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5. 蒼き熾天使
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少し藪を漕いでいくと街道があり、そこに倒れた馬車が転がっていた。
見ると、オークが十匹ほど馬車を囲んでおり、中から綺麗なブロンドをわしづかみにして、女の子を引きずり出している。
「いやぁぁぁ」
必死に抵抗する女の子の悲痛な叫びが森に響く。
周りには護衛だったと思われる、鎧をまとった男の遺体が何体か転がり、鮮血が溜まっていた。
オークはイノシシの魔物。ブタの顔に二本の鋭い牙を生やし、筋骨隆々とした身体ですさまじいパワーを誇る。パンチをまともに食らった冒険者の首がちぎれて飛んだという噂があるくらいだった。
ベンはフーフーと荒い息をしながら下腹部を押さえ、今にも暴発しそうな便意と戦いながらその様子を眺める。少し急ぎすぎたかもしれない。
「お止めになって!」
十五歳くらいだろうか、引きずり出された女性は美しい碧眼を涙で濡らしている。そして、薄ピンクのワンピースがオークの手によって荒々しく汚されていった。
ベンは朦朧とした意識の中、ピョコピョコと飛び出す。
オーク十匹を相手に戦うなど熟練の冒険者でも無謀だったが、ベンには負けるイメージなどなかった。何しろ宇宙最強なのだ。ただ、暴発だけが心配である。暴発したらただの子供に逆戻りなのだから。
気が付いたオークが巨大な斧を振りかざし、ブホォォォ! と、叫びながらベンに向けてすさまじい速度で振り下ろす。
しかし、ベンはそれを当たり前のように指先で受け止め、グンと引っ張って取り上げた。
「ブ、ブホ?」
渾身の一撃を無効化され斧を奪われたオークは、何があったのか分からない様子で呆然とベンを見つめる。
ベンはクルクルっと重厚な斧を振り回すと、そのままオークの巨体を一刀両断にした。真っ二つに分かれて地面に転がる豚の魔物。ステータス千倍の戦闘はもはや一方的なただの殺戮だった。
ただ、力を出せば猛烈な便意が襲いかかってくる。
くふぅ……、漏れる……。
ベンはガクッとひざをつき、脂汗を流しながら額を押さえ、必死に括約筋に喝を入れた。
ところがそんなベンも、女の子には神に祈る敬虔な少年に映ってしまう。
「オークにも冥福を祈るなんて……、素敵ですわ……」
女の子は手を組み、美しい碧眼をキラキラとさせる。
漏れる……漏れる……。
ベンはギュッと目をつぶり、腰の引けた姿勢でただひたすら便意に耐えていた。
「ほら、あと九匹だゾ!」
シアンはベンの周りをパタパタと楽しそうに飛びながら、無責任に煽る。
ベンは言い返そうとチラッとシアンを見たが、便意に耐えることで精いっぱいで言葉が出てこなかった。
隙だらけなベンを見て、オークは一斉にベンに襲いかかる。
「グォッ!」「グギャ――――!」
ベンはギリッと奥歯を鳴らすとカッと目を見開き、括約筋に最後の力を振り絞る。
「波羅羯諦《はーらーぎゃーてー》!」
そう叫ぶとユラリと立ちあがった。そして、巨大な斧をグルングルンと振り回して、あっという間にオークの群れを肉片へと変えていく。
飛び散るオークの青い血はベンのシャツを、顔を青く染め、まさに鬼神のようにその場を支配する。
女の子は、その人間離れした鮮やかな殺戮劇を眺めながら、神話の一節をつぶやく。
「その者、蒼き衣をまとい、森に降り立ち、風のように邪悪をすりつぶす……」
まだ若い少年が屈強なオークの群れを瞬殺する。それは昔聞いた神話に出てきた、神の眷属、熾天使そのものだった。
最後のオークをミンチにした時、
プリッ!
ベンの太ももに生暖かいものが流れた。
ぐふぅ!
