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1. ハーレムはどこへ?

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「こっ、これが異世界!? やったぁ!」

 男子高校生の涼風すずかぜ あおは広々とした草原の中で、爽やかな風を全身に感じながらガッツポーズを見せる。青空にぽっかりと浮かぶ白い雲がゆったりと流れ、遠くの山々が彼の到来を見守っているかのようだった。

 予期せぬ事故によりこの世を去った蒼。しかし、運命は彼に思いもよらぬ贈り物を用意していた。女神の慈悲により、夢にまで見た異世界転生を果たし、この爽やかな草原から新たな人生を歩み始めるのだった。

「ステータスウィンドウ!」

 蒼がこぶしを青空につき上げながら叫ぶと、目の前に突如として鮮やかな青い光のスクリーンが浮かび上がった。その光は周囲の空気を揺らし、魔法のように輝きを放っている。

「キターーーー!」

 蒼は思わず絶叫した。まるで魔法のように輝く文字たちが揺らめいている画面は、異世界転生における超常的な能力の証でもある。

 息を呑むほどの興奮と、新たなる冒険への期待で彼の目は輝き、心は冒険に向かって高鳴っていた。

 蒼は興奮を抑えきれずに、まず【スキル】​の欄を探しだす。異世界での運命は、この【スキル】​によって左右される。いい【スキル】であれば豪華なハーレムを築き、魔王を討伐し、最高に贅沢な暮らしを送れるのだ。そんな夢のような可能性が今、蒼の手の中にあった。

「めっがみ様~、何くれたのかなぁ……、え?」

 蒼は息をのみ、眼前のスキル名に釘付けになった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
スキル:即死Death
    指定した対象を殺します
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 目の前に浮かんでいたのは、「即死Death」と刻まれた恐るべきスキル名。それは死の領域から直接取り出されたかのようなゾクッとした冷たさを漂わせていた。

 え……? 何……これ?

 蒼はその不気味なスキルに戸惑いを隠せない。そんなスキルには聞き覚えがなく、対象をどのように指定したらいいのかすら分からなかった。説明はこれだけで、どうしたらいいのかさっぱり見当もつかない。

「じゃあ何? 魔王Deathデス! って言ったら魔王死んだりするの? 何なのこのスキル……」

 不機嫌そうにまゆを寄せ、口元に不満をたたえた蒼がため息をついたその瞬間、何処からともなく異質な電子音が脳内を駆け巡った。

 ピロローン! ピロローン! ピロローン! ピロローン! 

 それは古びたアーケードゲームから飛び出したような、楽しげで軽快なリズムを刻んでいる。

 さらに新たな画面が空中に次々と湧きだした。

『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』

 はぁ!?

 蒼はあんぐりと口を開け、次々と折り重なっていく画面を呆然と眺めていた。

「ま、まさか……。もしかして本当に!?」

『偉業達成!:世界を闇の力から救いました。称号【救世主】を獲得しました。』
『信じがたい功績!:レベル差998を跳ね返し、勝利しました。称号【ジャイアントキリング】を獲得しました。』

 これはつまり、魔王を倒してしまったということだろう。ただ、『魔王Death!』と、言っただけで魔王は死に、自分に膨大な経験値が加算されているようだった。

「いやいやいや、ちょっと待ってよぉ……」

 いつまでも鳴りやまないレベルアップの効果音に、蒼は頭を抱え途方に暮れた。転生直後に一言言葉を発しただけで世界を救ってしまった。ゲームだったら超クソゲーである。一体女神は何を考えてこんなスキルを付与したのだろうか?

「確かに『最強にしてくれ』と頼んだし、実際最強なんだろうけど……。コレジャナイ……」

 蒼は肩を落とし、うなだれる。

 はぁぁぁぁ……。

 と、その時、モミジのようなプニプニの幼児の手が目についた。

 へ……?  えぇっ!?

 蒼はビックリして二度見してしまった。なんと、それは自分の手だったのだ。

 ま、まさか!?

 蒼は急いで自らの姿を確かめ、その真実に驚愕した。そう、彼女は青いワンピースを身に纏い、金色に輝く髪を持つ幼い少女だったのだ。

「な、何これ!? め、女神様、頼むよぉ……」

 ひざから崩れ落ちた蒼は、どう生きていったらいいのかすら分からなくなって天を仰いだ。

「ハーレムは……? ねぇ、女神様ぁ……?」


      ◇


 その頃、はるかかなた上空に一艘いっそうのクリスタルでできた巨大な船がゆったりと飛んでいた。船体いっぱいにあふれかえるあおく透明な水が太陽の光に照らされ、揺らめく水面が幾重にもきらめく光のカーテンをつくりだす。そこを色とりどりの魚の群れが通り過ぎていった。

 空を行く澄み通った青の楽園、それは神々の領域の一つ、水瓶宮アクエリアス。大理石で創られた壮麗な艦橋では碧い髪の美しい少女【大天使シアン】が地上の様子を映し出し、楽しげに笑っていた。

