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25. 天空の城

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 ベンが落ち着くと、ベネデッタは宝石に彩られた煌びやかなカギをベンに渡して言った。

「シアン様からこれ預かりましたの」

 えっ?

 ベンはその豪華で重厚なカギを眺め、首をかしげた。

「魔王城のカギだそうですわ」

「ま、魔王城!?」

 ベンは目を丸くしてカギに見入る。魔王城なんておとぎ話に出てくるファンタジーな存在だとばかり思っていたのに、実在していたのだ。

 ベンはその豪奢なカギの精巧な作りに、ただ事ではない凄みを感じ、思わず息をのんだ。

「魔王がベン君に会いたいそうなんですわ。でも……、無理して会わなくても良いのですよ。ベン君があんなにつらい思いをしてみんなを救う必要なんて、無いと思いますわ」

 ベネデッタは心配そうにベンを見つめながら言った。

 ベンはキラキラと煌めきを放つカギを眺めながら考える。先日シアンは言っていた。この星が消滅の危機にあり、自分なら解決できると。きっとその話なのだろう。

 この世界が滅ぶ運命ならそれでいいんじゃないか、そんなの一般人の自分には関係ない。シアンの自分勝手な進め方に、ふと、そんな思いも頭をよぎる。

 ふと顔を上げると、ベネデッタは眉を寄せ、伏し目がちにベンを見ている。その瞳にはうっすらと涙が浮かび、ベンのことを心から心配してくれていることが伝わってくる。

 ベンはそんなベネデッタを見て、ハッとさせられた。自分の意地とかこだわりがこの女の子の命を奪うことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。世界なんてどうでもいいが、この娘は守らないといけない。

 自分ができる事があるのならやるべきだろう。そもそもこの命はシアンに転生させてもらったのだ。ムカつくおちゃらけた女神ではあるが恩はある。

「行くよ。まず話を聞いてみよう」

 ベンはニコッと笑って言う。

 すると、ベネデッタは今にも泣きだしそうな表情をして、ゆっくりとうなずいた。


      ◇


 翌朝、ベッティーナ名義で宮殿を抜け出したベネデッタと一緒に、ベンは魔法のじゅうたんに乗っていた。

「うわぁ! これは凄いね!」

「うふふ、我が家に伝わる秘宝ですの。魔石を燃料にどこまでも飛んでいってくれますわ」

 ベネデッタはそう言いながら高度を上げていった。

 宮殿は見る見るうちに豆のようになり、トゥチューラの街全体が一望できる。そこには美しい水路が縦横に走り、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

 魔王城の在りかはカギが教えてくれる。ひもに吊るしたカギは、コンパスのように常に一方向を指し続けていた。

 ベネデッタはそれを見ながらじゅうたんを操作し、飛んでいく。暗黒の森をどんどん奥へと進み、丘を越え、小山を越え、稜線を越えていった。

 さらに飛んでいくと、岩山の連なる領域になっていく。すると、急に濃霧がたち込め、真っ白で何も見えなくなった。

「うわぁ、なんですの、これは……」

 ベネデッタは困惑し、じゅうたんの速度を落とす。明らかに異常な濃霧。自然現象というよりは誰かによって生み出された臭いがする。

 ベンはカギの動きをジッと見定めた。すると、変な動きをしているのに気が付く。

「あ、ここは迷路ですね」

「えっ? どういうことですの?」

「この濃霧の中では進む方向を勝手に曲げられてしまうみたいです。なので、ゆっくりとカギの指す方向へ行きましょう」

「わ、分かりましたわ」

 ベネデッタはカギの方向をみながらそろそろと進み、カギが回るとその方向へ舵を取った。

 濃霧の向こう側からは時折不気味な影が迫っては消えていく。その度にベンは下剤の瓶を握りしめ、冷や汗を流した。何らかのセキュリティ機能ということだろうが、実に心臓に悪い。


 急にぱぁっと視界が開けた。

 穏やかな青空のもと、中国の水墨画のような高い岩山がポツポツとそびえる美しい景色が広がっている。そしてその中に、巨大な城がそびえていた。よく見ると、城は宙に浮かぶ小島の上に建っている。

 うわぁ……。すごいですわ……。

 二人はそのファンタジーな世界に息をのむ。

 城は中世ヨーロッパのお城の形をしており、天を衝く尖塔が見事だったが、驚くべきことに城全体はガラスで作られているのだ。漆黒の石を構造材として、全体を青い優美な曲面のガラスが覆い、随所ずいしょにガラスが羽を伸ばすかのような装飾が優雅に施されている。そして、ガラスにはまるで水面で波紋が広がっていくような優美な光のアートが展開され、お城全体がまるで花火大会みたいな雰囲気をまとった芸術作品となっていた。

 その、モダンで圧倒的な存在感に二人は言葉を失う。

 魔王城なんて魔物の総本山であり、汚いドラキュラの城みたいなものがあるのかと思っていたら、極めて未来的な現代アートのような美しい建造物なのだ。

 ベンは魔王との会合が想像を超えたものになるだろう予感に、鳥肌がゾワっと立っていくを感じていた。
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