に叩き込んだ。

 ぐふぅ!

 その瞬間、ベンの一億倍の便意はボトヴィッドの脳に叩き込まれ、ボトヴィッドは脳髄に流れ込んでくる強烈な便意に意識をすべて持っていかれた。

 ベンがボトヴィッドを床に転がすと、ボトヴィッドは痙攣しながら、

 ブピュッ! ビュルビュルビュル――――!

 と、激しい排泄音を響かせる。そして、ビチビチビチと釣り上げられた魚のようにヤバい動きをする。

 こうして、ベンはついにトゥチューラの星を守ることに成功したのだった。

 しかし、便意を押し付けることに成功したベンではあったが、一億倍の後遺症はベンを確実に蝕んでいた。

 片耳がキーンと激しい耳鳴りを起こし、よく聞こえないベンは耳を押さえながら顔をしかめ、よろよろとベネデッタの方へと歩く。

 鼻血をポタポタと落としながら、なんとかベネデッタの所にやってきたベン。

 そっと上半身を抱き起こし、

「だ、大丈夫?」

 と、声をかける。

 ベネデッタは薄目をそっと開き、

「終わった……んですの?」

 と、か細い声を出した。

 ベンは優しい目でベネデッタを見つめながらうなずいた。

「嬉しい……」

 ベネデッタはそう言ってベンに抱き着くと、唇に軽くキスをした。

 えっ?

 いきなりのことにベンは戸惑った。今までベネデッタには惹かれてはいたものの、精神年齢三十代の自分からしたら少女と親密になるのはどこか後ろめたかったのだ。

 しかし、自分を見て幸せそうな微笑みを浮かべるベネデッタを見て、自分の気持ちをこれ以上ごまかせない事に気が付く。

 命がけで自分を支えてくれたベネデッタ。この美しい少女といつまでもどこまでも一緒にいたい。心の奥からあふれてくるそんな想いに突き動かされて、今度は逆にベンの方から唇を重ねていく。

 ベネデッタはベンを受け入れ、二人は想いを確かめ合った。


        ◇


「きゃははは! ご苦労ちゃん!」

 シアンと魔王が現れ、死闘を繰り広げた二人をねぎらう。

「それにしても……、ひどい悪臭だ……」

 魔王は一万人の女の子たちが排泄物を垂れ流しながら痙攣している阿鼻叫喚の会場を見渡し、鼻をつまんで首を振った。

 その悪臭はまるで下水が逆流したトイレのように強烈だった。

「死闘の……証……ですよ」

 ベンはうつろな目で返す。ベンはむしろこの悪臭を誇りに感じていたのだ。

「うんうん、期待以上だったゾ」

 シアンがねぎらった時だった、

 うぅっ……。

 ベンは急にうめくと、意識を失い、ばたりと倒れ込む。

「キャ――――! ベン君!? ベンくーん!!」

 ベネデッタは必死にベンを揺らすが、ベンは壊れた人形のように何の反応も示さない。便意ブーストで焼かれてしまった脳は、ついに致命的に崩壊してしまったのだ。

「いやぁぁぁ! ベンく――――ん!」

 ベネデッタの悲痛な叫びがステージにこだましていた。


         ◇


 ピッ! ピッ! ピッ!

 電子音がベンの意識に流れこんでくる。

 う……?

 ベンはゆっくりと目を覚ました。見上げるとモスグリーンのカーテンに囲まれた清潔な白い天井が目に入ってくる。

 あれ?

 横を見るとベッドサイドモニタに心電図が表示され、心拍を打つたびにピッ! ピッ! と、音を立てている。

 は?

 ベンはゆっくりと起き上がって違和感に襲われる。なんだか体がずっしりと重いのだ。

「ど、どうしちゃったんだ? ベ、ベネデッタは?」

 その時、カーテンが開いて声がした。

「へっ!?」

 驚く声の方向を見ると、看護師が目を丸くして口を手で押さえている。

 ベンは一体どういうことか分からずただ、ぼーっと看護師を見つめた。

「め、目が覚めたんですか?」

 看護師はありえないことのように聞いてくる。

「え、えぇ……。僕はどの位寝ていたんですか?」

「もう、三年になります」

「三年!?」

 ベンは何が何だか分からず、辺りを見回す。

 すると、カーテンの向こうに洗面台があって鏡があるのに気付いた。

 んん?

 そして、身を乗り出してのぞくと、そこに映っていたのはアラサーの中年男だった。

 はぁっ!?

 ベンは急いでベッドを飛び降り、ふらふらとよろけながら洗面所に歩く。

 急いでのぞきこんだ鏡に映っていたのは、まぎれもない転生前の疲れ切った中年男だったのだ。あの十三歳の可愛い男の子ではもうなかった。

「こ、これは……」

 ベンは言葉を失う。

 シアンに転生させてもらって便意我慢してついに黒幕を倒したのだ。ボトヴィッドの尻を叩いた時の右手の感触は今もありありと思いだせるし、ベネデッタと交わしたキスの舌触りも生々しく残っている。なのになぜ?

 ベンは真っ青になってただ、鏡の中のさえない中年男の顔を見つめていた。

「至急ご両親に連絡しますね」

 看護師はそう言ってパタパタと速足で出ていった。

 ベンは急いで天井に向かって叫んだ。

「シアン様――――! シアン様、お願いです、出てきてください!」

 しかし、病室にはただ静けさが広がるばかり。

「えっ!? なんで、なんで! シアン様ぁぁぁ」

 あれほど望んでいた日本行き、でもこれじゃないのだ。ベネデッタのいない日本に帰ってきて何の意味があるのだろうか?

 ベンはベッドにバタリと崩れ落ち、呆然とただ天井の模様を眺めていた。
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