「きゃははは! あー、可笑おかしい! 見た? 今の顔」

 シアンは、蒼の崩れ落ちる姿を見て、無邪気な子供のように大声で笑う。

 そして、急に真顔になると映像の中の蒼を指差し、その姿に鋭い視線を注いだ。

「ハーレムとか考えてるからそうなんの! エッチな小僧はお仕置きだゾ! くふふふ……」

 後ろで事態を見ていた白い法衣を纏った金髪の若い女性が、深いため息を一つ漏らし、シアンに向けて冷ややかな声をかけた。

「こんなことしちゃって本当にいいんですか? 女神様にはなんと報告したらいいか……」

「きゃははは! 大丈夫だって。女神様には『任せる』って言われてるんだから。僕の深淵なプランではこの子が世界を救ってくれるんだよ?」

「いや、でも、こんなやり方なんて前例ないですよ?」

「ほらきた! 『前例』! そういう事なかれ主義を続けてきたから平和にならないの! 僕がやる以上、前例ない事しかやらないの!」

 シアンはテーブルをバン! とこぶしで叩き、熱弁をふるった。

「はぁ……。でも、前回もそう言って地球一つ吹っ飛ばしましたよね?」

 女性は渋い表情で碧い目を細め、シアンを見つめる。

「あ、いや、あれは……。まぁとにかく! 今回はふっ飛ばさないようにするから大丈夫!」

「次失敗したらこの水瓶宮アクエリアス没収するって女神様言ってましたよ?」

 女性は心配そうにシアンの顔をのぞきこむ。

「ぼぼぼ、没収!? マジで?」

「マジもマジ、女神様相当怒ってましたから……」

 くぅぅぅ……。

 シアンは、その高みから、眼下に広がる壮大な碧い水の王国に目を落とす。そこではイルカたちが躍動感溢れる動きで魚の群れを追いかけている。水瓶宮アクエリアスの艦長として早三年。彼女とイルカたちは、互いに心を通わせ、深い絆で結ばれていた。今となっては、彼らとの別れは考えられない。

「……。変更があれば指示ください」

 女性は淡々とそう言うと自分の席へと戻っていく。

「蒼ちゃん……。頼むよ。今度こそあのバカチンをぶっ飛ばしてやるんだから……」

 シアンは悲壮な顔で両手を組み、蒼に祈りをささげた。


        ◇


 そんなやり取りがあったなど夢にも思わない蒼は、今にも泣き崩れそうなほど悲壮感に満ちた顔でステータス画面を再確認していた。

「可愛い女の子たちとパーティを組んで、ハーレムで愛を育みながら魔王を倒す、それが異世界の醍醐味なんだよ。分かってねーな、女神たちは……」

 蒼はパンとひざを叩き、ため息をつく。幼女ではハーレムなど築きようがない。魔王も倒してしまったし、一体これから何を目標にしたらいいのだろうか?

 蒼はステータスウィンドウをスクロールしていく……。
 すると下の方にとんでもないものを見つけた。

ーーーーーーーーーーーーーー
特記事項:原点回帰【呪い】
    徐々に若返ります
ーーーーーーーーーーーーーー

 は……?

 蒼は驚愕きょうがくで顔が青ざめた。その身に降りかかったのは、不運な『若返り』の呪い。ただでさえ幼女だというのに、このままではあっという間に赤ちゃんになってしまう。

「うそーん……」

 思わず天を仰ぐ蒼。

「ちくしょう! 女神め! くぅぅぅ……」

 蒼は、その小さな幼い手を振り上げ、芽生えたばかりの小さな乳歯をきりりと鳴らし、心に渦巻く怒りを声に出そうとした。

 しかし、目の前に広がるのはどこまでも青い草原。苦情なんて叫んでもどこにも届きはしない。この無慈悲な現実に蒼は力なくため息をついた。

 はぁーあ……。

 蒼は草原にゴロンと寝転がり、澄み渡る青空にぽっかりと浮かぶ白い雲をぼーっと眺める。

「これからどうしたらいいんだよ……」

 蒼は泣きべそをかきながら、草原を渡るそよ風にただ身をゆだねた。


      ◇


 生前、地元のパッとしない高校に通っていた蒼は、成績も振るわず将来を見いだせずにいた。もちろん、必死に頑張れば成績上位にも行けるかもしれないが、所詮二流校である。それで一流大学へ行けるかと言えばそれは絶望的だった。

 見た目もパッとしない、成績も振るわない男などモテる訳もなく、彼女ができるどころか女友達すらいない暗い青春である。どんなに希望的観測を重ねても華々しい未来など一つもイメージできない。

 そんな蒼の唯一の楽しみがラノベだった。異世界転生してチートでハーレムで世界を救う。そんな夢物語に逃避することだけが蒼の心のオアシスなのだ。

 そして訪れた運命の時――――。

 帰宅途中のこと、不意に轟音が空を裂いた。見れば衝突で弾かれた車が歩道へと飛び込んで来るではないか。目の前には天使のような微笑をたたえた幼女が無邪気にヨチヨチ歩いている。次の瞬間、まるで映画のワンシーンのように蒼はダッシュしていた。タイミング的にはギリギリアウト。なぜ、自分がこんな事をしているのか分からなかったが、身体が自然に動いてしまったのだ。

 キャーー!

 母親が絶叫する中、蒼は幼女をラグビーボールのように拾い上げ母親にトス――――。

 ゴスッ!

 鈍い音が響き渡り、蒼の身体は宙を舞った。

 その瞬間、走馬灯のように今までの人生が蒼の頭の中をめぐっていく。

「あーあ、俺らしくない最期だな……。願わくばチートでハーレムを……」

 やじ馬が集まってくる中、鮮血に染まる風景を見ながら意識が遠のいていった。

 これが日本での最後の記憶となる。

 気づいたら女神の白亜の神殿にいて、異世界転生とチートを願い、今に至るわけだが、異世界転生でチートをもらえばウハウハな人生が待っているという甘い期待は粉々に砕かれてしまった。

「女神様……なんか話が違うんですけど……。帰りたい……」

 早くも日本での暮らしが恋しくなってしまう蒼。

 高く飛ぶ雲雀ひばりが蒼の悩みなどお構いなしにチッチッチーとさえずっていた。

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