もうベンは限界だった。一刻の猶予もない。
ヤバい! ヤバい! 漏れるよぉ……。
ベンは女の子には見向きもせず、ピョコピョコと一目散に森の奥を目指した。
「あぁっ! お待ちになって!」
女の子はベンを引き留めようとしたが、その声はベンの耳には届かない。ベンの頭の中は括約筋の制御でいっぱいだったのだ。
「見つけましたわ……、あのお方こそ運命のお方なのですね……」
女の子は手を組み、恍惚とした表情でベンが消えていった方向を眺める。
女の子には小さいころから一つの確信があった。自分がピンチの時に白馬に乗った王子様が現れて助け出され、その男性と結ばれるのだと。バカにされるから誰にも言ったことはなかったが、彼女の中ではゆるぎないものとしてその時を待っていたのだ。超人的な力を誇る蒼き熾天使、その衝撃的な救出劇は白馬の王子様を超えるインパクトを持って彼女のハートを貫く。見返りも求めず颯爽と去っていくベンとの出会いに、彼女は運命を感じた。
女の子はいつまでもベンの消えていった森を眺めていた。
◇
「ふはぁ……」
そんな風に思われているなんて知る由もないベンは、森の奥で全てを出し、夢心地の表情で幸せに浸る。
今まで自分を苦しめてきた便はもうない。さわやかな解放感がベンを包んでいた。
「おつかれちゃん! だいぶ慣れてきたね! もう少しで一万倍だったよ!」
シアンはベンの苦痛を気にもせずに、嬉しそうにパタパタと羽をはばたかせる。
「慣れとらんわ! こんな糞スキル、もう二度と使わないからな! 絶対!」
ベンは青筋たてて怒った。
「あー、怖い怖い。次は一万倍、楽しみだよー」
そう言うとシアンはニヤッと笑いながらすうっと消えていく。
「ちょっと待て! クソ女神! 何が一万倍だ!」
ベンは悪態をつくが、シアンはもう居なかった。
深くため息をつくベン。一万倍とはどういうことか。そんな強くなって何をさせるつもりか。ベンはシアンの考えをはかりかね、首を振った。
見るとズボンが汚れている。頑張って拭いたが臭いは全然落ちない。ちゃんと洗濯しないとダメそうだった。
仕方なく臭いズボンをはき、ゴブリンの魔石を回収した後、そっと馬車の様子をのぞきに行く。執事のような男性が女の子の手当てをしていた。どうやら執事はオークから逃げて様子を見ていたらしい。
声くらいかけたくもあったが、こんなウンチ臭いいで立ちで高貴な令嬢の前に出ていくことなど到底できなかった。
やがて、二人は街の方へと歩き出す。
ベンは二人が森を抜けるまで見守った後、川の方にズボンを洗いに行った。
◇
ベンはトゥチューラの街に戻ってくる。トゥチューラは大きな湖の湖畔に広がる美しい街で、運河が縦横無尽に通っている風光明媚な王国第二の都市だった。ベンは巨大な城門をくぐり、幌馬車の行きかう石畳の大通りを進み、ゴブリンの魔石を換金しに冒険者ギルドへと足を進める。
到着すると、カウンターに人だかりができていた。
何だろうと思いながら背を伸ばし、人垣の間から様子を見ると、なんと、オークに襲われていた女の子がカウンターで受付嬢と何やらやりあっている。
「少年ですわ、少年! オークをバッサバッサとなぎ倒せる少年冒険者、きっといるはずですわ」
「失礼ですが、ベネデッタ様。オークは上級冒険者でも手こずる相手、それをバッサバッサと倒せる少年などおりませんよ」
エンジ色のジャケットをビシッと着た若い受付嬢は眉を寄せ、申し訳なさそうに返す。
「いたのです! ねぇ、セバスチャン!」
ベネデッタと呼ばれた女の子は、口をとがらせながら隣の執事に声をかける。
「はい、私もその様子を見ておりました。鬼気迫る身のこなしであっという間にオークを十頭なぎ倒していったのです」
「はぁ……、しかし、そのような少年はうちのギルドには所属しておりません」
受付嬢は困惑しながら頭を下げる。
その時だった、ベネデッタは辺りを見回し、ベンと目が合った。
「あっ! いた! いましたわ!」
ベネデッタはパアッと明るい表情を見せると、人垣を押しのけ、ベンの元へと飛んでくる。
「あなたよあなた! 私、お礼をしてなかったですわ!」
透き通るような美しい肌に整った目鼻立ち、まるで女神のような美貌のベネデッタは満面に笑みを浮かべてベンの手を取った。
見ると、オークが十匹ほど馬車を囲んでおり、中から綺麗なブロンドをわしづかみにして、女の子を引きずり出している。
「いやぁぁぁ」
必死に抵抗する女の子の悲痛な叫びが森に響く。
周りには護衛だったと思われる、鎧をまとった男の遺体が何体か転がり、鮮血が溜まっていた。
オークはイノシシの魔物。ブタの顔に二本の鋭い牙を生やし、筋骨隆々とした身体ですさまじいパワーを誇る。パンチをまともに食らった冒険者の首がちぎれて飛んだという噂があるくらいだった。
ベンはフーフーと荒い息をしながら下腹部を押さえ、今にも暴発しそうな便意と戦いながらその様子を眺める。少し急ぎすぎたかもしれない。
「お止めになって!」
