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65. 赤ちゃん襲撃

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 それから五年――――。

「パパァ! 朝なのだ――――!」

 美空とミゥの融合した女の子【ミィ】の声に起こされて、玲司は目を開ける。温かい朝日が緑色のカーテンの隙間から入り込み、落ち着いたウッドパネルのインテリアが浮かび上がっている。

「うぅん……、もうちょっと……」

 玲司は寝返りを打って毛布を引っぱりあげる。

 ミィはベッドまでやってくると、ふぅとため息をつき、

「もう……。ミレィちゃんGO!」

 そう言って、抱っこしていた赤ちゃんをベッドに放った。

 キャハッ!

 真紅の瞳がクリっとしたかわいい赤ちゃんは、満面に笑みを浮かべて器用にハイハイすると玲司の上によじ登る。

「うわぁ、ちょっとなにすんの!」

 玲司は首をすくめたが、ミレィは楽しそうにペシペシと玲司のほほを叩き、

 キャッハー!

 と、奇声を上げる。

「分かった分かった。ミレィちゃんにはかなわないなぁ」

 そう言ってミレィをギュッと抱きしめると、すりすりとプニプニのほっぺたに頬ずりをする。

 キャハァ!

 ミレィも嬉しそうに笑った。

 玲司はじんわりと湧き上がってくる幸せをかみしめる。素敵な妻に可愛い赤ちゃん。それはまさに一つの幸せの宇宙を構成していた。

 あの日、『働かずに楽して暮らしたい』ってバカな命令をAIスピーカーにして、散々な目に遭ったものの、結果として夢のような暮らしを手に入れることができた。

 ふんわりと立ち上るミルクの匂い。

 たおやかに過ぎゆく朱鷺トキ色の時間。

 あぁ、自分はこのために生まれてきたんだな。ふと、玲司の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 幸せだなぁ……。

 いつの間にか涙がこぼれ、ミレィの上にポトリと落ちる。

 ヴゥ?

 ミレィが不思議そうに玲司を見た。

「あっ、ゴメンね。じゃあ起きよう!」
 
 玲司はミレィを抱きかかえながら外のウッドデッキに出る。静かな湖畔には朝もやがうっすらと残り、さわやかな朝の風がふんわりと二人を包んだ。

 ここはEverzaエベルツァにある高原の湖畔を切り開いて建てた一戸建て。玲司はリクライニングチェアに腰かけ、大きく伸びをしながら深呼吸をする。

「うーん、今日もいい天気だ。気持ちいいね、ミレィちゃん」

 キャハッ!

 お腹の上にちょこんと座るミレィも上機嫌だ。

「ここは気候もいいし住み心地最高なのだ」

 ミィはコーヒーを持ってきてテーブルに並べると、隣に座り、幸せそうに湖を眺める。

「うん、森の中は落ち着くよね」

 三人はしばらく、チチチチと、鳥たちがにぎやかにさえずっているのを聞いていた。

 生まれてきて良かったと心から感謝する。

「ねぇ、ミィは俺の世界に住んでて嫌にならない?」

 玲司はコーヒーに手を伸ばしながら聞いた。

「ふふっ。ならないわよ。むしろ都合よすぎて申し訳ないくらいなのだ」

 そう言ってミレィを抱き寄せてニコッと笑った。

「都合いいって?」

「だって、確定者エラト・ウェルブムって世界が自分の思い通りになるじゃない? それは一見良さそうだけど面倒なことも多いし、こうやって平和に暮らして行く上ではオーバースペックなのだ。ねぇ、ミレィちゃん?」

 キャハッ!

 ミレィは嬉しそうに笑う。

「うん、まぁ、責任も重いしね……」

「それに……、自分の世界が欲しいと思ったあたしは、実はもう自分の世界をもらってるかもしれないのだ」

「えっ!?」

「世界は想いの数だけ創られて分岐していくんでしょ? 自分の世界が欲しいと思ったあたしはもう自分の世界をもらって分岐してるかもしれない。でもそれはこの世界からは見えないのだ」

「あー、なるほど。世界は一体どれくらいの数あるんだろうね?」

「うーん、少なくとも百兆個はあるわよね。でもその百兆倍あってもおかしくない。宇宙は恐ろしいのだ」

「はぁ、宇宙は壮大だな」

 と、その時、シアンからテレパシーが届いた。

『ご主人様ぁ! 大変だゾ!』

 見ると、朝の空にオレンジ色の光がツーっと動いている。シアンが超音速で飛んでいるようだ。

『今度は何だよ』

 玲司は面倒ごとの予感がして渋い顔で返す。

『おわぁ!』

 オレンジ色の光はバランスを崩したような変な動きをして、そのまま湖に墜落する。

 百メートルはあろうかという巨大な水柱が上がり、ズン! と衝撃波が森を襲った。

 玲司はミィと顔を見合わせて深くため息をつく。

 相変わらずシアンは派手で雑なのだ。

「きゃははは! 着陸失敗しちゃったゾ」

 びしょびしょになったシアンがツーっと飛んでくる。純白で紺ラインのスーツの腰マントからはポタポタと雫が落ちていた。
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