上 下
48 / 64

48. もう、最悪

しおりを挟む
 ヴィーン! ヴィーン!

 神殿に満ちた静謐せいひつな空気を、突如として非常警報が貫き、かつてない緊張感が神殿中を駆け巡った。

 機密区画クロニクルゾーンの深奥、大理石張りの白亜の執務室で、女神は空中に浮かび上がった警報内容に目をやり、その美しい顔をしかめた。

「あのシアンが殺された……? まさか……」

 シックなクリーム色のドレスに身を包んだ女神は、指先を不思議なリズムで刻む。そして空中に展開される水瓶宮アクエリアスに現れたアンノウンの映像。その不気味な存在に女神はハッとして厳しい表情を浮かべた。

 急いでアンノウンの秘密を解き明かそうと懸命にデータベースを漁ったが、その正体は捉えがたい影のよう。どんな資料にもその存在は記されず、この宇宙の法則から逸脱したかのような不可思議な存在だった。

 その時だった、画面が閃光のように赤く瞬き、恐るべき警告メッセージが浮かび上がってくる。

 第1533番星:大量死亡(7,923,723,549人)

「な、何よこれ!」

 衝撃的な出来事に、女神は言葉を失った。八十億という計り知れない命が、一瞬で消し飛んだのだ。この六十万年という長きにわたる地球創造の歴史の中でこんなことは初めてだった。

 ところが、これだけでは終わらない。

 第2125番星:大量死亡(5,398,874,293人)
 第4928番星:大量死亡(987,329,469人)
 第7292番星:大量死亡(773,297,953人)
      :
      :
      :

 一つまた一つと届く全員死亡の報。それは、この星系で長年築き上げてきた全てを崩壊させるほどの、重大で壮絶な災厄の始まりだった。

「ど、どうなってるのよ!」

 真っ青な顔で画面を凝視する女神は、死者たちの情報を必死で辿った。しかし、亡くなった者たちの死因は全て不明。その原因を解き明かす糸口さえ全くつかめなかった。

「た、大変だわ。みんなを呼ばなきゃ!」

 女神がスタッフに一斉通報を飛ばした時だった。神殿を揺るがすさらなる危機が突如として明らかになる。長年頼りにしてきたスタッフたちの死亡速報が画面を覆い尽くし、止まることなく流れ始めたのだ。

 スタッフ異常事態通知:レオ・アレグリス 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:水瀬みなせ颯汰そうた 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:ヴィクトル・ヴュスト 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:瀬崎せざきゆたか 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:ベン・オーベ 死亡(死因:不明)
      :
      :
      :

ずらっと並んだ急死したスタッフの名前に女神は凍り付く。愛しき者たちの名が、彼女の心の中で静かな悲鳴となって響き渡った。

「ダ、ダメよ……。こんな……」

 焦燥感に駆られた女神は壁面の緊急停止スイッチに急ぐ。そして、巨大な赤いボタンの保護カバーを力強くを打ち破る。透明な破片がキラキラと宙を舞い、その切迫した瞬間を彩った。

 しかし、次の瞬間、女神の優美な体が紫色の光に飲み込まれ、輝きを放ちながら神秘的なオーラで覆われていく。

「そ、そんな……」

 崩れ落ちるようにして床に沈む女神。

 その琥珀色の瞳からは、光が消え、ただの虚空が広がっていた。


       ◇


「はーい、呼ばれましたよー!」

 元気いっぱいの声とともに、避難していたオディール​が執務室に飛び込んできた。彼女の声にはいつもの軽やかさが満ちており、その明るさが部屋に響いた。

 しかし、そこには床に横たわる女神がいて、オディールは衝撃のあまり言葉を失ってしまう。

「へ? め、女神……さま?」

 恐る恐る近づき、背中をそっとなで、すでに死亡しているのを見てしまったオディールは思わず宙を仰ぎ、言葉を失った。いつも美しく気高く輝いていた、あの圧倒的な女神のオーラは失われ、ただの屍となって床に転がっている。そのあってはならない姿が、オディールを深い絶望のどん底へと突き落とした。

「何よこれぇ……。くぅぅぅ……」

 オディールは事態の重大さに飲み込まれ、その場に立ち尽くしてしまう。

「なんで死んでんの? もぅ……」

 オディールは息を整えようと深く何度も呼吸をする。彼女の視線が重たくテーブルの上にある画面に移ると、死の通知が止まることなく画面を覆いつくしており、彼女の心をさらに暗く染めた。

「うっわ……。もう、最悪……。あいつめ……」

 オディールは深く打ちのめされたように肩を落とし、どうしたらいいのか必死に考える。

 しかし、その事態はあまりにも深刻で、考えが定まらない。

 そうこうしているうちに廊下からバタバタと何人かの慌ただしい足音が、次第に大きくなって聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

処理中です...