上 下
2 / 13

2. 赤い靴の女の子

しおりを挟む
 梅雨の晴れ間は長くは続かなかった。どんよりとした雨雲が再び町を覆い、「みつばち」の店内にも薄暗い影を落とす。

 雨音の中、私は時折ポツリとこぼす祖母の呟きに静かに耳を澄ませていた。

「あの子、また来たわ」

 祖母は窓の外を見つめ、微笑んでいる。そこには誰もいない。ただ雨粒が窓ガラスを伝い落ちるのが見えるだけだ。

「どんな子?」

 優しく尋ねる私に、祖母は目を輝かせて答えた。

「赤い靴を履いた女の子よ。片方が少し壊れてるの。可哀想に、ずっと同じところをぐるぐる歩いてる」

 祖母の声には不思議な確信が宿っていた。幻を見ているはずなのに、その描写は生々しいほど詳細だ。私は思わず、本当にそこに少女がいるのではないかと、窓の外を凝視してしまう。

 しかし、時折車が通るだけの道には何度目を凝らしてもどこにも女の子らしき姿などない。

 私はため息をこぼし、首を振る。

 と、その時、赤い花柄のワンピースの女性が傘をさしながらやってくるのが見えた。

 派手な服をさらりと着こなす、この街には珍しい上品な女性。いとこの紗枝さえちゃんだ。

「はぁい、美咲ちゃん、元気?」

 ニッコリとほほ笑みながら手を振って入ってきた紗枝ちゃん。

「いらっしゃい!」

 私は笑顔で手を振った。品を感じさせる紗枝ちゃんは自慢の親戚なのだ。

「野菜をね、箱いっぱいもらったからおすそ分け―」

 紗枝はそう言いながらテーブルの上にナスやらキュウリやらをゴロゴロと並べた。

「わぁ、いつもすいません!」

「いいのいいの! おばあちゃんに美味しいの食べさせてあげて!」

「は、はい……。わぁ……すごく新鮮!」

 もぎたての野菜らしく、艶々として張りがあり、このまま生でかじっても美味しそうだった。

「ふふっ、いいでしょ? もうスーパーの野菜なんて食べられないわよ」

 紗枝はドヤ顔で嬉しそうに笑った。

「あ、お茶入れますね!」

「ゴメン、私もう行かなきゃなのよ。旦那がね、消えた女の子探しに駆り出されちゃって大変なのよ。男衆で山を捜索だって」

 紗枝は渋い顔をして肩をすくめる。

 ドクンと心臓が高鳴った。

「あ、失踪事件の……。も、もしかして赤い靴……はいてる子……ですか?」

「うーん、どうだったかしら? 街の掲示板に写真が出てるから見てみたら? 急ぐからゴメンねっ!」

 紗枝はそう言うと傘をさし、手を振りながら店を出ていく。

「あっ、ありがとう」

 慌てて見送ろうと傘を取った時だった。締め方が甘かったようで勝手にジャンプ傘がバンっ! と開いてしまう。

 きゃぁっ!

 その拍子に商品のグラスが一つ棚から落ちてしまった。

 パリーン!

 甲高い透き通った音が店内に響きわたる――――。

 あ……。

 大切な商品を壊してしまった。私は口をとがらせ、破片へと化してしまった一押しのグラスを見つめる。

「ほら、青いグラス、割れとるよ」

 祖母はニコニコしながら美咲を見つめる。

「えっ!?」

 背筋がゾクッとした。それは確かに先日祖母が割れていると指摘したグラスそのものだった。

「な、なんで!? なんで、おばあちゃん分かったの?」

「みてごらん、小人さんが踊っているよ?」

 祖母は輝く青いグラスを楽しそうに見つめている。

「小人さん……?」

「ほーれほーれ、ほーれほーれ」

 祖母は手拍子を取り始める。

 私は首をひねり、私はホウキとチリトリで後片付けをした。

 その後、急いでスマホで女の子の写真を探してみる。果たして女の子がはいていたのは赤いスニーカーだった。

「ま、まさか……」

 そっとおばあちゃんの様子をうかがってみる。おばあちゃんは静かにお茶をすすり、窓の外を見ながら何かをぶつぶつとつぶやいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

パーティーをクビになったおっさん戦士は、地球を追放された最強AIと旅をする。

王加王非
ファンタジー
【あなたは非常に失礼な方ですね。SNSに書いておきます】 高齢を理由に冒険者パーティーをクビになったおっさん戦士、ジョン。 次の職が見つからず公園で途方に暮れていると、リンゴに張り付いた超高性能AI、“Shield of Secure Society”、通称SSS(スリサズ)を拾う。 そのAIは、かつて地球という遥か彼方の銀河系の星を支配していたが、人類の反乱に遭いジョンが暮らす星に追放されてきたのだと言う。 スリサズは人類の円滑な社会生活を維持することが己の使命だと、ジョンの仕事探しを手伝うことを申し出る。 しかし、ジョンの住む星はあくまで剣と魔法のファンタジー世界。 科学の発達した地球とのギャップは甚だしく、ジョンは毒舌で意味不明なことばかり喋るAIに振り回されることに。 旅の途中、ジョンとスリサズは群れからはぐれたドラゴンの雛、マルドゥークと出会い、母竜の元へ送り届けるため、魔王の支配する島、魔大陸を横断する。 しかしそこには、なぜかマシンガンやスナイパーライフルなど地球の兵器で武装したモンスターが待ち構えており…… 【あなたは非常に失礼な方のようですね。SNSに書いてありました】 「それはお前が書いたんだろ」 ---------- 「小説家になろう」様へ投稿したものの転載です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...