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39. 異世界への門

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 シアンが美味しそうにエールをゴクゴクと飲む様子に蒼は苛立ちを隠せず、不機嫌な視線を向けた。

『そ、それは感謝しますけど……、サイノンを殺したいなら勝手にやってください! 僕らを巻き込まないで』

 シアンは樽を高く持ち上げ、一気に飲み干すと、幸せそうにゲフッと酒臭い息を吐く。

『うーん、できたらそうしてるんだよね。でも、レヴィアの言うようにサイノンは用心深くてねぇ……。もう主様に頼るしかないんですぅ』

 ムーシュをまねて両手を合わせ、碧い目をキラキラと輝かせるシアン。

『なにが【主様】ですか! ここまでやればもう十分でしょ? 後はレヴィアが突入してサイノン倒して終わり。呪いも早く解いてください』

『ブーーーッ!』

 シアンは茶目っ気たっぷりに腕を振るって交差させ「×」を作った。

『ゴールはサイノンを倒すこと。君も手伝ってサイノン倒したらちゃんと解呪してあげるゾ!』

 シアンは人差し指を軽やかに振り上げ、碧い瞳で悪戯っぽくウインクした。

『は? サイノンとの戦闘に僕なんか何の役にも立たないじゃないですか』

『んー、それがそうとも言えないんだなぁ。くふふふ。あ、そろそろ行かないとバレちゃう。まったねぇ!』

『あっ、ちょっと待っ……』

 蒼が手を伸ばすとムーシュの目はまた真紅の輝きへ戻ってきてしまった。言いたい放題言うだけ言って、シアンはまた消えてしまったのだ。

 くぅぅぅ……。

「あれ? 主様、どうしたんですかぁ?」

 ムーシュは真っ赤な顔で、トロンとした目をして蒼に抱き着いてくる。そして、酒臭い息を吐きながら幸せそうに頬ずりをした。

「お、おい、お前……」

 いろいろな感情が渦巻く中、蒼はムーシュを引きはがす。

「あーん、主様のイケズぅ……」

 そう言うとムーシュはそのまま突っ伏して、酔いつぶれてしまった。
 

        ◇


 翌朝、かつてはレヴィアの拠点だった火山跡にやってきた一行。サイノンにえぐられた後はまるでカルデラ湖のように大きな湖となっている。

「よーしお前ら準備はいいか?」

 黒いボディスーツでビシッと決めたレヴィアは、蒼とムーシュに気合を入れる。

「なんだか二日酔いなんですよねぇ……ふぁーあ」

 ムーシュは冴えない顔をして大あくびをする。シアンが勝手に飲んだ影響が残っているようだ。蒼はことごとく自分勝手なシアンにムッとする。

 蒼も昨晩は遅くまで眠れず寝不足気味である。世界をひっくり返そうとするサイノンを倒すことはまさにこの世界を救うこと、救世主になることだ。だが、実態はシアンに強引に巻き込まれて操られているだけ、それがどうしても引っ掛かる。

 なぜ、自分なのか? 自分はこれでいいのか? 次々と湧いてくる疑問がグルグルと蒼の中に渦巻いていた。

 それに、超常的な力を操るサイノン相手に自分を派遣するシアンの目論見もよく分からない。即死スキルが効かないであろうサイノン相手なら自分など足手まとい以外の何者でもない。

「なんじゃ、お主ら気合いが足らんぞ!」

 レヴィアは黒くゴツゴツしている溶岩をバシバシと叩きながら吠えるが、そもそも二人は何しに行くのかわからないのだ。

「あー、僕らは何したらいいのかな?」

 蒼は恐る恐る聞いてみる。

「そんなの我に聞くな! 自分で考えんかい!」

 レヴィアもシアンの考えは分からないようだった。

 蒼は深いため息をつく。

「分かった、分かった。それじゃ出発進行! サイノンを倒すぞ、おー! ……。ふぁーあ……」


       ◇


 レヴィアは溶岩の隙間にできた狭い洞窟を降りていく。大人の男なら到底通れないような狭くゴツゴツした隙間を泥だらけになりながら降りていく。

「レヴィア、こんなところに世界の裏なんてあるの?」

 つかえてるムーシュの大きなお尻を、蒼は真っ赤になりながら押し込む。

「ガタガタ言うな! もうちっとじゃ」

 隙間に引っかかって脱げたブーツを、腕を伸ばして拾いながらレヴィアが答える。

 さらにしばらく進み、溶岩が熱くなってきたころ広い空間に出た。

「そろそろええじゃろ」

 レヴィアはそう言うと空間操作系のスキルで溶岩の壁をゴリゴリっと削り取り、墓石のような黒いつるりとした面を出す。そして、指先でそっとなぞり始めた。

「な、何してるの?」

 蒼が不思議そうに聞く。

「うるさい! 静かにせんかい!」

 レヴィアは怒鳴り、また神妙な面持ちでそっと岩をなでていく。

 蒼はムーシュと顔を見合わせ、首を傾げた。

 しばらくあちこち岩をなでていたレヴィアだったが、何かを見つけたようで真紅の瞳をキラっと輝かせる。

「ヨシヨシ、こんなセキュリティじゃごまかせんぞ! ウッシッシ……」

 直後、ヴォンという低い電子音が空気を震わせ、岩はかすかな青色の輝きを放つ。それは不穏に揺らめく異世界への門のようで、見る者の心に名状し難い不安を抱かせた。
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