2 / 45
2. 神殺し
しおりを挟む
「ふぅ……、危なかった……」
森の中ですっかり中身を出したベンは、恍惚の表情を浮かべながら、青空をゆったりと横切る雲を眺めていた。
「あぁ、生き返る……」
チチチチと小鳥たちがさえずる声を聞きながら、ベンは天国に上ったような気分で目を閉じる。もうあの腹を刺す暴力は去ったのだ。
勝利……。そう、あの悪魔的な便意に打ち勝ち、肛門を死守したのだ。若干漏れてしまったが実質勝利と言っていいだろう。
グッとこぶしを握り、ガッツポーズをしながらベンは自らの健闘を讃えた。あの苛烈な戦いからの無事生還はまさに奇跡的だった。
ベンがにんまりとしていると、いきなり空の方から女の子の声が響いた。
「きゃははは! ベン君、すごいね! 千倍だって!」
見上げると、青い髪の女の子が、近未来的なぴっちりとしたサイバーなスーツに身を包んでゆっくりと降りてくる。透き通るような肌に、澄み通るパッチリとした碧眼。ドキッとするような美少女である。
「あっ! シアン様!」
ベンは思わず叫んだ。そう、この女の子は、ベンが日本で死んだ時にこの世界に転生させてくれた女神だった。
ベンは生真面目なことをブラック企業に利用され、散々こき使われ、ついに三十歳目前で過労死してしまっていたのだ。
しかし、普通転生と言えばチートなスキルが特典としてもらえるはずなのに、ベンには【便意ブースト】という訳わからないスキルが一つあるだけで、逆にレベルが上がらない呪いがかけられている。このおかげで強くもなれず、クソザコ呼ばわりされ、荷物持ちくらいしか仕事が無かったのだ。
「このスキルなんなんですか? せっかく転生したのに散々なんですけど?」
ベンはここぞとばかりにクレームをつける。
「え? そのスキルは宇宙最強だよ?」
女神は小首をかしげて言う。
「は? 何が宇宙最強ですって?」
「便意を我慢すればするだけ強さが上がっていくんだよ。さっき千倍出して魔人瞬殺してたよね?」
「は? 魔人?」
排便のことに必死であまり覚えていないが、確かに何かしょぼいピエロのようなオッサンをパンチで粉砕したような記憶がある。ベンの攻撃力は十しかないが、千倍となれば一万になる。勇者の攻撃力だって千は行っていないはず。あの時自分は勇者の十倍以上強かったということらしい。
クソザコ冒険者として散々馬鹿にされてきた最弱冒険者の自分が、あの瞬間は人類最強だった。
バカな……。
ベンはかすかにふるえる自分の両手を見た。
「人間は便意を我慢すると集中力が上がるんだよ。そしてその集中力に合わせてパラメーターをブーストするのが【便意ブースト】。我慢すればするだけどこまでも上がるので宇宙最強だよ」
ベンは絶句した。なんという悪魔的なスキル。人が苦しむのを楽しむために作ったような酷い仕様である。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。なんかこう、念じるだけでブーストしたっていいじゃないですか。なんでよりによって便意なんですか?」
「人間はね、なぜか便意の我慢が強烈なパワーを生むんだよね。あれ、なんなんだろうね? きゃははは!」
シアンはそう言って空中を楽しそうにクルッと回った。腰マントがヒラヒラッと波打ち、まるでゲームのエフェクトみたいにそこから光の微粒子をキラキラと振りまいた。
ベンはウンザリして首を振った。どんなに宇宙最強と言われたって、あの猛烈な便意を我慢するなんて人格が崩壊しかねない。
「こんなスキル要らないです。弱くていいからもっと別なのに変えてください」
「ダメ――――!」
女神はそう言って腕で×を作った。
「な、なんでですか?」
「だって君、素質あるよ。【便意ブースト】で千倍出したのって君が初めてなんだよね。やっぱり真面目な子って素敵。僕の目に狂いはなかった。この調子なら……神すら殺せるよ。くふふふ」
シアンは何だか穏やかでないことを言って悪い顔で笑った。
「か、神殺し……? いや、神なんて殺せなくていいから……」
「正直言うとね、この星、もうすぐ無くなるかもしれないんだ」
急に渋い顔になるシアン。
「へ? それって……、僕たち全員死んじゃうってことですか?」
「そうなんだよー。で、君にちょっと救ってもらおうと思ってるんだ。いいでしょ?」
「ど、どういうことですか? 僕嫌ですよ!」
しかしシアンは聞こえないふりをして、
「次は一万倍、楽しみだなぁ」
と、嬉しそうに笑う。
「何が一万倍ですか! こんな糞スキル絶対二度と使いませんからね!」
ベンは真っ赤になって叫んだ。しかし、シアンは気にも留めずに、
「あ、そろそろ行かなきゃ! ばいばーい。きゃははは!」
と、言ってツーっと飛びあがる。
「あっ! ちょっと待……」
ベンは引き留めようと思ったが、女神はドン! と、ものすごい衝撃音を上げながらあっという間に音速を超え、宇宙へ向けてすっ飛んでいってしまった。
「なんだよぉ……」
ベンはぐったりとうなだれた。何が宇宙最強だ、何が星を救うだ。なんで自分だけがこんなひどい目に遭うのか、その理不尽さに腹が立った。
絶対女神の思い通りになどならん!
