上 下
12 / 59

1-12. 蠢く悪意

しおりを挟む
 それから数週間、ユリアはオンテークの森で暮らした。人の手の入っていない鬱蒼うっそうとした森には、巨木が茂り、リスやタヌキがちょろちょろと動き回っている。オオカミやクマなどはジェイドの匂いに警戒して近寄ってこないので小動物にとっては楽園だった。
 そんな森の中でユリアは散歩をしたり、リスに餌付けをしたり、ジェイドから飛行魔法を教わったりしながらゆっくりと心の傷を癒していく。
 しばらくゆったりとした時間を過ごすユリアだったが、元気を取り戻してくるとだんだん物足りなくなってくる。王宮でのピリピリとした暮らしはウンザリではあるが、いろいろな人と接することが生活に張りを出すためには必要だと気づいたのだ。

「ねぇ、街に行きたいわ」
 ユリアは上目づかいにジェイドにねだる。
「街? 危ないぞ」
 ジェイドは渋い顔をする。
「大丈夫、変装してたらバレないわよ! ねぇ……、お願い……」
 ユリアはウルウルとした目でジェイドを見つめる。
「うーん。仕方ないな……。では、我から離れないように」
「わーい! ありがと!」
 ユリアはジェイドにハグし、ジェイドは少し苦笑いしながら優しく髪をなでた。

        ◇

 傾きかけた日差しの中をドラゴンの背に乗ってスウワの街へと飛ぶ。ユリアは金髪碧眼に変身して、パッと見大聖女とは気づかれないようにしている。
 山をいくつか越え、遠くに大きな湖が見えてくる。スウワの街はその湖のほとりにあるのだ。

 ジェイドは街の近くで速度を落とし、
「そろそろ人に戻るぞ」
 と、重低音の声を響かせる。
 そして、ユリアを空中に浮かび上がらせると、ボン! と煙を上げて人化してユリアをお姫様抱っこする。
「わぁ!?」
 驚くユリア。
「舌を噛まないようにしてて」
 ジェイドはそう言うと一気に速度を上げ、隠ぺい魔法を展開して街の中心部へと降下して行く。
 高い城壁に囲まれたスウワの街は、湖の水を生かし、水路が整備されている水の街である。
「うわー、綺麗……」
 金髪をなびかせながらユリアは、小舟が行きかう美しく整備された街を眺めた。
 ジェイドは人気ひとけのない裏通りにスーッと着地して、ユリアを下ろす。
「ありがとう!」
 ユリアにとっては久しぶりの街である。目をつぶってしばらく人々の生活の匂い、響いてくる生活音を感じながらうれしそうに笑った。

 ジェイドはアイテムバックから金貨をひとつかみ出し、ユリアのポーチにジャラジャラと注いで言った。
「今日のご予算はこのくらいで」
「えっ!? そんな、悪いわ」
 驚くユリア。
「龍はお金には困ってないんだ」
 ジェイドはそう言ってニコッと笑う。
「うーん、じゃ、いつか返すから使わせてね」
 ユリアはうれしそうに笑った。

      ◇

 服や調味料、小物などを買って、ちょっと高級なレストランに来た二人。
「久しぶりの街に、乾杯」
「カンパーイ!」
 二人はグラスを合わせてリンゴ酒を口に含んだ。
 爽やかな香りとシュワシュワした炭酸が身体に沁みる。
「美味しいわ……」
 ユリアはトロンとした目で、心地よい疲れが癒されていくのを感じる。
 森でゆったりと暮らし、街で遊ぶ、新たな人生が楽しみになってきていた。

 その時だった――――。

「ねぇ、聞いた? スタンピードですって!」
 隣のテーブルのおばさんがキナ臭いことを言っている。
 ユリアは思わず眉をひそめてジェイドを見た。
 ジェイドも険しい表情で聞き耳を立てる。

 話を総合すると、数日前に王都にスタンピードが襲ってきたらしい。幸い撃退はできたようではあったが多くの死傷者が出たという話だった。
 ユリアはがっくりと肩を落としてため息をつく。自分が張っていた結界が健在であれば死傷者など出なかったはずなのだ。ゲーザだか公爵派だか知らないが、彼らの陰謀が引き起こした被害に腹が立って……、それでもどうしようもない自分に打ちひしがれていた。

 食べ物がのどを通らなくなってしまったユリアを、ジェイドは心配そうに見つめる。
 二人は早々にレストランを引き上げ、オンテークの家に帰った。

     ◇

 ベッドの上で月明かりを浴びながら、泣きそうな顔でユリアは言った。
「ねぇ……、私、どうしたらいいのかしら……」
「どう……って?」
 ジェイドが少し困惑したように返す。
「手を尽くして、また大聖女に復帰できるように頑張った方がいいんじゃないかって……」
「でも、ユリアは罪人とされてしまってるから、公爵派の陰謀を暴いて名誉の回復をしないとならないんだろ? できるのか?」
「そう……、そうなんだけど……」
 ユリアは沈む。どう考えてもそんな事不可能に思えたのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...