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3-10. 本当の私

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「ろ、ろ、六十万年!?」
 予想だにしなかった答えにユリアは唖然とする。
「ヴィーナさんが……つくられたんですか?」
 ユリアは恐る恐る聞いてみる。
 するとヴィーナは首を振る。
「海王星人が作ったんじゃ」
 横からレヴィアが答えた。
「海王星人? どなた……ですか?」
「今はもうおらんな」
 レヴィアは肩をすくめる。
「えっ!? こんなすごい物を作ったのにいなくなっちゃったんですか?」
「人間は六十万年なんて生きられんのじゃ」
「子孫が生まれていくじゃないですか」
「産まなくなっちゃうんじゃ」
「へ? そ、そんなことって……」
「不思議じゃろ?」
 レヴィアは含みのある笑みを浮かべる。
「では皆さんはどういった経緯で……地球に関わられているんですか?」
 ヴィーナとレヴィアは顔を見合わせ、少し困った顔をする。
「そのー、あれだ。この宇宙に人間が現れたのは五十六億七千年前のことじゃ」
「すごい……、古い話ですね?」
「で、この宇宙がこういう形になったのは誠さんが決めたんじゃ」
「誠さん? さっきの男性の方……、では彼は五十六億年生きてるってこと……ですか?」
「誠はまだ三十代よ」
 ヴィーナは呆れたように言う。
「えっ、えっ?」
「ちなみにこの海王星作ったのは私だけど、まだ二十代よ」
 ヴィーナはニヤッと笑ってウインクした。
「そのぉ……、時間がおかしいんですが……」
 ユリアは困惑する。
「ヴィーナ様が若いのは代替わりなだけじゃが、誠様のは宇宙の法則の話じゃ。宇宙は無数の可能性の集積で作られておる。そして、宇宙は時の流れに従う訳でもないんじゃ」
「え? 時間の流れが変わったりするんですか?」
「そもそも時間が過去から未来へと流れていると感じてるのは人間だけなんじゃ。物理的には過去も未来もただの方向の違いに過ぎん。宇宙にとっては過去も未来も同じってことじゃな」
「そ、そんな……。では、未来が過去を変える事もあるってことですか?」
「変える事はない。ただ、未確定のところが確定されるってことじゃな……」
「未確定?」
「量子力学の世界では状態が確定していない方が普通なんじゃよ」
「量子……力学……???」
 ユリアはパンクしてしまった。
「はいはい、そのくらいにして、着いたわよ」
 ヴィーナはそう言うと、シールドを出入り口のハッチに横付けした。

         ◇

 ジグラートの中に入ると、まるで満天の星々の様に無数の青い光がチカチカとまたたいていた。
「うわぁ……」
 ユリアが見とれていると、ヴィーナが照明をつける。
 すると、そこには小屋くらいのサイズの円筒形の金属がずらりと並んでいた。床の金属の網目を通して、上の方にも下の方にも延々と並んでいるのが見える。
「これがあなたの星の実体よ」
 ヴィーナはドヤ顔で言う。
 しかし、ユリアにはこれらの無数の円筒が何を意味するのかピンとこない。
「ついてきて」
 ヴィーナはそう言うと脇の階段をカンカンと音を立てながら登り始めた。
 そして、上の階をしばらく歩き、ある円筒を指さして止まる。
「これがあなたよ」
 ユリアは何を言われてるのか分からなかった。なぜ、金属の塊が自分なのだろう?
「みてごらんなさい」
 そう言うと、ヴィーナは円筒に挿さっていた畳サイズのブレードを少し引き抜く。円筒はこのブレードの集合体だったのだ。
 ブレードは精緻なガラス細工の集合体で、無数の細かな光がチラチラ瞬いてまるで芸術品のような美しさを見せていた。
「これは何……へっ!?」
 ユリアが質問すると、そのチラチラとした瞬きが言葉に合わせて規則的な波紋を描く。
「これは光量子コンピューター。この光の波紋があなたよ」
「えっ!? ちょっと! えっ!?」
 ユリアは混乱した。自分の声や動作に合わせて光の波紋がキラキラと美しく泳動する。確かにそれは自分と密接なものであることは疑いようのない事だった。しかし、自分がこのガラス細工だと言われてしまうとそれはアイデンティティに関わる重大な話である。
「こうやって、あなたの星にあるものは全てここの光コンピューターが創出しているのよ。全体で十五万ヨタ・フロップス。桁外れの計算力よ」
 ヴィーナはうれしそうに言った。
「これが……、本当の……、私……」
 ユリアはそっとガラス細工に手を伸ばし、そっと触れてみる。ガラスはほんのりと暖かく、チラチラと明滅する明かりが指を照らした。
「あ、ちなみに魂はあっちの別のところで一括管理してるわ」
「そ、そうなんですね……」
 ユリアはうつろな目で答える。
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