十五歳くらいだろうか、引きずり出された女性は美しい碧眼を涙で濡らしている。そして、薄ピンクのワンピースがオークの手によって荒々しく汚されていった。
ベンは朦朧とした意識の中、ピョコピョコと飛び出す。
オーク十匹を相手に戦うなど熟練の冒険者でも無謀だったが、ベンには負けるイメージなどなかった。何しろ宇宙最強なのだ。ただ、暴発だけが心配である。暴発したらただの子供に逆戻りなのだから。
気が付いたオークが巨大な斧を振りかざし、ブホォォォ! と、叫びながらベンに向けてすさまじい速度で振り下ろす。
しかし、ベンはそれを当たり前のように指先で受け止め、グンと引っ張って取り上げた。
「ブ、ブホ?」
渾身の一撃を無効化され斧を奪われたオークは、何があったのか分からない様子で呆然とベンを見つめる。
ベンはクルクルっと重厚な斧を振り回すと、そのままオークの巨体を一刀両断にした。真っ二つに分かれて地面に転がる豚の魔物。ステータス千倍の戦闘はもはや一方的なただの殺戮だった。
ただ、力を出せば猛烈な便意が襲いかかってくる。
くふぅ……、漏れる……。
ベンはガクッとひざをつき、脂汗を流しながら額を押さえ、必死に括約筋に喝を入れた。
ところがそんなベンも、女の子には神に祈る敬虔な少年に映ってしまう。
「オークにも冥福を祈るなんて……、素敵ですわ……」
女の子は手を組み、美しい碧眼をキラキラとさせる。
漏れる……漏れる……。
ベンはギュッと目をつぶり、腰の引けた姿勢でただひたすら便意に耐えていた。
「ほら、あと九匹だゾ!」
シアンはベンの周りをパタパタと楽しそうに飛びながら、無責任に煽る。
ベンは言い返そうとチラッとシアンを見たが、便意に耐えることで精いっぱいで言葉が出てこなかった。
隙だらけなベンを見て、オークは一斉にベンに襲いかかる。
「グォッ!」「グギャ――――!」
ベンはギリッと奥歯を鳴らすとカッと目を見開き、括約筋に最後の力を振り絞る。
「波羅羯諦《はーらーぎゃーてー》!」
そう叫ぶとユラリと立ちあがった。そして、巨大な斧をグルングルンと振り回して、あっという間にオークの群れを肉片へと変えていく。
飛び散るオークの青い血はベンのシャツを、顔を青く染め、まさに鬼神のようにその場を支配する。
女の子は、その人間離れした鮮やかな殺戮劇を眺めながら、神話の一節をつぶやく。
「その者、蒼き衣をまとい、森に降り立ち、風のように邪悪をすりつぶす……」
まだ若い少年が屈強なオークの群れを瞬殺する。それは昔聞いた神話に出てきた、神の眷属、熾天使そのものだった。
最後のオークをミンチにした時、
プリッ!
ベンの太ももに生暖かいものが流れた。
ぐふぅ!
もうベンは限界だった。一刻の猶予もない。
ヤバい! ヤバい! 漏れるよぉ……。
ベンは女の子には見向きもせず、ピョコピョコと一目散に森の奥を目指した。
「あぁっ! お待ちになって!」
女の子はベンを引き留めようとしたが、その声はベンの耳には届かない。ベンの頭の中は括約筋の制御でいっぱいだったのだ。
「見つけましたわ……、あのお方こそ運命のお方なのですね……」
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女の子はいつまでもベンの消えていった森を眺めていた。
◇
「ふはぁ……」
そんな風に思われているなんて知る由もないベンは、森の奥で全てを出し、夢心地の表情で幸せに浸る。
今まで自分を苦しめてきた便はもうない。さわやかな解放感がベンを包んでいた。
「おつかれちゃん! だいぶ慣れてきたね! もう少しで一万倍だったよ!」
シアンはベンの苦痛を気にもせずに、嬉しそうにパタパタと羽をはばたかせる。
「慣れとらんわ! こんな糞スキル、もう二度と使わないからな! 絶対!」
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「あー、怖い怖い。次は一万倍、楽しみだよー」
そう言うとシアンはニヤッと笑いながらすうっと消えていく。
「ちょっと待て! クソ女神! 何が一万倍だ!」
ベンは悪態をつくが、シアンはもう居なかった。
深くため息をつくベン。一万倍とはどういうことか。そんな強くなって何をさせるつもりか。ベンはシアンの考えをはかりかね、首を振った。
見るとズボンが汚れている。頑張って拭いたが臭いは全然落ちない。ちゃんと洗濯しないとダメそうだった。
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「はぁ……、しかし、そのような少年はうちのギルドには所属しておりません」
受付嬢は困惑しながら頭を下げる。
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ベネデッタはパアッと明るい表情を見せると、人垣を押しのけ、ベンの元へと飛んでくる。
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