上 下
30 / 45

29. ヒュドラ

しおりを挟む
 ベネデッタのところに運ばれてきたパフェには、虹色の綿菓子が渦を巻きながら立ち上っていて、横にロリポップが刺さっている。その極彩色の見た目にベネデッタは言葉を失う。

「あははは、なんだこれ」

 ベンは思わず笑ってしまう。トゥチューラでは絶対に見られないぶっ飛んだスイーツに、ベンは日本っていいなと改めて思った。

 ベネデッタは恐る恐るフォークで綿菓子を口に入れ、その見た目とは違った優しい甘みに笑みを浮かべる。

 百面相のように表情をコロコロ変えながらパフェと格闘するベネデッタ。ベンはそんな彼女を見つめ、癒されながらコーヒーをすすった。

 トゥチューラにはコーヒーなんてないので、久しぶりの苦みにベンはちょっとくらくらしながら、それでも懐かしの味に思わずにんまりとしてしまう。

「ベン君は、この星の人なんですの?」

 パフェを半分くらいやっつけたベネデッタが上目遣いに聞いてくる。

 ベンはコーヒーをすすり、ベネデッタの美しい碧眼を見つめるとゆっくりとうなずいた。

 ベネデッタはふぅ、と大きく息をつくと、

「ベン君は稀人まれびとでしたのね……」

 そう言ってうつむいた。

「黙っていてごめんなさい。シアン様に転生させてもらったんです」

 ベネデッタは長いスプーンでサクサクとパフェをつつき、しばらく考え事をする。

 そして、一口アイスを堪能すると、いたずらっ子の目をしてベンを見つめ、ニコッと笑って言った。

「あたくし、ここで暮らすことにしましたわ」

 ベンは何を言ってるのか分からず、ポカンとしてベネデッタを見つめる。

「ここ、日本でしたっけ? 活気があって、いろんな文化にあふれ、最高ですわ。もうトゥチューラになんて戻れませんわ」

 ベネデッタはそう言って店内を見回し、先進的なファッションに身を包んだ若者たちの楽しそうな様子をうっとりと眺めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 公爵令嬢が日本で暮らす……んですか?」

「あら? だめかしら? お父様もベン君と一緒なら認めて下さるわ」

 ベネデッタは訳分からないことを言って、パフェをまたサクサクとつついた。

 ベンは言葉を失った。一緒に日本で暮らすってどういう事だろうか? なぜ、公爵は自分と一緒なら許すのだろうか?

 ん――――?

 ベンは疑問が頭をぐるぐると回って、首を傾げたまま固まる。

 その時だった、

 ズーン!

 腹の底に響くような衝撃音が渋谷一帯を襲った。

 驚いて窓の外を見ると、建設中の超高層ビルの上で何か巨大なものがうごめいている。よく見るとそれは大蛇の首のようなものだった。その首が九本ほど、獲物を探すかのようにウネウネ動きながら渋谷の街を見下ろしていた。首は一つの巨大な胴体に繋がっており、全長はゆうに百メートルはありそうだ。

「あれは何ですの? イベントかしら」

 ベネデッタは緊張感もなく楽しそうに聞いてくる。しかし、日本にあんな魔物などいない。

「違う、緊急事態だ。逃げよう!」

 そう言って、立ち上がった時だった。

 ポン! と音がしてぬいぐるみのシアンが出てくる。

「ベン君! お願いがあるんだけどぉ」

 と、シアンはおねだり声で、ベンの前で手を合わせた。

「嫌です! さぁ、逃げましょう!」

 そう言ってベネデッタの手を引いた。

 すると、シアンは標的を変え、

「ベネデッタちゃん、日本に住みたいよねぇ?」

 と、ベネデッタに声をかける。

「えっ!? いいんですか?」

 パアッと明るい表情をするベネデッタ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさかあの化け物倒すのが条件とかじゃないですよね?」

「星の間の移住なんて普通は認められないんだよ?」

 シアンは悪い顔でニヤッと笑って言う。

「なぜ、僕なんですか? シアン様が倒せばいいじゃないですか、女神なんだから瞬殺できるでしょ?」

「んー、今、僕の本体は木星で交戦中なんだな。面倒だから木星ごと蒸発させちゃおうかと思ってるんだけど……」

 シアンはそう言って小首をかしげた。

 ベンは意味不明のことを言われて言葉を失う。木星を蒸発させるようなエネルギー量なら、太陽系そのものが吹っ飛びかねないのではないだろうか?

 その時だった、

 ギュワォォォォ!

 化け物の頭九個が全部ベン達の方を向いて雄たけびを上げる。それは渋谷全体に響く重低音で、そのすさまじい威圧感に皆、パニックになって走り出した。

「どうやらお目当ては君のようだゾ」

 シアンはニヤッと笑って言う。その瞳には子供が新しい遊びを見つけた時のようなワクワク感があふれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~

つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。 このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。 しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。 地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。 今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

処理中です...