上 下
46 / 65

47. 白亜の城

しおりを挟む
 やってきたのは、大通りから少し入った、大衆食堂のような気取らない店だった。

 少しガタつく椅子に、年季の入った木製テーブル。高い天井にはシーリングファンがゆっくりと回っている。

「ちょっと汚いけど、ここのスペアリブは病みつきになるのだ」

 ミゥがおしぼりで手を拭きながらそんなことを言うと。

「あら、ミゥちゃん、汚いだけ余計よ」

 そう言いながら、恰幅かっぷくのいい女将さんがパンパンとミゥの背中を叩く。女将さんはベージュの民族衣装をまとって頭にタオルを巻き、とてもエネルギッシュだった。

「アハ! 聞かれちゃったのだ。いつもの三人前。後、あたしはエール。君たちは?」

 ミゥは上機嫌に注文していった。


        ◇


「カンパーイ!」「かんぱーい」「かんぱい」

 三人は乾杯し、玲司は一人だけ水を飲む。

「くぅ! 一仕事終えた後のエールは格別なのだ!」

 ミゥは口の周りを泡だらけにして満面に笑みを浮かべて言った。

「血中アルコール濃度急上昇だゾ! きゃははは!」

 シアンも上機嫌に笑う。

 玲司は何がそんなに嬉しいのか分からず、小首をかしげながら水をゴクゴクと飲んだ。

「はーい、おまちどうさま!」

 女将さんがスペアリブを山盛りにしたバカでかい皿をドン! とテーブルに置く。

「待ってました!」

 ミゥは素手で骨をガッとつかむと、かぶりつき、アチッアチッと言いながらジワリと湧きだしてくるその芳醇な肉汁を堪能した。

 玲司はフォークで一つ持ち上げると恐る恐るかぶりつく。

 甘辛いタレがたっぷりとからんだスペアリブは、エキゾチックなスパイスが効いていて、香ばしい肉の香りと混然一体となり、至福のハーモニーを奏でた。玲司は湧きだしてくる肉汁のめくるめくうま味の奔流に、脳髄が揺さぶられる。

 くはぁ。

 玲司は目を閉じたまま宙を仰ぐ。異世界料理なんて田舎料理だろうとあまり期待していなかったが、とんでもなかった。これを東京でやったらきっと流行るだろう。

 玲司が余韻に浸っていると、ミゥもシアンもガツガツと骨の山を築いていく。

「あ! ちょっと! 俺の分も残しておいてよ!」

「何言ってるのだ! こんなものは早い者勝ちに決まってるのだ!」

 ミゥはそう言うとエールをグッとあおり、真っ赤な顔を幸せそうにほころばせた。


       ◇


 最後の肉の奪い合いに負けた玲司は、幸せそうに肉をほおばるミゥをジト目で見ながら聞いた。

「で、ゾルタンはどうやって捕まえるの?」

「西の方へ行ったところに魔王城があるのだ」

 ミゥはそう言いながら骨の表面についた薄い肉にかじりつく。

「ま、魔王城!?」

 玲司は思わず叫んでしまった。なんというファンタジーな展開だろうか。

「こんなだゾ」

 シアンは気を利かせて映像をテーブルの上に展開した。

 そこには天空に浮かぶ島があり、その上には中世ヨーロッパ風の立派な城が建っていた。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城のような石造りの壮麗な白亜の城には天を衝く尖塔に、優美なアーチを描くベランダが設けられ、ため息が出るような美しさを放っていた。

 それはまさにファンタジーに出てくる空飛ぶお城。美しいお姫様が住んでいそうな趣である。

「これ、ゾルタンが造ったのだ。だから怪しいんだけど、ジャミングがかかっててデータが取れんのだ」

「僕が撃墜してあげるゾ!」

 シアンはノリノリでジョッキを掲げる。

「いや、調査隊が今まで何人もここに入っていって消息不明なので、手荒にはできんのだ」

 ミゥは渋い顔でジョッキをあおった。

「じゃあ、ここに調査に行くってこと?」

「いや、ミイラ取りがミイラになっても困る。それに、こんな分かりやすいところに奴がいるとも思えんのだ」

 ミゥはため息をつくと、テーブルにひじをついて頭を抱える。

「うーん、そしたらどうするの?」

「……」

 ミゥは目をつぶって考え込む。

「ねぇ?」

「うるさいのだ! 今、それを考えてるのだ!」

 と、テーブルをこぶしで殴って怒った。

 玲司は事態が行き詰っていることを理解し、静かに水を飲んでふぅと嘆息を漏らした。

 相手は管理者権限を持った元副管理人。居場所なんてそう簡単には分からない。事態の解決には相当な時間がかかる気がする。

 凍り付いた八十億人の時間を取り戻す道程の長さにちょっとめまいがして、玲司は静かに首を振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

処理中です...