ベンはグッとこぶしを握ると、二度と糞スキルを使わないと心に誓った。
森の中ですっかり中身を出したベンは、恍惚の表情を浮かべながら、青空をゆったりと横切る雲を眺めていた。
「あぁ、生き返る……」
チチチチと小鳥たちがさえずる声を聞きながら、ベンは天国に上ったような気分で目を閉じる。もうあの腹を刺す暴力は去ったのだ。
勝利……。そう、あの悪魔的な便意に打ち勝ち、肛門を死守したのだ。若干漏れてしまったが実質勝利と言っていいだろう。
グッとこぶしを握り、ガッツポーズをしながらベンは自らの健闘を讃えた。あの苛烈な戦いからの無事生還はまさに奇跡的だった。
ベンがにんまりとしていると、いきなり空の方から女の子の声が響いた。
「きゃははは! ベン君、すごいね! 千倍だって!」
見上げると、青い髪の女の子が、近未来的なぴっちりとしたサイバーなスーツに身を包んでゆっくりと降りてくる。透き通るような肌に、澄み通るパッチリとした碧眼。ドキッとするような美少女である。
「あっ! シアン様!」
ベンは思わず叫んだ。そう、この女の子は、ベンが日本で死んだ時にこの世界に転生させてくれた女神だった。
ベンは生真面目なことをブラック企業に利用され、散々こき使われ、ついに三十歳目前で過労死してしまっていたのだ。
しかし、普通転生と言えばチートなスキルが特典としてもらえるはずなのに、ベンには【便意ブースト】という訳わからないスキルが一つあるだけで、逆にレベルが上がらない呪いがかけられている。このおかげで強くもなれず、クソザコ呼ばわりされ、荷物持ちくらいしか仕事が無かったのだ。
「このスキルなんなんですか? せっかく転生したのに散々なんですけど?」
ベンはここぞとばかりにクレームをつける。
「え? そのスキルは宇宙最強だよ?」
女神は小首をかしげて言う。
「は? 何が宇宙最強ですって?」
「便意を我慢すればするだけ強さが上がっていくんだよ。さっき千倍出して魔人瞬殺してたよね?」
「は? 魔人?」
排便のことに必死であまり覚えていないが、確かに何かしょぼいピエロのようなオッサンをパンチで粉砕したような記憶がある。ベンの攻撃力は十しかないが、千倍となれば一万になる。勇者の攻撃力だって千は行っていないはず。あの時自分は勇者の十倍以上強かったということらしい。
クソザコ冒険者として散々馬鹿にされてきた最弱冒険者の自分が、あの瞬間は人類最強だった。
バカな……。
ベンはかすかにふるえる自分の両手を見た。
「人間は便意を我慢すると集中力が上がるんだよ。そしてその集中力に合わせてパラメーターをブーストするのが【便意ブースト】。我慢すればするだけどこまでも上がるので宇宙最強だよ」
ベンは絶句した。なんという悪魔的なスキル。人が苦しむのを楽しむために作ったような酷い仕様である。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。なんかこう、念じるだけでブーストしたっていいじゃないですか。なんでよりによって便意なんですか?」
「人間はね、なぜか便意の我慢が強烈なパワーを生むんだよね。あれ、なんなんだろうね? きゃははは!」
シアンはそう言って空中を楽しそうにクルッと回った。腰マントがヒラヒラッと波打ち、まるでゲームのエフェクトみたいにそこから光の微粒子をキラキラと振りまいた。
ベンはウンザリして首を振った。どんなに宇宙最強と言われたって、あの猛烈な便意を我慢するなんて人格が崩壊しかねない。
「こんなスキル要らないです。弱くていいからもっと別なのに変えてください」
「ダメ――――!」
女神はそう言って腕で×を作った。
「な、なんでですか?」
「だって君、素質あるよ。【便意ブースト】で千倍出したのって君が初めてなんだよね。やっぱり真面目な子って素敵。僕の目に狂いはなかった。この調子なら……神すら殺せるよ。くふふふ」
シアンは何だか穏やかでないことを言って悪い顔で笑った。
「か、神殺し……? いや、神なんて殺せなくていいから……」
「正直言うとね、この星、もうすぐ無くなるかもしれないんだ」
急に渋い顔になるシアン。
「へ? それって……、僕たち全員死んじゃうってことですか?」
「そうなんだよー。で、君にちょっと救ってもらおうと思ってるんだ。いいでしょ?」
「ど、どういうことですか? 僕嫌ですよ!」
しかしシアンは聞こえないふりをして、
「次は一万倍、楽しみだなぁ」
と、嬉しそうに笑う。
「何が一万倍ですか! こんな糞スキル絶対二度と使いませんからね!」
ベンは真っ赤になって叫んだ。しかし、シアンは気にも留めずに、
「あ、そろそろ行かなきゃ! ばいばーい。きゃははは!」
と、言ってツーっと飛びあがる。
「あっ! ちょっと待……」
ベンは引き留めようと思ったが、女神はドン! と、ものすごい衝撃音を上げながらあっという間に音速を超え、宇宙へ向けてすっ飛んでいってしまった。
「なんだよぉ……」
ベンはぐったりとうなだれた。何が宇宙最強だ、何が星を救うだ。なんで自分だけがこんなひどい目に遭うのか、その理不尽さに腹が立った。
絶対女神の思い通りになどならん!
ベンはグッとこぶしを握ると、二度と糞スキルを使わないと心に誓った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー
紫電のチュウニー
ファンタジー
第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)
転生前も、転生後も 俺は不幸だった。
生まれる前は弱視。
生まれ変わり後は盲目。
そんな人生をメルザは救ってくれた。
あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。
あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。
苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。
オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる