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2. 赤い靴の女の子

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 梅雨の晴れ間は長くは続かなかった。どんよりとした雨雲が再び町を覆い、「みつばち」の店内にも薄暗い影を落とす。

 雨音の中、私は時折ポツリとこぼす祖母の呟きに静かに耳を澄ませていた。

「あの子、また来たわ」

 祖母は窓の外を見つめ、微笑んでいる。そこには誰もいない。ただ雨粒が窓ガラスを伝い落ちるのが見えるだけだ。

「どんな子?」

 優しく尋ねる私に、祖母は目を輝かせて答えた。

「赤い靴を履いた女の子よ。片方が少し壊れてるの。可哀想に、ずっと同じところをぐるぐる歩いてる」

 祖母の声には不思議な確信が宿っていた。幻を見ているはずなのに、その描写は生々しいほど詳細だ。私は思わず、本当にそこに少女がいるのではないかと、窓の外を凝視してしまう。

 しかし、時折車が通るだけの道には何度目を凝らしてもどこにも女の子らしき姿などない。

 私はため息をこぼし、首を振る。

 と、その時、赤い花柄のワンピースの女性が傘をさしながらやってくるのが見えた。

 派手な服をさらりと着こなす、この街には珍しい上品な女性。いとこの紗枝さえちゃんだ。

「はぁい、美咲ちゃん、元気?」

 ニッコリとほほ笑みながら手を振って入ってきた紗枝ちゃん。

「いらっしゃい!」

 私は笑顔で手を振った。品を感じさせる紗枝ちゃんは自慢の親戚なのだ。

「野菜をね、箱いっぱいもらったからおすそ分け―」

 紗枝はそう言いながらテーブルの上にナスやらキュウリやらをゴロゴロと並べた。

「わぁ、いつもすいません!」

「いいのいいの! おばあちゃんに美味しいの食べさせてあげて!」

「は、はい……。わぁ……すごく新鮮!」

 もぎたての野菜らしく、艶々として張りがあり、このまま生でかじっても美味しそうだった。

「ふふっ、いいでしょ? もうスーパーの野菜なんて食べられないわよ」

 紗枝はドヤ顔で嬉しそうに笑った。

「あ、お茶入れますね!」

「ゴメン、私もう行かなきゃなのよ。旦那がね、消えた女の子探しに駆り出されちゃって大変なのよ。男衆で山を捜索だって」

 紗枝は渋い顔をして肩をすくめる。

 ドクンと心臓が高鳴った。

「あ、失踪事件の……。も、もしかして赤い靴……はいてる子……ですか?」

「うーん、どうだったかしら? 街の掲示板に写真が出てるから見てみたら? 急ぐからゴメンねっ!」

 紗枝はそう言うと傘をさし、手を振りながら店を出ていく。

「あっ、ありがとう」

 慌てて見送ろうと傘を取った時だった。締め方が甘かったようで勝手にジャンプ傘がバンっ! と開いてしまう。

 きゃぁっ!

 その拍子に商品のグラスが一つ棚から落ちてしまった。

 パリーン!

 甲高い透き通った音が店内に響きわたる――――。

 あ……。

 大切な商品を壊してしまった。私は口をとがらせ、破片へと化してしまった一押しのグラスを見つめる。

「ほら、青いグラス、割れとるよ」

 祖母はニコニコしながら美咲を見つめる。

「えっ!?」

 背筋がゾクッとした。それは確かに先日祖母が割れていると指摘したグラスそのものだった。

「な、なんで!? なんで、おばあちゃん分かったの?」

「みてごらん、小人さんが踊っているよ?」

 祖母は輝く青いグラスを楽しそうに見つめている。

「小人さん……?」

「ほーれほーれ、ほーれほーれ」

 祖母は手拍子を取り始める。

 私は首をひねり、私はホウキとチリトリで後片付けをした。

 その後、急いでスマホで女の子の写真を探してみる。果たして女の子がはいていたのは赤いスニーカーだった。

「ま、まさか……」

 そっとおばあちゃんの様子をうかがってみる。おばあちゃんは静かにお茶をすすり、窓の外を見ながら何かをぶつぶつとつぶやいていた。
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