51 / 64
51. 脂ぎった中年男
しおりを挟む
「ごめんなさーい」
素直にペコリを頭を下げ、頭をかくオディール。
「そもそもお前は……」
お小言モードに入った大天使。
「あっ! あれ何かな!」
オディールは巨木の裏手に、静かにたたずむ石造りの美しいアーチを見つけ、興奮して指を伸ばした。
「えっ?」「あれは……?」「おぉぉぉ……」
洞窟の中で、初めて目にした神秘的な建造物。それはイミグレーションの謎を解き明かす鍵だろう。
「見てきまーす!」
オディールはわれ先に駆け出した。
「待てというに!」
大天使は手を伸ばしたが、オディールは楽しそうに行ってしまう。その奔放さに大天使は頭を抱えた。
◇
古代からの風格を湛えた石造りのアーチの奥に、伝説の白虎とも思える雄大な神獣の巨像が佇んでいる。その精緻で今にも飛びかかってきそうな彫刻は地を這うように身構え、こちらに向けて広げた大口の中から、鋭利な牙を露わにしていた。牙の隙間からは、深淵のような黒闇がのぞいている。
その神秘的な巨像にオディールは小首をかしげた。
「どうしてお前は勝手に先に行くのだ!」
大天使が顔を真っ赤にしながら追いかけてきて怒鳴る。
その時、まるで伝説の中から飛び出したかのように、石造りのアーチが太陽のような眩しい黄金色の輝きを放ち、全てを光で包んだ。
うわぁ!
あたふたと焦り、驚く大天使。
煌めく光が収まってくると、アーチのところに不思議な小人が浮かんでいた。その大きさは赤ちゃんくらいだったが、顔は脂ぎった中年の男で、薄くなった頭髪がぺったりと頭皮にくっついている。グレーのベストを着込んだ小人は、オディールたちを探るような目で一瞥し、狡猾な笑みを口元に浮かべた。
「あーら、これはこれはようこそイミグレーションへ。ぐふふふふ」
大天使はオディールをどかせると、一歩前へと進み、胸に手を当てながら深い敬意を込めて会釈をした。
「これはこれは官吏様。我々は女神ヴィーナのところの者です。この度は……」
「堅苦しい挨拶なんて要らないよ! 金星はあの口の向こう。誰から入るんだい? ぐふっぐふっ……」
官吏は冷徹さが宿った瞳で冷ややかに言葉を投げかけると、一行の者たちを挑発するようにゆっくりと見回し、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あの口を通る……だけですか?」
石造りとは思えないほどの生命感に満ちた白虎の石像を、大天使は怪訝そうな眼差しで見つめる。石像の口は四つん這いで進むには十分な大きさだったが、ところどころ漆黒に染まった尖鋭な牙が威嚇的に光り、未知の恐怖を予感させていた。
「通るだけー。でも、邪心を持つ者は噛み殺されるから気を付けてね。ぐふふ……」
「えっ!? では、通れないものは殺される……ってことですか?」
「そうだね。ちなみにまだ誰も通れた者なんていないんだけど。くはははは!」
官吏はこらえきれず甲高い笑いを響かせた。
「ちょ、ちょっと待ってください。みんな殺された……ってことですか?」
「そうだよ? あの牙の黒いのはみんな血さ。最後は数百年前だったかな? こんなところに来る連中はみんな訳アリ。とても金星に入れる資格なんてない連中ばかりさ」
「あ、いや、我々は難民ですよ。訳なんてない。ただ避難してきた……」
「あー、そういうのはいいから! 早く入った入った! 嫌なら通らなくていい。ただ、この次元からの出口はここしかないんだけどね。ぎゃははは!」
官吏の嗜虐的な欲望を隠すことなく嗤った。
大天使は、その力強い手でこぶしをギュッと握りながら、奥歯を強く噛み締める。自分たちを弄ぶことしか考えていないこの小人には何を言っても無駄だろう。大天使は燃えさかる怒りを鎮め、じっと我慢する。
オディールはテッテッテと白虎の像まで走り寄ると、その威圧的な牙をじっと見つめた。確かに黒い塗料のようなものが牙の隙間に溜まっている。数百年前の血だと言われればそうかもしれない。
「オ、オディール、お、お前行ってみるか?」
大天使の表情には痛みと憂いが混ざり合い、震える声で話しかけた。
「えっ!? ぼ、僕に行かせるの? うーん。だったら、今後僕のやる事に文句言わないって約束してくれる?」
オディールは挑戦的な瞳で返した。
「え……? お前が何をしても?」
「そう。何でも」
オディールは腰に手を添え、得意げな微笑みを浮かべながら颯爽と返す。
「まぁ、分かった。申し訳ないが先鋒をお願いする」
大天使は深々と頭を下げた。
「よーし、そうしたら……」
オディールはワンピースのすそを少したくし上げてキュッと結び、助走のための距離を取った。
素直にペコリを頭を下げ、頭をかくオディール。
「そもそもお前は……」
お小言モードに入った大天使。
「あっ! あれ何かな!」
オディールは巨木の裏手に、静かにたたずむ石造りの美しいアーチを見つけ、興奮して指を伸ばした。
「えっ?」「あれは……?」「おぉぉぉ……」
洞窟の中で、初めて目にした神秘的な建造物。それはイミグレーションの謎を解き明かす鍵だろう。
「見てきまーす!」
オディールはわれ先に駆け出した。
「待てというに!」
大天使は手を伸ばしたが、オディールは楽しそうに行ってしまう。その奔放さに大天使は頭を抱えた。
◇
古代からの風格を湛えた石造りのアーチの奥に、伝説の白虎とも思える雄大な神獣の巨像が佇んでいる。その精緻で今にも飛びかかってきそうな彫刻は地を這うように身構え、こちらに向けて広げた大口の中から、鋭利な牙を露わにしていた。牙の隙間からは、深淵のような黒闇がのぞいている。
その神秘的な巨像にオディールは小首をかしげた。
「どうしてお前は勝手に先に行くのだ!」
大天使が顔を真っ赤にしながら追いかけてきて怒鳴る。
その時、まるで伝説の中から飛び出したかのように、石造りのアーチが太陽のような眩しい黄金色の輝きを放ち、全てを光で包んだ。
うわぁ!
あたふたと焦り、驚く大天使。
煌めく光が収まってくると、アーチのところに不思議な小人が浮かんでいた。その大きさは赤ちゃんくらいだったが、顔は脂ぎった中年の男で、薄くなった頭髪がぺったりと頭皮にくっついている。グレーのベストを着込んだ小人は、オディールたちを探るような目で一瞥し、狡猾な笑みを口元に浮かべた。
「あーら、これはこれはようこそイミグレーションへ。ぐふふふふ」
大天使はオディールをどかせると、一歩前へと進み、胸に手を当てながら深い敬意を込めて会釈をした。
「これはこれは官吏様。我々は女神ヴィーナのところの者です。この度は……」
「堅苦しい挨拶なんて要らないよ! 金星はあの口の向こう。誰から入るんだい? ぐふっぐふっ……」
官吏は冷徹さが宿った瞳で冷ややかに言葉を投げかけると、一行の者たちを挑発するようにゆっくりと見回し、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あの口を通る……だけですか?」
石造りとは思えないほどの生命感に満ちた白虎の石像を、大天使は怪訝そうな眼差しで見つめる。石像の口は四つん這いで進むには十分な大きさだったが、ところどころ漆黒に染まった尖鋭な牙が威嚇的に光り、未知の恐怖を予感させていた。
「通るだけー。でも、邪心を持つ者は噛み殺されるから気を付けてね。ぐふふ……」
「えっ!? では、通れないものは殺される……ってことですか?」
「そうだね。ちなみにまだ誰も通れた者なんていないんだけど。くはははは!」
官吏はこらえきれず甲高い笑いを響かせた。
「ちょ、ちょっと待ってください。みんな殺された……ってことですか?」
「そうだよ? あの牙の黒いのはみんな血さ。最後は数百年前だったかな? こんなところに来る連中はみんな訳アリ。とても金星に入れる資格なんてない連中ばかりさ」
「あ、いや、我々は難民ですよ。訳なんてない。ただ避難してきた……」
「あー、そういうのはいいから! 早く入った入った! 嫌なら通らなくていい。ただ、この次元からの出口はここしかないんだけどね。ぎゃははは!」
官吏の嗜虐的な欲望を隠すことなく嗤った。
大天使は、その力強い手でこぶしをギュッと握りながら、奥歯を強く噛み締める。自分たちを弄ぶことしか考えていないこの小人には何を言っても無駄だろう。大天使は燃えさかる怒りを鎮め、じっと我慢する。
オディールはテッテッテと白虎の像まで走り寄ると、その威圧的な牙をじっと見つめた。確かに黒い塗料のようなものが牙の隙間に溜まっている。数百年前の血だと言われればそうかもしれない。
「オ、オディール、お、お前行ってみるか?」
大天使の表情には痛みと憂いが混ざり合い、震える声で話しかけた。
「えっ!? ぼ、僕に行かせるの? うーん。だったら、今後僕のやる事に文句言わないって約束してくれる?」
オディールは挑戦的な瞳で返した。
「え……? お前が何をしても?」
「そう。何でも」
オディールは腰に手を添え、得意げな微笑みを浮かべながら颯爽と返す。
「まぁ、分かった。申し訳ないが先鋒をお願いする」
大天使は深々と頭を下げた。
「よーし、そうしたら……」
オディールはワンピースのすそを少したくし上げてキュッと結び、助走のための距離を取った。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる